第58話 呂久村深月、ひったくり被害に遭う

 金曜日。それは、親から金が振り込まれる毎週楽しみにしている日である。

「明日どっか遊びに行かねえ?」

「いいねー。プールでも行く?」

「夏休みに海行こうよっ」

「大きい浮き輪がよく似合いそうだよね、ショタ」

「は? 俺泳ぎ得意だし」

「僕は泳げないから主に海にはモテに行くよ」


 明日遊びに行く話わい!

 今日は学校が午前中だけで終わりだったので、高崎明翔、佐藤颯太、一条優、柳龍二とショッピングセンターのマックでメシ食ってブラブラと歩いている。


「あ、深月、ATMあるよ。下ろしといたら?」

「そうだな」


 ちょっと待っててもらって、振り込まれているのを確認して全額下ろす。生活費専用の口座だからためらいは皆無だ。

 ショッピングセンターを出て全員の家のある方面へと進む。


「毎週お小遣いが振り込まれるなんて、いいね、呂久村くん」

「小遣いじゃなくて生活費な、柳」

「ひとり暮らしが始まった頃はすぐに使い果たしてよくうちでごはん食べてたよねっ」

「颯太の家は人数が多くてひとり増えてもノー問題だから本当お世話になったな。やっとペース配分をつかんで一週間できっちり使い果たせるようになったぜ」

「使い切らなくても余らせて貯金すればいいんじゃないのか」

「甘いな、優。深月に貯金なんかできるワケないじゃん」

「せっかく金があるのに使わねえとかもったいないじゃん」


 下ろしたばかりの金の入った封筒をヒラヒラと揺らす。

 不意に封筒が消え、指と指がくっついた。

「え?」


「ひったくりだ! 待て!」

 明翔が駆けだす。ひったくり?!


 明翔が走る前を黒いバイクにふたり乗りした黒いヘルメットに黒い上下の服を着た真っ黒くろすけが猛スピードで走り去っていく。


「ダメだ! バイクには追い付けねえ!」

 ハーハーと大きく肩で息をして明翔が立ち止まった。俺も走って明翔の元へと行く。颯太、一条もついてきた。


「警察に通報だ! 冗談じゃねえ! 俺の生活費だぞ!」

「人の物を取るとは、男の風上にもおけえねえ奴らだ! あ、泥棒なんて許せないよねっ」

「許せないのは同感だが、黒いって特徴しか分からないんじゃ、検挙できる可能性は低いだろうね」

「ええ……俺の生活費……」


「親に連絡してもう1回振り込んでもらうしかないね」

「ええー。封筒をカバンにもしまわず無防備に持ち歩いてたとか、絶対怒られる……」

「うん、その点は深月が悪いよねっ」


「はい。お願いします。はい、代わりますね。呂久村くん、住所と連絡先を伝えてくれ」

 柳がスマホを差し出す。

「え? 誰に?」

「警察。バイクのナンバーは伝えたから、すぐに捕まると思うよ」

「警察?!」


 慌ててスマホを受け取り、聞かれるまま答えていった。

「サンキュー、柳。お前ナンバープレート見てたの?」

「僕、視力2.0以上あるからね。バイクがあの辺走ってたくらいでナンバー覚えておかないと、と思って見た」

 遥か先を指差して涼しい顔で言う。ちゃんと測ったら5.0とかあるんじゃないのか。


「とりあえず、スピード逮捕を願って親には言わんでおこう。颯太、今日お前ん家でメシ食わして」

「またうちにたかる気なのー、深月ってば」

「かわいい……」

 プウッとほっぺたをふくらませる颯太にみんなほっこりしているが、実は颯太の兄たちと一緒になって暴れる俺に内心家に来んなと思ってるな、あれは。


「俺がメシ作りに行ってやるよ。家に何か残ってる?」

「うち何もねえ」

「まだ一回も自炊してないんじゃねえよな、深月」

 あ、バレた。

「じゃあ作れねえじゃん。俺も金ないし」


 俺のスマホが鳴りだした。なんだ、この番号。知らない番号からの着信だが、末尾が0110だ。

「変な番号。詐欺かな」

「あ、それは警察からだよ」

「そうなの?!」


 柳に言われて慌てて出ると、なんとついさっき起こったひったくりの犯人が早くも捕まったらしい。

「すげえ! 日本の警察、超優秀!」

「ははは、ありがとう」

「なんで柳がありがとう?」

「僕の父親が警察官なんだ。なんだか父親が褒められたようだったから」

「そうなんだ? 警察署の場所分かる? 署まで行かないとダメなんだって」

「じゃあ、僕がついて行くよ」

「良かったね、犯人すぐに捕まって」

「柳のおかげだわ。マジ感謝!」


 俺と柳は駅へと向かい、無事警察署にて金を返してもらえた。

「柳の親父さん、すげー優秀な人なんだな。おかげで警察官の人たちが超優しかった」

「真面目が取り柄の堅物だよ」

「マジサンキューな! 柳のおかげで犯人が捕まったようなもんだよ」

「お役に立てて何よりだよ」


 初めて警察署なんて来たからテンション高く大声が出る俺のせいで、バイクにまたがった若い男たちがこちらを見ていたことに俺はまるで気付かなかった。

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