第41話 明るい太陽の下で
「変じゃないよな……」
銀の鈴の真横を陣取り、ガラスに映る自分を何度もチラチラと見た。ベンチの方だとか、そう言った細かいことを言わなかったので、ここに居れば間違いないだろう。今は10時45分。成瀬くんとの待ち合わせまで、あと15分。私の予想では、彼もそろそろ来るだろう。あの子はきっと、遅刻はしない。少しだけ口元の緩む感じに慌てて、ギュッと強く目を閉じた。これからのことで、こんなに私の胸はドキドキしているのに。そうして直ぐに思い浮かんだのは、結局、征嗣さんだった。
あの夜彼は、拍子抜けするほどに優しかった。成瀬くんとのことで苛立っているのかと思っていたが、その気配すら見受けられなかったのである。私を抱いて、直ぐに帰ったというのは、いつもと同じ。だけれど、上手く言葉に出来ない不鮮明な感情が、今も私の心に残っている。
彼は確かに、あの夜も傷跡を舐めるように噛んだ。それでも私は、幸せだったのだ。昔を思わせるような、甘い時間。一瞬、このままで良い、と思ってしまったくらい。お金がなくても幸せだった二人のあの頃に、戻れるのではないか。そう幻覚を覚えていた。温かな家へ帰って行く彼の背を見るまで、私はぼんやりと夢見たのだ。ハッと我に返ったのは、独りになってから。徐々に徐々に夢から覚め、これは罠なのか、と血の気が引いた。そして同時に、自分に失望したのである。あんなに決意を固めたはずなのに、彼の優しい態度で簡単に揺らいでしまう。征嗣さんと居た時間が当たり前のようにあって、抜け出すことは容易ではない。こうした日々をまだ、これからも過ごさねばならないのだろう。少しずつ、少しずつ。彼が私の中から、小さくなっていく日まで。
「お待たせ……しました?」
さっきまで緩んでいたはずの顔は、薄暗い物に変わっていた。ガラスに映った自分を見て、何とか表情を持ち上げる。不思議そうに私を見る成瀬くんに、こんにちは、と微笑み掛けた。
「あ……えっと。お忙しいところ、お時間いただいてすみません」
「あぁ、いえいえ。私の方こそ、お返事するのに遅くなってしまって、本当に申し訳ありませんでした」
「いえ、そんなことは」
どぎまぎした2人が、適度な距離を保って、堅苦しい挨拶を交わす。照れ笑いを浮かべ、定番の待ち合わせ場所でそうしているのだ。誰が見ても、恋が始まったばかりだと感じるような光景である。初々し過ぎて、私にはむず痒い。ただどうに対応したら良いのかを、互いに手探りなだけなのに。
「あ。成瀬さん、何だか今日は可愛らしいですね」
「可愛らしい、ですか。それは、どうだろう。喜んでいいのかな」
「どうぞ」
「有難うございます」
「あ……有難うございます」
視線を落とした私の目に飛び込んできた物は、彼の足元でチラッと見える靴下。あれは、私がクリスマスにあげた物だ。それを見せる為のコーディネートとでも言わんばかりに、濃紺で纏められた服の中で、その派手な色が映える。お家で履く用、と考えていたそれは、可愛らしいボーダーのソックス。それをきちっと着こなすのだから、やっぱり若いな、と感じざるを得ない。
それに比べて、私は結局いつもと同じだ。あまり派手過ぎず、カジュアル過ぎない。そんなことを考えていたら、部屋に沢山のコーディネートが並んでいた。その中から着て来たのは、ベージュのローゲージニットとブルーのチェックスカート。行くお店も分からないから、スニーカーは止めてブーティを履いた。隣に並んでも、大丈夫かしら。それ程ない年の差なのに、何だか急にそれを感じてしまう。
「可愛らしい靴下ですね」
「そうなんですよ、頂き物なんですけどね。折角なので、ちょっと見えるようにしてみました。センスの良い方なんですよね。くださった方が」
「へぇぇ」
