夏の獣は海風となる
白神天稀
夏の獣は海風となる
波打ち際の蟹は流された。
白雲が空に漂い、ブルーの海が目に飛びんでくる。背後には朝の通勤列車が、熱された鉄のレールの上を駆ける。
爽風は髪を撫で、近くの森の緑がざわめくように音を立てた。
潮の香りを纏った美少女が1人、海岸の短い草の上で座っている。
天然の金髪と幼さを感じるハーフ顔。異国のオーラを纏いながらも、日本の田舎の風景にピタッと溶け込んでいる。
バストはナイス、声は甘々。これは自分でも否定しようのない事実だ。
我ながらこの光景は絵になると自覚している。
「はぁ、落ち着く」
高校の制服で身を包み、地元の風情を今日も感じながら登校前の暇を過ごす。
「落ち着いてる場合じゃないっちょ!」
海街の情緒溢れる雰囲気とこの美少女の独白を甲高い喚き声がぶち壊す。
「ああん? なんでアンタに口出されなきゃいけないのよ」
せっかくの気分を台無しにしてくれた横の存在に苛立ちをぶつける。
そいつはハムスターのような小動物見た目で、白や青の妙なカラーの体毛がある生物。人語を流暢に話し、人並みにものを言う。
謎生物Xは生意気にもアタシに突っかかってくる。
「なんでって、咲羅は魔法少女だからっちょ!」
この反応にもそろそろ慣れてきた頃。でも数が増えていくに連れて腹が立つ度合いも増していく。
溜め息で苛立ちを逃がし、無愛想に謎生物Xに返答した。
「魔法少女つっても、他に結構いるんでしょ?」
「それでも一人の魔法少女が担当出来る範囲には限りがあるっちょ! 咲羅はこの県の下半分が担当区域っちょ」
「め〜んどうくさいわね。アンタが魔法少女になってくれって言ったからなってあげたのよ。少しは自由にさせてよ」
そう。この謎生物Xが最初、突然会うなり魔法少女になれって言ってきた。
断り続けたけど、アタシも条件を出すことで渋々。本当に渋々了承した。
とはいっても、積極的に活動するとは微塵も言ってはいないけど。
「でも……」
「何か文句でも?」
虚空を掴むようなアタシの仕草に呼応して、手の中に大剣の柄が収まる。
握るとすかさず、黒い剣先を謎生物Xに向けた。
「ひぇっ……ぶ、物騒なのはやめてっちょ! ていうか大体、物理メインの大剣を武器にする魔法少女なんて初めてっちょ」
「ぶん回せるから楽なのよ。あとその語尾、ムカつくから必要時以外は口閉じて」
ビビったXが怯んでる隙に、いつも通りアタシは始業前に学校へ向かう。
──案外、学校も悪いもんじゃない。
校舎は田舎だけど清潔に保たれてるし、山と街の景色も見れてアタシ的にはお気に入り。
オマケにアタシの席は教室左側の窓付近の席。スっと顔の向きを反時計回りに動かせば、放課後のホームルームが終わるまであの海を見放題。
「だっはぁー、席替えでここ取れたのは良かったわ〜。風と陽が気持ち良い」
この暖かさと風を感じる度に、記憶が蘇る。家族と過ごした時間や、みんなと街で遊んだことや行事ごとの全て。
目の裏がスクリーンになって、名作場面の再放送が始まる。
あの頃の憧憬と今感じている懐かしさの両方が、ここにいるだけで思い出せる。
「咲羅、大変っちょ!」
「人がせっかくノスタルジーに浸ってたってのに、よくも邪魔したわね。無期懲役」
「そんな場合じゃないっちょ! もう漁港近くまでヤツらが来てるっちょ」
せっかくの雰囲気が台無し。でも流石にこれは行かなきゃいけない。
「ごーめん、いいんちょ。今日休むわ」
教室の窓をガラッと開けて、友人達に手を振った。
「明日ノート見せて〜」
クラスメイト達が笑って手を振り返すのを見ると、窓から私は飛び降りる。
ちなみに友達や家族は、アタシが魔法少女だって事は知ってる。色々とめんどいからバラした。
横のモルモットはピーピーうるさかったけど。
──街の道は網羅してる。
片岡さん家の裏庭とか、山岸さんの家の石垣の上とか、昔遊んだ近所の勝政兄ちゃんが作った秘密の隠し通路とか。
迷惑をかけない程度に利用させてもらいながら、謎生物Xの指示に従って漁港に向かった。
漁師のおっちゃん達の船が止まっている横で、テトラポットを超えて巨人が海から上がってくる。
目と口に相当する穴が3つだけ空いた、黒いシルエットの化け物。細身ではあるけれど、6から7メートルはある巨躯だ。
「ヤバい、ヤバすぎるっちょ。巨獣種の魔物、デカすぎるっちょ!!」
「毎度毎度うっさい。あんなのパワーとHP重視の木偶の坊でしょ。前のすばしっこい人型の方が厄介だったわよ」
Xに構ってるうちに巨人は堤防を壊しながらこちらに歩いてくる。
「別に魔法少女だとか魔物なんて心底ど〜っでも良いんだけど」
フツフツと湧き上がる衝動に、アタシの右手は震えていた。
