第33話 さよなら、成瀬くん
「じゃ、乾杯」
「乾杯」
何故か昌平くんが乾杯の音頭で、私達4人は缶をぶつけあう大晦日。私の隣には、成瀬くん。緋菜ちゃんの隣には、昌平くん。彼らの恋を応援するつもりで、そうセッティングをした。一先ず誰もが、笑顔のままここに座っている。
私はきっと大丈夫。あれから成瀬くんは、しつこいくらいにん連絡を寄越した。私はそれを全て拒否している。大丈夫。今夜だけ上手くやれば、もう成瀬くんには会わないと決めているのだ。彼らの恋は応援するし、緋菜ちゃんとも会うつもりでいる。ただ、成瀬くんと2人ではもう二度と会わない。
「よし食べよう」
何とかテーブルに並べた料理に、そう言って真っ先に手を伸ばしたのは、一緒に準備をした緋菜ちゃんだった。彼女は今日15時には来て、不器用ながらも手伝ってくれた。エプロンを貸しただけで嬉しそうだったし、何をお願いしても一生懸命にやってくれる。妹が居たらこんな感じなのかな、と思ったりして。2人の料理教室の時間は、意外と楽しかったと私は思っていた。
恋を意識した緋菜ちゃんは、昌平くんのことが気になって仕方ない。今だって、自分の買って来た唐揚げを彼に勧めて、反応を見ている。あんなに覗き込んで。何だか微笑ましい光景。思わず顔が綻んでしまいそうな、可愛らしさがあった。
「そうだ。ポテトサラダね、私が混ぜたんだけど、玉子潰れちゃって。ごめん」
彼女はそう言って、シュンと項垂れた。まぁ確かに潰れたけれど、これはこれで、彼女の頑張りが見えて良い。それに昌平くんだって、そんなことは気にしないと思うのだ。
「緋菜ちゃん。大丈夫よ、これくらい。ねぇ、昌平くん?」
「お、うん。味は美味しいよ」
昌平くんがそう言えば、緋菜ちゃんの顔はぱぁっと明るくなる。もうバレバレなんじゃないか、というくらい、彼女はとても正直だ。
「それはさ……陽さんの味付けだから」
「あっ……いや」
「緋菜ちゃん。混ぜるのも丁寧にやらないとね、味が均一にならないのよ。上手に出来てるからね」
上手くフォローに回ると、昌平くんもそれに続いた。まだ若い恋は、色々と敏感で気を遣うもの。男の子は違うのかしら。それは分からないけれど、今くらいの緋菜ちゃんの気持ち。最近恋をしていないとはいえ、流石にそのくらいは私にだって分かった。
「……ん、あれ?」
向かいの彼らに微笑む私に、隣から成瀬くんの何かに気付いた声が聞こえる。直ぐにシッと人差し指を立て、そのまま別の料理に手を伸ばす。良かった。緋菜ちゃん達は気付いていない。
彼が気付いたのは、自分のポテトサラダの玉子が潰れていないこと。それに、キュウリも入っていない。パッと見てバレないように、代わりに枝豆を放り込んだ物だ。緋菜ちゃんに隠れて、小さなボウルで作ったのだ。本当はポテトサラダを作るつもりはなかったのに、作る流れになってしまって。キュウリを入れないレシピで行こうと思えば、緋菜ちゃんが「キュウリは入れないの?」と聞いた来た。それ故の苦肉の策だった。
色んな話をして、だらだら酒を飲んで、沢山食べて。ゲームをダウンロードして遊んでみたりして。いつも通りに、楽しく過ごせたと思う。お友達と過ごすそんな時間を思い出させてくれた。彼らには本当に感謝している。あぁ今年ももう終わり。でも、今までとは違う年になったな、と彼らを見て微笑んでいた。
「ポテトチップが食べたい」
急に前触れもなく、緋菜ちゃんがそう言い出した21時過ぎ。そんな物買ってあったかしら、と腰を上げた来た唐揚げを彼に勧めて、反応を見ている。あんなに覗き込んで。何だか微笑ましい光景。思わず顔が綻んでしまいそうな、可愛らしさがあった。
