第4話 おうち
その話を聞いたイエイヌは、とても関心した様子だった。
イエイヌ「ビースト…いえアムールトラさんとお友達に…ですか。キュルルさんは凄い事を思いつくんですね。」
キュルル「どうすればいいかは全然分かんないけど、諦めずに追いかけ続ければ、ずっとひとりぼっちで走り続けたあの子にいつかは追いつけるんじゃないかって思うんだ。」
するとイエイヌはしょんぼりとうなだれた。
イエイヌ「やっぱり行ってしまうんですね、寂しいです…。」
キュルル「あっ…!ゴメンねイエイヌさん。…ねえ、もしよかったら僕たちと一緒に旅をしない?」
それを聞いたイエイヌは一瞬明るい顔をしたが、すぐに表情を曇らせた。
イエイヌ「私はここで何かを待ち続けなければなりません。それはキュルルさんではなかったし、もう何だったのか知る術はないのですが…」
キュルル「そっか…。でも必ずまたここに来るよ。その時は今日みたいに思いっきり遊ぼうね!」
イエイヌ「はい、嬉しいです!」
ドオォォォン!
キュルル&イエイヌ「「わーっ⁉︎」」
突然大きな音とともに屋根が半分吹き飛び、何かがおうちに飛び込んできた。沸かしていたポットが床に落ち、お湯があたりに飛び散った。さらに棚が吹き飛ばされ、中の食器が床に散乱した。
キュルル「う〜ん、なにが起こったんだ…?」
イエイヌ「あ、あれはっ⁉︎」
もうもうと立ち込める砂埃の向こうには、ビーストが立っていた。そして足元に額に入ったイエイヌの絵が落ちている事に気がつくと、それ目掛けて一気に爪を振り下ろした。
イエイヌ「ダメ、壊さないでっ‼︎」
イエイヌはなんとかビーストを止めようと、必死に右手を伸ばしながら駆け寄った。
しかし絵の裏にはセルリウムが張り付いていたのだ。そしてそれは、ビーストの爪が届くより一瞬早く絵に込められたヒトの輝きを取り込んだ。すると絵から7本の黒い輝きが飛び出し、まるで巨大な蛇のようにビーストたちに絡み付いた。そして彼女らを取り込むとグネグネと絡み合って、額縁状の大きな顔と6本の棒状の長い腕を持った巨大セルリアンとなった。
サーバル「あったよ、キュルルちゃんの!」
カラカル「あたしもうっかりしてたわ、なんっか足りないと思ってたのよね…。」
一方キュルルの忘れ物を見つけた2人は、イエイヌのおうちに引き返そうとしていた。するとその方向から大きな音が聞こえた後、黒い輝きとともに突然巨大なセルリアンが現れた。
サーバル「なにあれ、セルリアン⁉︎」
カラカル「あっちにはキュルルとイエイヌがっ…急ぐわよ、サーバル!」
サーバル「うんっ‼︎」
それを見たサーバルとカラカルは、キュルルとイエイヌを助けるため大急ぎでおうちへと向かった。
取り込まれたイエイヌは、セルリアンの中をゆっくりと漂っていた。その体は黒くて重たい水のようで、ろくに体が動かせない。しかししばらくするとまぶたの裏に眩しい光が見え、体が急に軽くなった。
そしてイエイヌが目を開けると、目の前に小さな村が広がっていた。
イエイヌ『ここは?なんですかこれっ⁉︎』
慌ててあたりを見回すと、すぐそばにビーストが信じられないという表情を浮かべながら呆然と立っていた。その様子から察するに、どうやら彼女にも同じ景色が見えているようだ。
するとビーストの周りに、何人かの光り輝く人影が現れた。キラキラしていて体の輪郭すらはっきりしないが、特に顔がよく見えない。すると2つの人影がビーストに話しかけてきた。
「いらっしゃい、団長さん。」
「ゆっくりくつろいでいってね。ご注文はいつものジャパリソーダ?それとも別のにチャレンジしてみる?」
すると今度はフレンズのような姿をした2つの人影が近寄ってきて、ビーストに話しかけてきた。
「団長、おっはよー!今日はどこへ行くの?あれ、もしかして疲れてる?」
「ねえ、いつまでもふらふらしてるくらいなら、いっそあの子とずっと一緒にいてあげたら?」
そして最後に背の低い人影が、トテトテとビーストのそばへとやってきた。
「おかえり!今日はどんなお話を聞かせてくれるの?それとも一緒に遊んでくれるっ⁉︎」
ビーストは困惑した様子だったが、その言葉を聞いているうちにだんだんと表情が和らいでいった。そしてまるで夢を見ているかのように、人影らに導かれるままふらふらと村の方へと歩き始めた。