どぎまぎしながら歩き始めた私たちは、薄っすらと気が付き始めている。よそよそしくそう言い合ったのは、互いに今日の距離感が定まった証。こうなればただ、他人行儀に今日を楽しめばいいのだ、ということだ。
「どうしてもこれを履きたくて、ありったけの服を広げたんですよね。今、大変なことになってます。僕の部屋」
「あ……」
「えっ?」
「あぁ、いや。それが、私も……」
恥ずかしさを隠しながら、へへ、と頭を掻いた。僕たち似てるのかな、なんて彼が言うから、胸がドキッと音を立てた。
「ひ、小川さん。お昼は、イタリアンにしてみました。ちょっと無難に置きに行ってますけど……すみません」
「いえ、お気になさらず。色々探していただいて、有難いです」
いつものように名前を読んでしまいそうになると、成瀬くんはぎこちない笑顔で誤魔化す。その不自然な表情に、思わず噴き出してしまいそうになった。それから、お仕事はお忙しいですか、なんてわざとらしく問うて、何とかそれを紛らわせる。探るようなぎこちない会話。少し不自然に泳ぐ目。そんな私と成瀬くんの初めてのデートは、こうして始まりを迎えた。
ぎこちない会話のまま、私達はレストランの席に着く。メニューを見ても、食事が始まっても、不自然な距離感だった。
「美味しいね」
「そうですね。お家だと、なかなかしないですからね。ここまで手の込んだお料理って」
そう微笑み合う私たちの手元には、白身魚のポワレ。丁寧にやれば出来ないこともないだろうが、つい家だと簡単に出来る物ばかりを作ってしまう。切り身を買って来れば、グリルで焼くことがほとんど。そうでなければ、煮魚にするくらいだ。特に母が亡くなってからは、料理も簡単になってしまったな。食べてくれる人が居ない、というのは、そういう弊害を生むのだろう。
「小川さんは、いつも自炊されるんですか」
「うぅん、いつもって訳じゃないですね。お惣菜を買ってしまうこともあるし。週末に作り置きをしてはいるけれど、時々、誰かが作った物を食べたくなっちゃって」
「あぁ、なるほど。でも、作り置きとかもするんですね。僕はほぼ自炊しないので、尊敬します。あ、インスタントラーメン作るのって、自炊に入れても良いんですかね」
「ラーメン……い、良いんじゃないですかね。お鍋使いますし」
今の一言で、成瀬くんの自炊のレベルを知る。鍋を使うから自炊、という謎の理論で逃げ切ろうとした私。言われた彼はと言うと、強ち不満ではなさそうだった。良かった、と安堵する彼に、私は微妙な心持である。ラーメンを作ることが精一杯だとしたら、彼は幸せな家庭で育ったのだ。お腹が空いた、と言えば、何か作られて出て来る。若しくは、何かを買いに行けばいい。節約して、自炊をすることはなかったのだろう。何だか私には、羨ましい感情しかなかった。
「どうしました?」
「あぁ、いえ。成瀬さんって、ご家族は多いんですか」
「家族、ですか。実家にいた時は、両親と弟2人。それから祖父母。7人家族でしたね」
「7人……」
思わず絶句してしまった。私には、全く想像出来ない食卓である。大きなテーブルを、皆で囲むのだろうか。
「楽しそう、ですね。弟さんたちもいらっしゃって」
「楽しい訳ないですよ。毎日兄弟のどれかが喧嘩をしてたり、ばぁちゃんは口煩いし。田舎なので、プライバシーもない。ご飯なんて、取り合いですよ。好きな物を最後に取っておけない。壮絶な戦いの日々でした」
成瀬くんは、悪戯に笑った。彼の生い立ちの中には、友人以外に、沢山の人が存在している。比べて私は、その登場人物は母しかいない。ご飯を取り合う姉弟もなかった。叱ってくれる祖父母もいない。それでも、幸せだった。
