第32話 転校生、一条優

 教室に入ると、高崎明翔と佐藤颯太が優勝旗を前に何やら楽し気に話している。

 俺に気付いた明翔が笑顔で手を振る。

 なんか……俺のこと好きなんだと思ったら、8割増しでかわいい。


「おはよ」

「おはよー!」

「おはよっ、深月!」

 今日も元気だなあ、明翔。

 思わずにっこり微笑む俺に、ふたりが怪訝な顔をする。


「どうかした? 深月」

「え? なんで?」

「なんか深月、俺のことスルーしてねえ?」

「あ、颯太いたの?」

「ひどいよ! 深月!」

「ウソウソ、冗談だよ、颯太」


 颯太の頭をポンポンと軽く叩く。

 小声でやめろよ、とにらみをきかせながら手を払いのけられる。


 明翔が笑って首をかしげている。

「ほんとどうかしたの? すごく楽しそうだね」

「楽しいよね」

 お前がいるから、とか言いたいけど、恥ずかしくって言えねえなあ。てか、明翔がもう1回言ってくれないと、俺伝えられないかもしれない。


 昨夜、神の言葉に素直に従い自分の気持ちを見つめ直した俺は、明翔のことが好きなんだ、と受け入れることができた。

 こうして目の前で明翔の笑顔を見ると、やっぱり俺、明翔がかわいくてしょうがねえんだな、って思う。


 そこへ、学級委員長サマの柳龍二が教室に入って来た。カバンは持ってないから、今登校してきたってワケではなさそうだ。

「おはよう、呂久村くん」

「はよ。どっか行ってたの?」

「職員室だよ。転校生が来るんだ」

「転校生?! 高校に転校生って来るんだ?」

「特別な事情があればね」

「特別な事情のある転校生か。ミステリアスだな」


 あはは! と明翔が爆笑している。

「ミステリアスって! あ、そう言えばさ、深月と颯太って俺の顔に見覚えなかった?」

「え?!」

 思わず驚きの声が出た。

 颯太はキョトンと首をかしげている。

「ないよ?」

「あ……お、俺も……」


 思わずウソをついてしまった。

 なんでそんなことを急に聞いたんだろう、明翔は。


 俺と颯太は幼稚園からずーっと同じ小学校中学校高校と来ているけれど、ふたりとも小学校時代に一条優とは同じクラスになっていない。


 小6の終わりに、颯太にある女の子の後ろ姿を見てるだけで心臓がドキドキして苦しいんだけど病気かなあ? と相談はしたが、一条優の名前は出していない。おそらく、颯太は一条優を知らない。


「じゃあ、びっくりすると思うよ~」

「なあに? 転校生に関係あるの?」

「どうでしょうねえ?」

「僕はものすごく驚いたよ」

「柳も何か知ってるの? 教えてよっ」

「ダーメ! お楽しみ~」

 簡単にしゃべりそうな柳の前に明翔が立ちはだかって邪魔をしている。何やってんだか、子供っぽいなもう、明翔は。かわいいヤツめ。


 チャイムが鳴った。

「はいはい、席に着きましょう~」

「え~!」

「転校生が来たらすぐに分かることだよ、佐藤くん」

「じゃあ、サラッと言えよ!」

「え?」

「あ、サラッと言ってくれてもいいのにい」

「かわいい……」

 ぷうっとほっぺをふくらませた颯太を見て、明翔と柳の顔がほころぶ。


 全員が席に着くと、微妙にざわざわしてる。他の生徒も何人か転校生が来るとは知ってるみたいだな。

「私後ろ姿だけ見ちゃったんだー。ちょっと小柄だけど、足長くてカッコ良さげな子だったよ」

「えー、楽しみー」


 転校生は男か。興味ねえな。

 前のドアがガラガラッと開き、白いタンクトップ姿の担任教師が入って来る。その後ろを、詰め襟学ランの制服を着た生徒が歩いている。


 教室が盛大にどよめいた。

 俺も口を開けてポカンである。


 転校生は、明翔とよく似た顔をしている。え、明翔いるよな? と思わず明翔の背中を確認していると、明翔が振り向いて笑った。

 えっ……そっくり過ぎねえ?!


「転校生を紹介する! 一条いちじょうゆうくんだ。みんな仲良くするように!」

 一条優くん?!

 えっ……一条優ならたしかに明翔と顔がそっくりだろうけど、なんで男子の制服着てんの?!


 え……一条優を初めて見た時、ピンクのランドセルを背負っていた。髪はショートカットで、背が高くて、小1の時点ですでにその顔は整っていた。

 ……ランドセルの色で女子だと思い込んでたけど、もしかして、一条優は男子だったってこと?!

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