「そうだ。ポテトサラダね、私が混ぜたんだけど、玉子潰れちゃって。ごめん」
彼女はそう言って、シュンと項垂れた。まぁ確かに潰れたけれど、これはこれで、彼女の頑張りが見えて良い。それに昌平くんだって、そんなことは気にしないと思うのだ。
「緋菜ちゃん。大丈夫よ、これくらい。ねぇ、昌平くん?」
「お、うん。味は美味しいよ」
昌平くんがそう言えば、緋菜ちゃんの顔はぱぁっと明るくなる。もうバレバレなんじゃないか、というくらい、彼女はとても正直だ。
「それはさ……陽さんの味付けだから」
「あっ……いや」
「緋菜ちゃん。混ぜるのも丁寧にやらないとね、味が均一にならないのよ。上手に出来てるからね」
上手くフォローに回ると、昌平くんもそれに続いた。まだ若い恋は、色々と敏感で気を遣うもの。男の子は違うのかしら。それは分からないけれど、今くらいの緋菜ちゃんの気持ち。最近恋をしていないとはいえ、流石にそのくらいは私にだって分かった。
「……ん、あれ?」
向かいの彼らに微笑む私に、隣から成瀬くんの何かに気付いた声が聞こえる。直ぐにシッと人差し指を立て、そのまま別の料理に手を伸ばす。良かった。緋菜ちゃん達は気付いていない。
彼が気付いたのは、自分のポテトサラダの玉子が潰れていないこと。それに、キュウリも入っていない。パッと見てバレないように、代わりに枝豆を放り込んだ物だ。緋菜ちゃんに隠れて、小さなボウルで作ったのだ。本当はポテトサラダを作るつもりはなかったのに、作る流れになってしまって。キュウリを入れないレシピで行こうと思えば、緋菜ちゃんが「キュウリは入れないの?」と聞いた来た。それ故の苦肉の策だった。
色んな話をして、だらだら酒を飲んで、沢山食べて。ゲームをダウンロードして遊んでみたりして。いつも通りに、楽しく過ごせたと思う。お友達と過ごすそんな時間を思い出させてくれた。彼らには本当に感謝している。あぁ今年ももう終わり。でも、今までとは違う年になったな、と彼らを見て微笑んでいた。
「ポテトチップが食べたい」
急に前触れもなく、緋菜ちゃんがそう言い出した21時過ぎ。そんな物買ってあったかしら、と腰を上げた。
「えっ、ポテトチップ?あったかなぁ。あまりお菓子買わないから」
「まったくしょうがねぇなぁ。陽さんいいよ。どうせ好みの味じゃないと嫌なんだろ?買いに行って来るよ。お前も来いよな、緋菜」
「えぇ、分かったよ」
「そうしたら、お葱が売ってたら買って来てもらえる?年越し蕎麦用の買うの忘れちゃって」
昌平くんと目配せをして、そう買い物に付け足した。これで先ずは、コンビニを過ぎてスーパーへ行くだろう。少しでも2人きりの時間が長い方が良い。
「分かった。よし、昌平。行くぞ」
「はいはい。じゃあ、他に買って来るものがあったら連絡ちょうだい」
「うん。分かった。気を付けてね」
上着を着込んで、すんなりと出掛ける2人を見送る。それぞれとちょっとずつ目を合わせて、頑張れ、と小さく伝えた。寒い、とじゃれ合いながら歩いて行く2人。きっと上手くいく。そう安堵して、さぁ問題はこれから。この数十分を、私は成瀬くんと2人で過ごさなければいけない。
「さて、空いたお皿洗っちゃおうかな」
「あ、うん。そうだね」
座ることなく、私はキッチンに立った。2人並んで座ってしまったら、絶対にあのことに触れられてしまうから。私が皿を纏め始めれば、彼は空いた皿を運んでくれる。彼は一度、家庭を持った人だ。それが例え失敗だったとしても、共同で暮らすことのルールが何処かに身に付いているのだろう。あのまま腰を下ろしたら、夫婦喧嘩になる場合もきっとある。まぁ結局は思い遣り。きっと征嗣さんにはなくなったであろうことだ。