それを見たイエイヌはとても嫌な予感がした。そして必死にビーストに呼びかけた。
イエイヌ「待ってください、ここ、なんだか変です!」
すると彼女の隣に輝く人影が現れ、朗らかな声で話しかけてきた。これまた光にさえぎられてよく見えないが、どうやらイエイヌと同じような姿と声をしているようだ。
「あなたはどうしてあの子を引き止めようとするんですか?」
イエイヌ「分かりません、でも…、これじゃいけないって事は分かるんです!」
「あの子はパークのどこにも居場所の無いのけものなんです。そんな辛い所に戻るよりも、ここで永遠に醒めない楽しい夢を見ていた方がずっと幸せなんですよ。」
イエイヌ「そんなっ…!」
「では聞きます、あなたはあの子のなにを知っていますか?」
イエイヌ「ビーストって呼ばれてる乱暴者で、あとは…ええっと…。」
「じゃああの子の好きなものは?特技は?お気に入りの場所は?」
イエイヌは必死に考えたが、ここはまるで夢の中のようで、頭がうまく働かない。
イエイヌ「…分かりません。私にはさっきの事しか分かりません。」
「私たちはあの子の事ならなんでも知っていますし、あの子の欲しいものならなんだってあげる事ができます。ですがあなたはあの子になにをしてあげられますか?」
イエイヌ「私はっ…!私は…」
もうイエイヌにはなにも思い浮かばなかった。そして自身の無力さを痛感してがっくりとうなだれた。
「あなただってそう。たった一人で訳もわからないまま何かを待ち続けて、気がついたらパークでひとりぼっちになっていた。…でも大丈夫、ここにはあなたの欲しいもの全てがある。」
そう言うと、人影はイエイヌの手を取った。すると体から力が抜け、なんとも心地よい気分になってきた。
「おかえりなさい、ここがあなたのおうちですよ。」
それを聞いた途端、イエイヌの体はカーッと熱くなった。
イエイヌ『!!!…それは、私がキュルルさんに言った言葉っ…違います!私のおうちはここじゃありません‼︎』
そんなイエイヌの頭の中にキュルルの声が響いた。
キュルル「ビーストの本当の名前はアムールトラ!僕、あの子とお友達になりたいんだ‼︎」
そして先程のキュルルとのやり取りが次々と蘇ってきた。それから彼女はバッと顔を上げ人影を押しのけると、必死にビーストに呼びかけた。
イエイヌ「行っちゃ駄目です!あなたはひとりぼっちなんかじゃありません、あなたに会いたがってるヒトがいるんですっ!あなたのおうちは、ここじゃなくてパークです!それにあなたはビーストなんて名前じゃない、本当は…モガッ⁉︎」
すると背後に立った人影が、イエイヌの口をものすごい力でふさいだ。その姿からは先程までの光が消え、真っ黒な体が露わになっている。そして顔の中心には、巨大な一つ目がギロギロと蠢いていた。
イエイヌ型セルリアン「…うるさいっ‼︎」
一方イエイヌの声に気づいたビーストは、ふと立ち止まった。
ビースト『…イエ…イヌ?』
イエイヌはなんとか拘束から逃れようとじたばたしたが、セルリアンにがっしりと押さえつけられた事で体からどんどん輝きが奪われてゆき、意識が朦朧とし始めた。しかし、それでも彼女は背を向けたままのビーストに弱々しく手を伸ばした。
イエイヌ『いか…ないで…。』
その思いが通じたのだろうか、ビーストの心がチクリと痛み、霞んでいた意識が少しずつはっきりとしてきた。
ビースト『イエイヌ…、私はキミを守れなかった…。』
理性を失い長い年月が経っても、彼女にはたった一つだけ覚えていることがあった。それはビーストになってもずっと続く悪夢…、イエイヌを救えなかった後悔、無力感、情けない自分への嫌悪だった。
ビースト『キミは私を恨んでいるだろう。この体と悪夢は私の罰…この苦しみとずっと向き合うくらいなら、いっそパークから消え去ってしまいたいと考えた事もある。でも、私はどうしてもそうしたくはなかったんだ。』
ビーストの頭の中はぐるぐるし始めた。このまま村へと足を踏み入れる、たったそれだけで永遠の安らぎを得ることができる。そうすればこれまで延々と続いた苦難の道を、ようやく終わらせることができる。でもそれは、本当に自分が望んだ道なのだろうか?