時に人は、他人の自分にないものが羨ましくて、輝いて見える。ただの、ないものねだりだ。自分が幸せだと思うのに、自信が持てない。だからきっと、そう感じてしまうのだ。母しかいなくても、私は幸せだったけれど、それでも彼を羨ましいと思う。画面の中でしか見たことのないような、沢山の人に囲まれた生活。それは息苦しくもあろうが、孤独ではなかっただろうと思わせるからだった。
「小川さんは、ご兄妹はいらっしゃらないんですか」
「えぇ、私は一人っ子です。母と二人で静かに暮らして来ました。成瀬さんの所とは、真逆ですね」
「あぁ、本当だ。僕の家が静かだったことなんて、法事なんかで、坊さんがお経を読んでくれる時くらいです」
「何それ、面白いお宅ですね」
呆れます、という彼もまた、その喧しい家族の一員である。私たちは、周りを気にしながらクスクス笑い合った。地域柄、と言うのも勿論有ろうが、両親や祖父母が彼を育てたというよりも、周囲の色んな人が彼を愛したのだろうと思わせた。
「それでも僕、意外とあの土地が好きなんですよね。お節介なおばさんは多いけど、星も綺麗だし、緑も多いし。いつか……一緒に行けたら」
「素敵な所なんですね。いつかみんなで行けると良いなぁ」
「みんな、で」
「はい。みんなで」
彼はちょっとがっかりしたように見えた。でも、意地悪に言った訳ではない。本当にそう思った。緋菜ちゃんと昌平くん。皆で旅行に行けたら。また皆で笑い合えたら。そう思ったのだ。
「緋菜ちゃん、大丈夫かな」
「え?」
私の呟きに、彼は周囲を見渡した。征嗣さんが居ないか、確認をしたのだろう。今日、彼は学会か何かで地方に行っている。だから、心配するようなことはない。
「僕の所にも連絡はなくて。連絡入れてみようか悩んではいたんだけれど」
「うん。私の方も全く。昌平くんからも連絡はないから、どうなんだろう」
「昌平くんにも、連絡してないのかも知れないね。大丈夫かなぁ」
本当はこんな茶番をしながらも、彼も心配しているのだ。緋菜ちゃんは、私たちの友人だから。
彼女は一人で悶えているだろう。誰かに零せればいいが、出来ている気がしない。たかが二ヶ月程度の友人である私に、素直に謝って来ると思ってはいないが。彼らには、私の悪口でも何でもいいから、話してくれれば良い。以前と同じような関係を、壊さずに居てくれれば良い。そう願っている。
「昌平くんから、成瀬くんの所に連絡着てる?」
そう私が聞くと、また彼はキョロキョロ辺りを見渡した。それから少し身を近づけて、大丈夫なの?と心配そうに問うのだ。
「今日、付けて来るようなことはないよ。大丈夫。仕事で地方へ行っているから。それは確認して来た」
「えっ、じゃあ早く言ってよ。変に緊張したじゃん」
「あぁ、ごめん」
言われてみれば、その通りだけれど。ただ、初々しさを楽しみたかった。恋が始まって行くような時間を味わってみたかった。とは、流石に言えない。ちょっとバツが悪くて、目線を逸らして頭を掻いて誤魔化した。
「もう。陽さん、意地悪なんだから」
「ごめんってば。食事摂ったらどうしよっか。成瀬くん行きたいところってある?」
不貞腐れて、考えて来たってば、と言った成瀬くん。何だかやっぱり、可愛い。弟が居たら、こんな感じだったのかな。そうホッコリした私のバッグから、バイブレーションが聞こえた。あの短さは、メッセージだろう。征嗣さんかも知れない。
「ちょっと、ごめん。携帯確認しても良い?」
「あ、うん。どうぞ」
ごめんね、ともう一度断りながら、私はバッグを漁る。取り出した携帯。立ち上げた画面に表示されるポップアップ。目にした私は、少しだけ心が震えた。
「大丈夫?何かあった?」
「えっ、あぁ。うぅん、何でもないよ」
私が目にしたもの。それは緋菜ちゃんからのメッセージだった。
『陽さん。この間は、ごめんなさい』
『今度、二人で会えませんか』