「陽さん」
「ん?なぁに」
「昌平くんと約束してたの?さっきの」
「あ、バレたよね。ふふ。何だかちょっと良い感じでね。2人きりにするには、そうする他に思いつかなかったのよね。なので、ごめんね。残った者同士で仲良く片付けしましょう」
バレていたか。上手く出来たと思ったんだけどな。私が洗い終えた皿を、何も言わずに布巾で拭く彼。間が怖い。成瀬くんが口を開けば、ドキンと冷や汗が出る。だから、さっきのゲーム楽しかったね、と彼が言い始めてホッとした。征嗣さんのことには、もう二度と触れて欲しくない。
最後の皿をやたらと丁寧に洗って、薄く長い息を吐いた。「お酒飲む?それとも温かい物淹れる?」と出来る限りの笑みを乗せたが、真っ直ぐに成瀬くんを見られなかった。本当は、飲み進めたくはない。けれど、空間の気不味さをやり過ごすには酒の方が良いか。
「あぁそうだなぁ。ゆっくりワイン飲まない?ソーダ系はお腹が膨れちゃって」
「確かにそうだよね。じゃあ、半端なワイン空けちゃおうか」
水道を止め、ハンドクリームを手に取る。あぁ成瀬くんも、と彼の手の甲にも載せた。仄かなフローラルの香り。何も考えずにそうしてしまってから、男の子には変だったかしらね、と笑って誤魔化した。ワイングラスを手にし、余っていたロゼを注ぐ。躊躇いながらもまた並んで座り、小さく乾杯をした。
「ねぇ、陽さん」
「ん?」
「ポテトサラダ、有難う」
「いえいえ。本当はね、キュウリは入れるつもりなかったの。でも、緋菜ちゃんが入れないの?って聞くからさ。成瀬くんが苦手なのって言えないじゃない。皆でいた時に話したことじゃなかったし」
そう言い終えてから、しまった、と思った。その話題が出たのは、彼がこの部屋に来た時。覚えているのか分からないけれど、触れない方が良かっただろうか。何となく互いに気不味く、目を逸らしたままグラスに口を付けた。
「こそっと作ったから枝豆被っちゃってごめんね。小鉢に盛り付けたのも私がしたし、緋菜ちゃんも多分気が付いてないとは思うんだけど」
「うん。ありがとう。でもさ、何となくこそこそ食べたよ。絶対にバレたらいけないなって」
「そっかぁ。とんだミッションだったわね。ごめん」
良かった。私、笑う余裕があった。彼ともう会わないのは、征嗣さんとの別れを進める為だ。楽しかった記憶は思い出にして、私は前に進みたい。それを成瀬くんが、見て見ぬ振りをしてくれれば良いのだけれど。
「陽さん。年明けたらさ、また何処かに行かない?」
「ん、そうねぇ」
「旅行ってことじゃなくて、ランチとか。ほら、お好み焼きも行こうよって言ったじゃない?それとかさ」
「時間が……時間が合えば、ね」
あ、成瀬くんは気付いてる。そう思った。その上で探っているのだ。私がどんな反応を見せるのか、彼は観察している。酷く静かな間が、息苦しい。
「それはさ、教授にバレるからダメなんだよね」
「そんな、そんなことはない。征嗣さんは関係ない話よ。年度末で、仕事も忙しくなるし。今までのように時間が取れるか分からないから」
「本当に?それなら、僕は春まででも待つよ。美味しいお店探して、陽さんが時間出来たよって言ってくれるのを待つ」
「成瀬くん……」
そこまで言ってくれなくて良いのに。その友人としての優しさが、苦しくて仕方ない。咎められる関係を続けていることは分かってる。そんな私に爽やかな顔で、そんなことを言うの?止めて、と心が叫び始めた。