「アタシの故郷の景色を少しでも汚してみろ。肉の欠片も残さねぇからな」
睨んだ一先の魔物は僅かに進行速度が緩む。一際強い波がテトラポット群に当たると、アタシは丸腰のまま魔物の元へ走っていく。
「呪い魔法『アンノウン・パラサイト』」
魔法の詠唱が完了するとほぼ同時に、巨人の動きは完全停止する。そればかりか、地面にひび割れを作りながら怪物は少しづつその身体を縮めていった。
無数の骸骨を模した黒いモヤが立ち込めて、巨人を囲むように大きな頭蓋骨が数体出現する。
これがアタシの魔法少女としての力、呪い魔法。
発動条件は、この街を破壊しようとやってきた怪物に対して苛立ちを覚えること。
故郷を守るために、発現した能力。
「これ嫌なのよね──少女武装、解放」
アタシの服は激しい閃光を放つ。白い光の上から白と黒の帯が巻きついて密着する。
帯は編まれるように構築されると、ワンピースのような衣装へと変化した。
趣味ではないけれど、フリルやリボンの装飾が施されていき、アタシは魔法少女になる。
「魔法少女の名のもとに、塵となりなさい」
威勢よく吠えてみると、巨人は少しばかり戸惑うように半歩後退した。
攻撃の隙が出来たタイミングを逃さず、漆黒の大剣を両手で構えた。
大剣は紫色の稲妻を帯び始め、握り締めた大剣をホームランを打つ容量で巨人に向け放つ。
「幽玄魔法奥義、アビス・バースト」
紫苑の光の筋が地平線に向かって伸びたと共に、巨人の身体は上半身と下半身を切断される。
ズルりと上半身が落ちる最中、巨人は天に手を伸ばして救いを求めた。しかし願いは虚しく、魔物は黒砂となって風に流される。
その一連の光景を謎生物Xは息を飲んで眺めていた。
「咲羅……やっぱり規格外っちょ」
──咲羅はその攻撃力、魔法火力、討伐成功率において全魔法少女の中で頂点に君臨している。
その頂きに上り詰めるまで実に2ヶ月。彼女に引き寄せられた付近の魔物を討伐するだけで咲羅はこの高さにまで到達したのだ。
「もう咲羅は魔法少女じゃないっちょ。完成形態──『魔女』」
独り言をぶつぶつ呟くXの方を振り向いて、面倒そうにアタシは報告する。
「終わったわ」
「流石咲羅っちょ! このまま流れで……って、どこ行くっちょ!?」
「おばちゃんとこの駄菓子屋。ラムネ買って今日は海釣りでもしながら過ごすわよ」
「そんなぁ、自由過ぎっちょ!!」
「また語尾。終身刑」
朝座っていた場所より少し離れた場所にアタシは移動した。
近所の駄菓子屋でラムネと魚の餌を買って、適当に家から引っ張り出した釣り竿を海に投げてまったりする。
時折、ラムネを飲む手を止めて釣り竿をちょんちょんっと動かして魚をおびき寄せた。
おばちゃんがサービスでくれたチョコ菓子で顔を汚しながら、謎生物Xは質問を問いかけてくる。
「そもそも、なんでこの街に留まるっちょか? 魔法少女じゃなくても、普通の女の子なら都会とか遊べるとこ行きたいっちょよね?」
「捻り転がすわよ」
「ちょぉ!?」
愚問。そんな理由は9つの時から決まってる。
「パパもママも、おじいちゃんもおばあちゃもここで生まれ育って、ここで死んだ。私はね、そんなここが好きなの」
「辛いとか、思わないっちょか?」
「人は海の子とか言うし、あんまり。それにこの故郷は私にとってかけがえのないトコなの」
景色の美しさだけじゃない。これまでの思い出と、ここに根付いている人達がアタシにとって大切なもの。
場所、記憶、人、心、そしてアタシが揃って初めてこの街は故郷になる。
「だから、アンタの頼みを聞いたのよ」
「……」
「故郷はアタシが守る。この海のある愛しの田舎、アタシの惚れたここの景色を、死ぬまでね」
「それが、魔法少女咲羅としての願いっちょか?」
「魔法少女じゃなくてもよ。私は咲羅として、この願いを叶え続ける」
風が良いからか、気持ちは妙に爽快だ。しかし調子に乗った謎生物Xが、命知らずにも更に要求する。
「それじゃあ一層その守りを強化するために、まずは周辺地域の警備を……」
「パス。あっ、でも隣町なら良いわ。食堂のおじちゃんの実家があるもの」
「理由それで良いんちょか!?」
日本のある海の近い田舎の話。
そこは綺麗な海と美しい自然に溢れていて、街の出身者は必ず夏に、その故郷へ帰りたくなるという。
その街で最近、ある噂がある。
長い金髪を揺らす少女が、その街で魔法少女をやっているらしいと。
夏の獣は風になって、故郷の波と混ざって流れる。
夏の獣は海風となる 白神天稀 @Amaki666
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