第5話 離すもんか!1人じゃ無理でも2人なら

 真っ白な世界の中心で、ビーストは全身をきらめかせながら静かに佇んでいた。全ての力を使い果たしたその顔は、穏やかな、しかし今にも消え去りそうな弱々しい微笑みを浮かべている。


ビースト『イエイヌ、よかった…、最後の最後でキミを守れて。これでもう、思い残すことはないよ。私は走るのに疲れた、おやすみ…。』


 そして静かに目を閉じた。自分のようなパークののけものは、このまま跡形もなく消えてしまえばいい、そう思った時…


キュルル&イエイヌ「「ダメーッ!!!」」

 キュルルとイエイヌが、ビーストにしがみついて同時に叫んだ。


キュルル「行かせない…、絶対に行かせないっ!君とお友達になるって決めたんだ!僕はパークもフレンズもかばんさんも君も…みんなみんな大好きなんだぁー‼︎」


 その叫びを聞いて、それまで消えかけていたビーストの心がドクンッと震えた。

ビースト『オトモダチ…!私は…ここにいていいのか…?』


イエイヌ「待ってください、あなたはまだ私との約束を果たしてませんっ!」


ビースト『ヤクソク…?』

 いつかどこかで聞いた事のある大切な言葉…。ビーストはそれを思い出そうと必死に頭を巡らせた。すると記憶の底から、イエイヌに帽子を被せる自分の姿が浮かび上がってきた。


ビースト『これはっ…!この時、私はなんて言ったんだ…?』


イエイヌ「やっと思い出しました…私が何を待っていたのか…。あなたがただいまって言うまで、絶っ対に離しませんよっ‼︎」


ビースト『約束…そうだっ、私は必ず戻るって言ったんだ!!』


 その瞬間、それまでぼんやりとしていたイメージが頭の中でハッキリと像を結んだ。そしてビーストがカッと目を見開くと、あたりを漂っていた輝きが全て彼女に向かって集まってきて、その体が眩しく輝き始めた。


 するとビーストの大きな手が弾け飛び、同時に体内から黒いセルリウムが飛び出してきて輝きの中へと消えていった。またそれを間近で見ていた2人も、あまりのまばゆさに目を開けていられなくなった。


 ふと気がつくと、いつの間にかキュルルとイエイヌは並んで光の中を歩いていた。あたりの様子はよく分からないが、どうやらどこかの村のようだ。すると向こうから聞き覚えのある楽しげな笑い声が聞こえてきたので、2人はそこ目指して一目散に駆け出した。

 そしたら目の前に思い出のカフェが現れた。2人が息を弾ませながら一緒に出入り口のドアを開けると…


───カララン


 乾いた音が耳に飛び込んできて、キュルルとイエイヌの意識は現実に引き戻された。そしてうっすらと目を開けると、すでに輝きは消えていて、ビーストと3人で半壊したイエイヌのおうちに佇んでいた。


 それからまず目に飛び込んできたものは、ほっそりとした小さな手だった。またその足元には、先ほどまでビーストの腕にはまっていた厳つい手枷が転がっている。まるで肉食獣のようだった彼女の大きな手は華奢なフレンズのものへと変わっていて、それにより手枷が外れて地面に落ちたのだ。


 さらに霞んでいた体は見違えるようになっていて、毛皮越しでも力強い鼓動と確かな温もりがひしひしと伝わってくる。しかしその実感に浸っている間にも、それまではっきりしていた過去の記憶がまるで夢のようにどんどん失われていった。なので、それが消え去ってしまう前に2人はそっとビーストから離れた。


 キュルルは落ちていた絵を拾い上げると、サラサラとペンを走らせた。そして欠けていた左腕を描き足すと、ずいっと彼女に差し出した。


キュルル「おかえり。君は大切なパークの仲間だよ、アムールトラ!」


 イエイヌは床に転がっていたボロボロの羽のついた色あせた帽子を拾い上げると、ぐっと腕を伸ばして彼女に被せた。


イエイヌ「おかえりなさい。ここがあなたのおうちです、アムールトラ!」


 そして彼女は涙で瞳をキラキラさせながら2人をしっかりと抱きしめると、フレンズに戻ってはじめてとなる言葉を口にした。


アムールトラ「ありがとう、キュルル!ただいま、イエイヌ!」


 するとそこへ、サーバルとカラカルがやってきた。

サーバル「2人とも、無事…って、え…⁉︎」

カラカル「大丈夫⁉︎セルリアンはどこ…って、ええっ、ビースト⁉︎」


 どちらもこの状況を飲み込めずあたふたしている。するとキュルルとイエイヌが2人に向き直った。

キュルル「紹介するよ。この子はアムールトラ、大切な群れの仲間だよ‼︎」


イエイヌ「私がずっと待っていた、かけがえのないフレンズですっ‼︎」


 そう叫んだ2人の目からは、涙がとめどなく溢れていた。



◉えぴろーぐ


キュルル&イエイヌ「「そんなの駄目(です)ー‼︎」」


 静かな村に、突然可愛いらしい怒鳴り声が響いた。

一体何事かというと…


 フレンズへと戻ったアムールトラは、みんなに挨拶を済ませた後改まった態度でこう言った。


アムールトラ「この先のホテルから、とんでもなく大きなセルリアンの気配がするんだ。私はこれからそいつを片付けてくる。君たちは安全な所で待っていて…」


と言いかけた所で、キュルルとイエイヌが猛反対したのだ。


キュルル「せっかく戻ってきたお友達を、一人で危険な場所に行かせるなんてできないよ!」


イエイヌ「そうです!私はもう絶対に離れませんよっ!」


 アムールトラはそんな2人の剣幕に圧倒されたが、なんとか思いとどまらせようとした。

アムールトラ「だってキュルル、キミはフレンズより力の弱いヒトだし…。」


キュルル「かばんさんだって自分にできる事を精一杯やってるんだ、たとえ力がなくっても、僕にしかできない事がきっとあるよ!」


アムールトラ「う…。…あの、イエイヌ?残念だけどキミはお出かけできない体なんだよ…。」


イエイヌ「そんな事ありません!私はあなたが行く所なら、どこへだって行けますっ!」


 そう叫ぶとイエイヌは、ズンズンとかつての村の出入り口だったゲートに向かって歩き出した。これまで彼女の足は何度もその手前で止まっていたのだが、どういうわけか今回はすんなり通り抜けることができた。そしてそれをくぐって数歩歩いた所でクルリと振り返ると、得意げに胸を張った。


イエイヌ「どうですか!大切なあなたが向かう先へついて行く、これはお出かけではなくお散歩ですっ‼︎」


アムールトラ「そんな!無茶苦茶だよぉ〜。」


 おそらくヒトが居なくなって村の概念がなくなったうえ、おうちまで吹き飛んだためにイエイヌを縛るものが消えたのだろう。でももしかするとイエイヌの考えの方が正しいのかもしれない。


 それからしばらく押し問答が続いたが結局アムールトラが根負けし、みんなで一緒にホテルへと向かうこととなった。

 そこではパークのみんなが力を合わせ奇跡を起こした。フレンズ型セルリアンはフレンズ達の協力で消滅し、海底火山はキュルルの力で沈静化され、海中の巨大セルリアンはアムールトラによって撃破された。


 その際彼女の被っていた色あせた帽子はパワーに耐えきれず消し飛んでしまったが、見事にパークの危機を退けたアムールトラは、強くて優しい立派なフレンズとしてみんなに受け入れられたのだった。

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