「陽さん。この間は余計なことをして、ごめんなさい。僕は単に、教授に別れて欲しいと思ったんだ。あんなに幸せそうな家庭を自分は持っているのに、不公平だって思って。真っ直ぐに伝えたら、教授にも何か届くんじゃないかと思った。でも、もしかしたら、僕はたき付けてしまったのかも知れないって思ってて」
不公平、か。本当にそう。でも、いくら付き合っていると思っていたとしても、結婚すると言われたら泣いてでも別れなくちゃいけなかった。その不公平さを維持させてしまったのもまた、私なんだ。
「陽さん。本当にごめんなさい」
「もう、もういいのよ。成瀬くんが謝る事じゃないから。私が悪いの。征嗣さんとズルズル離れることが出来なかった。別れたいって思いながらも、手放すことが出来なかったから。成瀬くんが悪い訳じゃない。だからもう、本当にいいから」
止めて、関わらないで。そう言いってしまいたい気持ちを抑えるように、拳を握り込んだ。こんな面倒臭いことに関わらなくて良いのに。成瀬くんの微笑みは、きっとそれを許さない。私がこの関係を断ち切れるまで、この人は傍にいるつもりだ。それほど、不倫という行為を憎んでいる。そして彼は、私の拳をそっと大きな手で覆った。
「それで、もう僕と会うつもりないんでしょ」
彼の言葉に、何も言えなかった。そう決めていたとしても、気付かれ、指摘されるだなんて想像していなかったのである。何と返せばいい?
「あまり第三者が核心に触れることじゃないかも知れないけれど……たき付けてしまったのは僕だから、言うね。陽さん、教授に何かされてるよね」
真っ直ぐに向けられているであろう視線を、全く見られない。え?それにも気付いている?そんなはずは……ない。
「え、何も……何もされてないよ」
否定する声が震える。どうしよう。手も震えている。目など見られない。これだけは知られる訳にはいかないのに。
「本当に?僕、昨日ようやく思い出したんだよ。ずっと引っ掛かってた残像があって。それが……誰かの歯形だった、って」
え、と漏れた言葉。ようやく見た成瀬くんは、泣いてしまいそうな、苦しそうな顔をしている。私は、今、どんな顔をしている?
「な、何かの間違いじゃない。成瀬くん。流石にそんなことはないよ。ほら、言ったでしょう?彼は口は悪いけれど、殴ったりはしない人よって」
「うん、言ったよね。僕もそれを疑わなかった。でもさ、ここで陽さんの体に触れてしまった時、僕は確かに見た。その時は一瞬で判断が出来なかったけれど、昨日似たような物を見たんだよ」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。あの時だ。彼が無機質な目のまま私の肌に手を伸ばした時。どうしよう、どうしよう、どうしよう。見られていたなんて、思いもしなかった。
「陽さん」
力強い声が聞こえると共に、私のニットの袖を彼がグッと捲り上げた。
そこには、昨日の生々しい傷跡。征嗣さんの苦しみ、それから怒り。全てがあった。
「陽さん。お願いだから、教授と別れてください。お願いします。僕、もう見ていられないんだ」
成瀬くんには関係ない。そう強く思って、彼を突き放した。私は大丈夫だから、と今出来る笑顔を浮かべて。
「もう……もう放っておいてよ、私のことなんて」
「そういう訳にはいかない。僕は陽さんを助けたいんだ」
「助ける?何で?どうして成瀬くんが私を助けないといけないの?私と征嗣さんのことは、お願いだから放っておいて」
涙が止まらない。どうして成瀬くんが私を助けないといけないの?これ以上、優しくしないで。お願い。だから、さよなら。成瀬くん。
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