そう書かれた文面を、幻を見るような目で見ていたと思う。まさかあの子が、自分から謝って来るなんて。しかも、月曜日に喧嘩になって、今日は土曜日。思わぬ急展開に、つい成瀬くんに言いたくなった。でも、まだ緋菜ちゃんの気持ちは分からない。だからグッと堪えて、返信だけをする。
『こんにちは』
『今、外に出ているので、後で改めて連絡入れます』
『緋菜ちゃん。連絡、有難うね』
そう返して、携帯を仕舞った。ちゃんとした話は、きちんと会って話さないといけないから。
「ごめんなさい。お食事中に」
「大丈夫だけど……何かあったの?」
「うぅん、何もないわよ。あれ?成瀬くんこそ、大丈夫?」
「え、うん。ごめん」
成瀬くんは今のやり取りを気にしている。分かっているけれど、伝えられないもどかしさ。デザートを食べて、ようやく笑みが戻ったけれど、彼女の考えを聞いたらきちんと謝ろうと思った。
レストランを出て歩き出す前に、陽さんのしたいことって何ですか、と彼が問うた。私がしたいこと。何だかデートみたいだなって思ったら、やってみたくなってしまった。皆と同じように、誰かとお日様の下で堂々と並んで歩きたい。ただそれだけだった。
「ん、そうね。えっと、ちょっと寒いけどさ。外苑の方に行かない?」
「あぁ良いですけど?」
流石に正直に言えなくて、私は彼をそう誘った。手なんて繋がなくって良い。ただ並んで歩ければ、明るい世界に生きている感覚が生まれると思ったのだ。不思議がる彼を宥めながら、地上に出る。今まで地面の下の下、表には出られないと思って生きて来た。そんな私が、誰かと並んでお日様を浴びている。他愛もない話をしながら、何となく皇居の方へ向かう。
「ここってアレよね。よく走ってる人が居るところ」
「あぁそうだね。ほら、今日も走ってる人が居るよ。僕の会社にも、ココ走ってる人いるんだ。朝とか、帰りとかに走るみたい」
「へぇ、そうなんだ」
今日も走っている人が居る。皇居ランナー、という人達。何だか堂々としている彼らが羨ましくて、見つめてしまった。別にあぁやってジョギングをすることくらい、私だってしても良いはずなのに。
「成瀬くんは走るのは苦手?」
「僕は、特に好きでも嫌いでもないかなぁ。だからいつも、中盤くらいの順位でさ」
彼は思い出話をしてくれる。きっと私の想像する風景と彼の記憶の中の情景は違うだろう。それでも、とても楽しかった。相槌を打ちながら、彼の話を聞いて。それから笑って。こういう、きっと普通のことを私はしてみたかったんだ
「このまま渡らないで、桜田門の方へ行こうか。それとも、陽さん行きたい場所がある?」
「ううん。そっちに行ってみよう」
彼の誘いのまま、並んで歩いた。私、ここに居るよ。誰に言うでもないのに、ずっとそう思っている。
「あ、楠木正成の銅像見る?」
「楠木正成の銅像って、お馬さんに乗ってるのでしょ?ここに在るの?写真で見たことはあったけど、実物見たことない」
「本当?じゃあ、そっちに行こうか」
そう言われて、その銅像は思い浮かんだ。教科書に載っているようなものだ。そんなところに堂々と行けるんだ。馬鹿みたいだけれど、少し感動している。そこまで2人で、その銅像を思い出しながら、こんな形よね?とか話した。彼はどう思っているかは分からない。でも今、私は満たされている。
「これって、歴史の教科書とかにも載ってるわよね。凄いなぁ。迫力もあって」
「そうだね。陽さんは、こういうの好きなの?」
「こういうの?」
「いや、銅像とか。彫刻とか」
「あぁ……そうでもない」
歴史自体は好きだけれど、こういう造形物は特段の興味はない。まだ絵画の方が好きだと思う。そんなことを言いながら、私達はベンチに並んだ。今までだって2人で歩いたけれど、今日はデートだときちんと考えて来た日。だからこうして歩いて見たかった。絶対に成瀬くんには言わない。きっと理解出来る訳がないから。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「いや、僕は良いんだけれど。これで良かったの?ほら、美術館とかもあったから」
