第41話 一条優の不満

 ふたつの箱の中身はほぼ同じだが、デカい装置がひとつだけに入っている。その分重いだろうから、俺がそちらを両手で持った。おお、そこそこ重い。ガラス製がこれだけ入ってりゃそりゃ重いか。


「一条、こっち」

「ん」

 両手で箱を持ち上げながら一条が返事をした。腕に力を込めているからか、声がなんか女の子っぽくてびっくりした。

 やっぱり、意識して男っぽい声を出すようにしてたりするんだろうか。


 まあ、そんなことはどうでもいい。せっかく明翔がいないんだし、この間に釘差しとくか。

 誰もいない廊下を化学室へと向かう。


「あのさあ、一条」

「何? 呂久村」


 ……あ、今、あの一条優とふたりっきり……。いや、あの一条優とこの一条優はなんだか別物だ。別の人だ。


「ちょっとくらいは明翔と一条の話は明翔から聞いたけどさ、俺を使ってこんな風に明翔に張り合うのはやめてほしい。はっきり言って迷惑」

「別に張り合ってるワケじゃないよ。言ったでしょ、ボク呂久村が好きだって」

「じゃあ聞くけど、俺のどこが好きなの? 明翔が俺のことを好きだって言ったから、張り合って好きだって言っただけだろ」


 一条が答えられるわけがない。だって、転校初日の俺のことなんて何も知らない状態で一条は好きだって言ったんだから。


「明翔は、ずるい」

「え?」

 逆だろ? ずるいのは、母親も叔母も味方に付けてる一条じゃん。


「じいちゃんの話は聞いた?」

「あ……うん、中学の入学式の日に……」


「ボク、引っ越した後だったから遠かったんだよ。その上、ママの彼氏が俺をほったらかして死んだじじいの所なんか行くのかってごねだして。せっかく俺がボクの父親役で入学式に出てやるって言ってるのにって。ママも一緒に暮らし始めたばかりで波風立てたくなくて、言われるまま入学式に行った。終わったらじいちゃんの所に行くだろうと思って我慢してたら、入学祝いにいいもん食わせてやるとか言い出して……グズグズしてたら、お通夜にもお葬式にも間に合わなかった」

「え……」


「ボクは父親がいないから、たったひとりのじいちゃんだったのに、最期に顔を見ることすら叶わなかった」

「一条……」

「昔っから、じいちゃんは明翔ばっかりかわいがってた。じいちゃんには子供がボクたちのふたごの母親しかいなかったから、男の子とキャッチボールとか野球がやりたかったって言って」

 明翔も言ってたな。じいちゃんがやれって言うから野球やってたって。


「明翔にはパパもいた。亡くなっちゃったけど……すごくテンション高い明るいパパで、優しくておもしろくてボクも大好きだった。でも、男兄弟で育ったから女の子にはどう接したらいいのか分からないって、ボクにはよそよそしかった。優しかったけど、明翔に対してとは違った」


 一条が立ち止まった。悲しい思い出を振り返っているんだろう横顔がすごくキレイで、言葉も出ないまま見入ってしまった。


「明翔は男だってだけで、パパにもじいちゃんにもかわいがられてた。ずるいでしょ。明翔がボクのことをどう言ってたのかはなんとなく分かるよ。亜衣ちゃんはママがDVを受けてるって相談したらすぐに飛んで来てくれて、明翔の家の近くにアパートを借りて、ママが直接彼氏と話をしないまま別れられるようにしてくれた。感謝してる」


 一条は一条で、ずーっと明翔に対しての不満を募らせていたのか……。でも、だとしても。

「だったら、明翔にも感謝しろよ。亜衣ちゃんが一条の所にいる間、明翔はひとりで待ってたんだぞ」

 人の母親を亜衣ちゃんて。とっさに出ちゃった言葉はもう引っ込められない。

「来れば良かったんだよ。ひとりで待ってないで。近くにいたのに、来なかったのは明翔だよ」

 ……一条の立場から見るとそうなるのか。本当に、当事者でないと分からないことだらけだ。


「あ、この階段上る」

「え……階段?」

 一条が辛そうに箱を持ち直して階段を見上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る