第57話 一条優のトラウマ
あー、いらねえ。
期末テストの個人成績表が渡されたが、教卓で手渡しされてチラッと見て席に戻ったらすぐに裏返して手を離した。
「ええ?! 柳くんが2位ですって!」
柳の周りで女子たちがザワついている。背の高い柳は女子に囲まれていても頭が出てるからそのイケメンフェイスにプライドを傷付けられたショックが見える。
それは朗報だな! 別に柳の成績が落ちたからって俺の成績が上がるわけではないが。
「この僕が首位じゃないなんて。高崎くん、僕から首位の座を奪ったのは君かい?」
「俺も下がった。3位だよ」
すぐ後ろの俺と目が合ったが、何も言わずにスルーする。おい。
「じゃあ、佐藤くん?」
「ううん、俺も順当に落ちて4位だったよ。くやしいなっ」
「かわいい……」
成績表を握りしめた手をあごに置いてかわいくポーズを取る颯太にみんなほっこりしているが、実は本気で悔しいだろうから今颯太の手には爪が突き刺さっていることだろう。
「え? 佐藤くんでもない?」
また柳と目が合ったが、何も言わずスルーしてクラスを見回す。だから、おい。
「どうせ優だろ」
「え? 転校生の一条くんかい?」
モブ女生徒ゆりが一条の机の上の成績表を見せて―と勝手に手に取る。
「ほんとだ! 優くんが1位だわ!」
「すごーい! 優くん!」
「運動神経抜群な上に頭もいいんだ?!」
「かっこいいー」
女子たちにキャーキャー言われてまんざらでもなさそうに一条が笑っている。一条も頭いいのかよ!
「ほとんど95点以上じゃないか! これはすごい」
「まあ、ボクにとってはこの程度、楽勝だよね」
柳が一条の席まで来て成績表を見ている。
「あー、どーせ俺だけがバカですよー」
「まあまあ。優はそもそももっとレベル上の高校行ってたから、チートだと思えばいいよ」
明翔がなぐさめてくれているが、心はバサバサに乾いたままである。細長い成績表でうまいこと紙飛行機を作った。
ムカつく柳と一条に向けて手首のスナップを利かせて投げる。
思いのほかまっすぐ一条目がけて飛んで行ってしまった。女子としゃべってる一条はまるで気付いていない。
「あ、やべ!」
「危ない!」
席に座る一条に覆いかぶさるように柳が盾になり、紙飛行機は柳の肩に当たって落ちた。
「悪い、柳!」
「子供みたいなマネはやめたまえ、呂久村くん」
「だって上手に紙飛行機できたからさー。一条もごめ……」
一条を見ると、正面の柳の体を前に微動だにしない。
前に俺が一条に詰め寄った時のように怯えたような表情で、体が固まってしまって動けないように見えた。
「大丈夫かい? 一条くん」
柳も気付いてしゃがんで目線を一条に合わせた。ハッと一条が柳の顔を見る。
「ああ、大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけで」
「まったく、何を飛ばしたんだ呂久村くんは。成績表じゃないか。飛ばしてないでこれを参考に復習をするべきだよ」
「あいあい」
柳から返された成績表を素直に受け取り、一条を見るといつも通りのように見えて短髪のうなじから首にかけてびっしょりと汗をかいているのが見て取れる。
やっぱり、一条……。
気にはなるけど、他のヤツらには聞かせたくない。なんとか明翔とふたりきりになるタイミングをはかっていたら放課後になった。
「なあ、明翔。もしかして、一条何かトラウマ抱えてないか?」
「あー……分かっちゃった? 優自身もたぶん気付いてないけど、背の高い男が苦手なんだと思う。俺には慣れてるから、俺よりデカいと怖いんじゃないかな。俺は会ったことないけど、真衣ちゃんの彼氏が背の高い男だったみたいで」
一条はにごしてたけど、やっぱり一条に対する虐待はあったんだ……。
「一条、何されたんだろ」
「俺にも言わないから分かんない。けど、彼氏の狙いは真衣ちゃんじゃなくて優だったって真衣ちゃんが泣いてるのを聞いちゃったことがある」
「うわ……そりゃあ、真衣ちゃんも辛いな」
「でも彼氏22歳も下だったから、気付けよって俺は思った」
「うん、それを聞くと俺も気付けよって思っちゃうわ」
無駄に一条を危険にさらしやがって。
「あ! 明翔と呂久村いたよ! イケメンメガネ王子、かわいいショタ!」
唐突に現れた一条に驚いたけど、俺らを見付けてうれしそうだから話は聞かれてないっぽいかな?
「優はああ見えて繊細なとこあるから、今の話絶対内緒な。深月じゃなきゃ俺話してない」
真剣な目の明翔は軽く俺をたじろがせる。俺じゃなきゃって、俺のこと信用してくれてんのかな……。
「分かった」
もうちょいなんか言えんもんかと自分でも思うけど、バカだからいろんなことをいっぺんに考えられない。
明翔は一条にトラウマを自覚させたくないんだろう。一条と共に成長してきた明翔がそう思うなら、それがベストなんだろう。
一条にトラウマを感じさせず克服させる。俺にはどうすればいいのかまるで浮かばないけど、明翔が目指しているのはそれなんだろうなってことは分かった。
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