第38話 『空挺ドラゴンズ』と中医学
空挺ドラゴンズをやっと読了しました。
主人公は、小説版ではラスヴェット、マンガ版第一巻はミカでした。この作品はふたつとも、SFというよりファンタジーでしたが、どちらかというとわたしは小説版のほうが好きでしたね。
その根拠は、
小説版には背景がきちんと描かれている、という点です。
マンガ版は、背景の説明をするより、ミカの活躍とうまそうな龍料理の数々がウリのようでしたし、それはそれで楽しいのですが、小説版ほど想像力を刺激しないので、ちょっと物足りない感じがします。絵が描いてあると、そっちのほうに気を取られてしまうからかもしれません。その絵は少年向けの冒険モノという印象で、小説版ほどリリカルでもなかったです。
マンガ版は、絵が迫力があってステキでしたが、小説版は、たとえば、「震臓」と呼ばれる龍に浮力をもたらす丸い臓器(P76 )という設定があり、これは非常に興味深く拝読しました。あれだけの巨体が、どうやって飛ぶのかという基本的な疑問が、この説明である程度、納得できるようにしてあるところがうまい。
それに、ほかのところでは、西洋的な文化背景を匂わせていながら(たとえば、修道院があったりする)、こんな記事もあります。(P107)
『血液と粘液、そして胆汁――すなわち肝臓から分泌される消化液のバランスを整えることが健康につながる』
ハイルングの教え(医術のひとつ)として、そういう考え方を紹介している。これはあきらかに、中医学的な発想でして、わたしはガツンとやられました。
実は西洋には、血液を抜くことが健康につながる、という誤った治療法が施された時期があります。また、錬金術がいまの医学に寄与した部分もある、と聞きます。たとえば、胃薬につかう化学薬品は、錬金術からの影響なのだとか。
そこから考えると、中医学的な発想のフィクションも、有りうる話です。それに、小説版の全体的な話を見ていると、医薬同源という考え方から発想して、意外なオチまで用意されているので、最後まで飽きさせません。
もちろんこの『血液と粘液、そして胆汁のバランス』という考え方は、龍捕りの世界でのお約束でしょうし、もしかしたら小説版独自のオリジナル発想なのかもしれないのですが、そのなにげないひとことがあるおかげで、世界が広がっていくのを感じました。
小説には、マンガにできないことができるんですね。
最後のオチ部分は、日本のフグ料理に見られる、「フグの精巣を食べるとうまい」という伝承を思い出して笑ってしまいました。アイデアがいかにして昇華されていくか、という点では勉強になります。
しかし全体的に、西洋的な文化背景と中医学的な発想というこの話の展開は、少々ムリがあるような気がします。この龍捕りたちの世界の宗教体系がどうなってるのかは不明ですが、言葉の端々からみるに一神教でしょう。唯一の神と中医学というのは水と油的なところがありますから、リアリティには欠けてます。もうちょっと、龍捕りたちの文化背景について知りたいところですが、マンガを全部買うお金がありません(涙)。
龍捕りという発想の基本に、『クジラ捕り』があることは、マンガを見ていてもよくわかりますが、ここにも、すこしチグハグさを感じます。日本のクジラ捕りという文化は、食文化だけでなく、クジラの各部位をいろんな工業につかったことでも知られています。対して『空挺ドラゴンズ』の世界では、食べることばかりという印象。それが悪いこととはいいませんが、それだけ大きな怪物なら、食べる以外にも使えるモノは、いっぱいありそうな気がします。
骨はどうするんでしょうか。歯や鱗はどうなるのか。龍を食うのが供養だというのなら、廃棄されるかもしれない部位についても、もう少し知りたいなぁ。
食べたものが中って苦しむ、というアイデアは、日本独自の考え方だと思います。日本には梅雨というものがあり、ものが腐りやすくなっている。細菌やウィルスなどで病気になった食品を食べて熱を出す、というのは身近な発想です。その意味では、身近な発想にクジラ捕りと中医学、そして西洋的な文化背景をからめたこの作品はすごいと思います。出てくる人たちも個性的だし、小説版の主人公ラスの心の動きも説得力がある。
しかしわたしとしては、この作品は、消化不足な部分があるなという印象でした。辛くてすみません。
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