第9話 イケメンメガネ王子・柳 龍二

「では、2年1組の学級委員長はやなぎ龍二りゅうじくんに決定でーす」

「よろしくお願いします」

 端正な顔にメガネをかけ、金髪の肩にかかりそうな髪の右側だけ赤いピンでバッテン×に留めている柳龍二が黒板の前でにこやかに笑った。

 女子からキャーと歓声が上がる。


 昼休み、明翔、颯太と食堂に弁当を買いに行き、教室で食う。

 明翔はカツ丼と弁当を買っている。

「食費エグそうだよな、明翔って」

「しかもすぐおなかからなくなっちゃうから、なんだかもったいないよねっ」

「颯太はもっと食わねえとー。パンだけじゃ大きくなれないぞ、チビッ子」

 明翔が颯太の頭をなでる。あーあー、「かわいい」を維持したいならブチ切れんなよ、颯太。


「あ……あんまり食べ過ぎたらさすがに太っちゃうよ、カワイ子ちゃん」

「カワイ子ちゃんやめろ」

 言い合うチビッ子とカワイ子ちゃんを無視して弁当を食っていると、学級委員長サマが女子に囲まれて教室に入って来た。


「あ、イケメンメガネ王子だ」

「何それ」

「柳龍二の別名」

「別名」

 明翔はケタケタ笑っているが、あーも女子に囲まれるとはうらやましい限りだねえ。俺も柳と同じクラスになったのは初めてだが、存在くらいは知っている。

 颯太が「かわいい」の演出を忘れ白い目で柳を見る。

 任侠道を生きる颯太にはただの軽薄な男に見えるのだろうが、オシャレヤンキーのような見た目をしておきながら成績優秀、無遅刻無欠席を誇る学級委員長にふさわしい人物でもある。


「帰りにゲーセン行こうよ、明翔」

「ゲーセン? いいよ。俺あらゆるゲーム得意だから、俺に負けても泣くなよ、チビッ子」

「お前ら仲良しな」

「深月も来るんだよ!」

「えー、俺も~?」

 完全になめた口利く明翔をシメたいだけじゃねーか。近所にヤンキーの巣窟なゲーセンがあるため、一家でよくゲーセンに行く颯太は引くほどうまい。

 年の離れた末っ子である颯太が兄姉たちに勝てる唯一のモノがクレーンゲームである。


 放課後、ゲーセンへ向かう俺たちの前を偶然にもイケメンメガネ王子こと柳龍二がまた女子に囲まれつつ歩いている。背が高いから囲まれてても顔が見えとる。

 てか、大人しくて真面目な生徒が多い我が聖天坂高校であんな金髪は柳くらいなものだ。


「あんだよ、あの金髪」

「おい、かましてやろーぜ」

「いーね、いーねえー」

 へっへっへっ、と笑い声が聞こえる。4人のヤンキー御一行が俺たちの横を通り過ぎた。


 俺ら3人、顔を見合わせる。なんかヤバそうな雰囲気だったぞ、あのヤンキーたち。

「金髪って、柳のことじゃね?」

「やべーな、あの制服はヤンキーが多い日本の最底辺校、下山手高校だな」

「かますって何するんだろうねっ?」

 颯太がかわいいしゃべり方は維持しつつも、眼光鋭くヤンキーどもの動向をうかがう。


 ヤンキーたちが女子を押しのけ柳と対峙したと思ったらいきなり柳の胸を突いた。柳が後退してよろめき、女子からキャーと悲鳴が上がる。と同時に颯太が走り出した。

「え?! 颯太!」

「颯太は大丈夫、俺らも行こう!」

 4人のモブヤンキーごときが颯太の3人の兄ひとりの姉の凶悪さを上回ってくることはないだろう。


 心配そうに颯太を気にする明翔とふたりで柳と女子たちを集めて安全を確保する。

「佐藤くん!」

「はいはい、大丈夫だから大人しくしといて」

 止めに入ろうとする柳を抑える。こういう時は颯太に任せときゃあいいんだよ。


「ダッセー、丁野ちょうの! あんなチビにやられてやんの! ガッ」

 笑ってる場合じゃない。お前だって颯太の標的だよ? 油断してるとパンチ&キックが飛んでくるよ?


「このチビ!」

 威勢よくヤンキー3人目が颯太に向かっていくが、あっさり返り討ちである。小さいからって弱くねえんだわ、颯太は。

 仲間3人が次々やられるのを見て颯太から逃げることにしたのか、残るひとりが向きを変えこちらを向いた。ハッとした顔をして走って来たと思ったら明翔の腕をつかんだ。


「かわいいじゃん! 俺と付き合おーよ」

「は?」

「放せよ!」

 とっさに明翔の腕をつかんでいる手を俺がつかんだ。明翔を女だと勘違いしてるだけだろうから「そいつ男だよ」と親切に教えてあげれば済んだ話だろうに、かなり冷静さを欠いている。

 明翔をかわいいと言ったこの男に明翔の顔を見られるのが無性にムカつく。嫌だ、絶対嫌だ。

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