ビースト「ち…がう…。」
ビーストはそれに対する答えを口にした。どんなに辛くても彼女が決して立ち止まらなかったのは、いつかこの道のどこかでイエイヌに会えるんじゃないかという、おぼろげな希望があったからだ。
すると、それまでぼやけていた視界が徐々にしっかりしてきた。そして彼女が振り向くと、そこには危機に陥っているイエイヌの姿があった。それを目にした途端、まるで雷に撃たれたかのように彼女の体がビクリと震え、それまでフワフワと曖昧だった全身の感覚が蘇ってきた。
ビースト『助けな…きゃ…。』
そして迷いながらもイエイヌの方へ一歩足を踏み出そうとしたその時、周りの人影が真っ黒なセルリアンの姿となり、一つ目をギラつかせながらビーストに群がってきた。
セルリアンら「こっちへ…来い‼︎」
ビースト『放せっ…、私は今度こそあの子をっ…』
彼女はなんとかそれらを振り払おうと、必死に抵抗した。
ガシッ
するとビーストはさらに強い力で押さえつけられた。見ると左腕のないビースト型セルリアンが、彼女の胴体にがっちり右腕を回している。そして凄まじい力で彼女の体を万力のように締め上げてきた。
ビースト「がっ…」
そのあまりの苦痛に思わず声が漏れた。そして体の中の大切なもの全てが口から流れ出てゆくような感覚とともに、彼女の意識は遠くなっていった。しかし…
キュルル「このぉぉぉっ、放せ、放せよーっ!」
なんと、大声を上げながらいきなりキュルルが物陰から飛び出してきた。そして彼はビースト型セルリアンにしがみつくと、なんとかビーストを助けようと死に物狂いで引っ張った。
そのあまりに突然の出来事に、セルリアンらは驚愕したかのように一斉にキュルルの方を向いた。
ビースト型「この気配はっ…まさかジョウオゥ…」
するとそれまでビーストを押さえつけていた拘束がわずかに緩んだ。彼女はその一瞬の隙をつき、思い切り腕を振り回してセルリアンらを吹き飛ばした。
ビースト『私は…もう間違えない!今度こそ、絶対にキミを助けてみせるっ‼︎』
そしてビーストは両腕を高く掲げ、持てる輝き全てを爪に注ぎ込んだ。すると彼女の爪がまばゆい光を放った。それはどんどん勢いを増してゆき、ついには太陽のような強烈な光の塊となった。そのあまりの力に押されたセルリアンらは、光の中へと消え去っていった。
ビースト「グオオオオーッ!」
そして彼女は、雄叫びとともにあらん限りの力を込めて両腕を振り下ろした。すると目の前の景色がひび割れたのち、パンッと弾けて真っ白になった。
ズパアァッ!!!
巨大セルリアン「グオォォーーン!!!」
四角い顔の内部から巨大な斬撃が発生し、それがあっという間に足元まで伸びてゆく。そして断末魔の叫びと共に巨大セルリアンは真っ二つになった。
ぱっかーん!
そうしてセルリアンの全身が弾け飛ぶと同時にイエイヌの絵の輝きがあたり一面に広がり、世界が白く染まった。そしてそこに込められた記憶が、一気にキュルルとイエイヌの頭に流れ込んできた。
キュルル「これは…イエイヌさんの思い出?ヒトがいた時代に、こんな事があったのか…!」
イエイヌ「泣いているのは…私?じゃあ、私が本当に待っていたものはっ…!」
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