「うん、そうなんだけれど。ね」
美術館は、1人でも行ける。でも、私はお日様の下を歩きたかった。誰かと一緒に。それから、こうしてデートみたいに。
「……あの人との思い出の場所だったとか?」
「え、征嗣さんってこと?いや、逆。彼とは何の思い出もないの。もう笑ってしまうほど、一緒に居るはずなのにね」
東京に、彼との思い出はない。征嗣さんとの思い出は、全て京都にある。私達が出会ったところ。それから、私達が愛し合っていたところ。
「ごめん……」
「何で成瀬くんが謝るの?」
何だか彼がシュンとしている。恥ずかしいけれど流石に、理由は説明しなければいけないか。
「私ね、嬉しかったのよ。こんな話したら笑われてしまうかも知れないけれどね。私、こうして並んで歩きたかったの。当たり前のように、お日様の下を堂々と並んで歩いて、皆と同じようなことをやってみたかった。私はお礼が言いたいくらいよ」
ちょっとモジモジして、有難うね、と笑い掛けた。笑われないかな、と心配したけれど、彼はそれを複雑な顔で受け止めている。
「今日だって、本当は色々調べたりしてくれたんでしょう?」
「え、あぁまぁ……そうだね。映画とか美術館とか見たくらいだけれど」
「そうだよねぇ。考えてくれてたのに。ごめんね」
「それは……さ。僕じゃなくても良かったんじゃない?陽さんは、僕とそうしたかった訳じゃない」
驚いてしまった。誰かととは思っていたけれど、今は成瀬くんしか思い浮かばなかった。誰ても良かったのか、と聞かれれば、そういう訳ではないんだ。
「あの人と出来ないことを体験出来るなら。きっと誰でも良かったよね」
「あっ、いや。そういう訳じゃ」
私は自分の欲を満たす為に、彼を傷付けてしまっていた。きちんと見なければいけなかった。ちゃんと隣に居てくれる人のことを。
「……ごめんね」
「いや、ごめん。言い過ぎた」
「ううん。私がいけない。成瀬くんとお話をしながら、お食事をして。それが、楽しいなぁって、本当にデートみたいだなって……浮かれちゃって。それなら皆がしているように、一緒に並んで歩きたいって、つい思ってしまって。でも……私が憧れているだけ。成瀬くんには関係ないものね。ごめんなさい」
彼が怒るのも無理はない。折角色々考えて来たのに、こんな訳の分からないことをしたのだ。恥ずかしいから言えない、じゃなくて。恥ずかしくても、彼には言わなければいけなかった。結局私だって自分勝手なんだ。
「……デートだよ」
「え?」
「僕は、そう思って来たよ。そう思って、今日のお店とか、行きたい場所とか考えたんだ。これは作戦の一部かも知れないけれど……僕は、今もそう思ってる」
あぁそんなに真っ直ぐに思ってくれる人に、私はなんて我儘をしてしまったんだろう。ギュッと下唇を噛んだ私の手を、彼がそっと握る。思わず彼を見つめて、私はその手を握り返した。何だか後ろの方から、パチパチと拍手をする音がする。観光客だろうか。私達に向けられている訳では無いだろうに、何だか恥ずかしくて仕方なかった。
「教授、今居ないんでしょ?」
「あ、うん。東京には居ないと思う。……絶対じゃないけれど」
多分、居ない。居たとしても、きっとここには居ない、と思う。「じゃあ、離した方が良い?」なんて成瀬くんが言うから。意地悪、とだけ返して、手は解かなかった。だって今、明るい太陽の下で。堂々と、手を繋いで歩いている。
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