第40話 バッチバチ

 まだかまだか、と高崎明翔が登校してくるのを待つ。明翔は俺の方から離れろとか言ってたけど、絶対に離れない。

 俺まで明翔からいなくなったら、明翔は自分で人生を終わらせてしまいそうで怖い。絶対に、そんなことはさせない!


「おはよう、深月! どうしたの? 人殺しみたいな目ぇしてっ」

 かわいく笑っている佐藤颯太をその目で見る。

「おはよう、颯太。逆だ、俺は人の命を守りたいのだ」

「言うこと怖えよ。朝っぱらから何なんだよ、深月」

「おはよう、佐藤くん、呂久村くん」

「おっ、おはよう! 柳!」

 聞かれてないみたいで良かったな、颯太。てか、颯太の時折漏れるヤンキー臭にみんな気付いてないのが逆に不思議。


 目ぇギンギンで教室に入って来る人間をウォッチングしていると、ついに明翔がうつむきがちに入って来た。

 い……行くぞ! 勇気を出せ、俺! 今出さなくていつ出すんだ! 一条優の時みたいな後悔は、もうしたくない。


「明翔! おはよう!」

 俺の声に顔を上げた明翔が、ニッコリ笑った。

「おはよう、深月! 朝っぱらから元気だねえ」

 呑気に言う明翔に、思いっきり拍子抜けした。


「なんだよ、いつも通りじゃねえかよ……まー見事に振り回してくれるな、お前は……」

 心の声がダダ漏れになるほどには、脱力している。

「どうしたの?」

「どうしたのじゃねーよ! お前が昨日あんなこと言うから!」

「あんなこと?」


「……俺の方から離れろとか、なんとか……」

「ああ、あれね」

「あれね、じゃねーんだよ!」


 詰め寄る俺をものともせず、明翔が満面の笑顔を見せる。

「今、深月から俺に声かけたよね。深月、俺から離れる気にならなかったんだ?」

「え……」

 思わぬ不意打ちに一瞬言葉に詰まる。


「そ……そりゃあ、親友だからな。離れるも何もねえよ」

「ふーん? 親友ねえ」

「な……なんだよ」

 ニコニコ笑ってる明翔の前で、なんだかバツが悪いし、すげードキドキしてくる。


「おはよう! 愛しの呂久村!」

 元気いっぱいに明翔にそっくりな一条が入って来た。

「なんっちゅーあいさつだよ! マジやめて!」

「いいじゃん、ケチケチすんなよー」

「ケチってねえし」


 一条がまっすぐ俺の席の方へ来ると、すぐ前の席に座っていた明翔が立ち上がって俺の前に立った。

「おはよう、明翔」

「今、深月は俺と愛を深めてんの。邪魔すんなよ、優」

「ええー、ボクも入れてよ。仲間はずれとかひどくないー? ボクも呂久村といろいろ深めたいんだー」


 いろいろ?! いろいろって何?!

「いいよね? 呂久村」

 笑顔で一条が意見を求めてくる。あー、明翔そっくりな、俺がずっと好きだった顔……。

「い、いや、あの……」

「返事しなくていいから、深月!」

「明翔こそ。ボクは呂久村に聞いてるんだよ」

「俺が今深月としゃべってんの」


 ……想像以上に、このふたりバッチバチだ、これ……。

 



 担任教師の担当教科、化学の授業中である。実験手順を説明するためだけに持って来たフラスコやアルコールランプなんかの道具を青い大きなプラスチックの箱ふたつにまとめている。

「次の授業は化学室で行うから、一条、これ持って行きがてら場所確認して来い。誰か一条とこれ持って行って場所を教えてやってくれ」

「呂久村くんがいいです」

「じゃあ、呂久村、頼んだ」

「俺も行く!」


 うわあ。授業中までバチバチすんなよ。

 立ち上がった一条と明翔との間に思いっきり火花が見える。俺はそんな明翔の背後に隠れるようにデカい体で小さくなる。


「高崎こっち手伝ってくれ。配るプリントが多くて」

「え?」

「じゃあ、がんばって手伝ってね、明翔。行こう、呂久村」


 明翔が悔しそうに一条を見ている。明翔のこんな顔、初めてだ。いつも、こうして一条の思い通りにさせられてきたのかな、明翔……。


「あ、明翔、がんばってな」

 教卓に置かれている箱を取りに行くべく前に出ながら、明翔の肩を叩いた。

 俺の顔を見てニコッと笑う。

「うん。深月もあれ重そうだけどがんばって」

「あ、ありがと」


 俺がちょっと声かけただけで、明翔の表情が一変してドキッとした。ほんと、明翔は無自覚に俺を振り回してくる。

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