第34話 思いを向けている相手は
「では、一条くんから自己紹介をお願いします」
「はい」
おお、一条優の声だ!
男にしては高めながら、学ランでも違和感のない少年風ボイスだな。
明翔と同じで顔も中性的なら声も中性的だ。
ただ明翔はちょっとハスキーなところがいい。
「一条優です。はっきり言って、ボクは男になりたい。なので、ボクのことは男だと思ってください。女だという情報は忘れてもらってオッケーです」
オッケーです、たって忘れられるもんでもないけどな。
……忘れられなかった。一条優にそっくりな明翔が現れるまで、ずーっと俺の心には一条優が居座ってた。
もしかして、俺が男の明翔を好きだと感じたのは、顔が一条優にそっくりだから、ってだけだったんじゃなかろうか。
だってやっぱり、俺が男を好きになるなんて考えられない。
「よろしくお願いします」
と頭を下げて一条優が自己紹介を終えた。
「慣れるまでいとこの近くの方がいいだろうから、高崎の隣に座ってもらう。みんな、仲良くするように!」
みんな、はーい、と口々に返事をする。
明翔の隣?!
近くないか?!
一条優が俺の前の席の明翔の隣に座った。
近! やっぱり近い!
「よろしく、明翔」
「隣かよー。そこまで面倒見る気なかったんだけど」
一条優と明翔が同じような顔同士で話している。異次元空間に入り込んだような違和感がすごい。
よろしく、よろしく、と周りの席の生徒に気さくにあいさつをする一条優を見ていて、ふと学級委員長の柳龍二が「特別な事情のある転校生」が来ると言っていたのを思い出した。
自己紹介も堂々としたものだったし、今も明るく周りに声掛けてるし、ワケあり感は特にしない。
女子だけど学ランを着るって点で特別って意味だったんかね?
「初めまして、一条です。よろしく!」
ハッと顔を上げると、一条優が笑顔で振り向いている。
胸がえぐられたように苦しくなる。
初めまして――一条優は、俺のことを覚えてないんだ。
「あ……呂久村深月です」
しまった、無表情な上に抑揚のない声で、無関心な印象になってしまったかもしれない。
ちょっと引いたように、一条優が前を向いてしまう。
あ――……ミスったあ……!
休み時間になると、一条優の周りにクラスメートが集まる。
輪の中心で一条優が笑っている。
懐かしい……小学校の時も、いつも一条優は友達に囲まれる人気者だった。
きっと、明るくて優しいいい子なんだろうなって、いつもほほえましく見てた。
ただ、見てた。
だから、俺を覚えてなくて当然だ。
中学の入学式で一条優がいないことに気付いた時より、小学校の間に告白しなかったことが悔やまれる。
俺のことなんて知らなかったんだから、フラれただろう。でも、玉砕したって記憶にくらいは残ったかもしれない。
俺が、勇気を出さなかったせいで……。
「深月は、みんなみたいに優に興味ないんだ?」
明翔が俺の机に特盛チャーハンを置いて食べ始めながら、うれしそうに笑った。
「興味ないってゆーか……」
近付きにくいってゆーか。けど、明翔のいとこだし、んなウダウダやってられないんだろうけど。
「ごちそうさまでした」
「ほんっと早食いな」
びっくりだわ。チラッと横目で一条優を見てただけでチャーハンが空になってる!
「だって、うまいんだもんー。深月、食うもんねえ?」
「ねーよ!」
まったく、明翔はいつでも腹ペコだな。
いつも通りの通常営業で笑う明翔を見てたら、ケバケバしてた気持ちが落ち着いてきた。
「優は、まー正直、変なヤツだけどそれなりに仲良くしてやってよ。それなりに」
ん? 明翔にしては、なんだかトゲのある言い方だな。
「深月」
チャーハン容器を袋に入れてキュキュッと縛り、ペットボトルの緑茶を飲んだ明翔が無表情だったから驚いた。
「絶対、優だけは好きにならないで」
「え……なんで?」
「深月が好きだから」
あ……そっか、明翔のいとこが一条優なんだ。
明翔の母親はいとこを優先するから、明翔は自分を軽視していた。
明翔の人生を自分で終わらせようとさせる要因のひとつが、いとこだった。
……いや……俺、すでに大昔に一条優が好きだったんだけど?!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます