第27話 新海誠とファンタジー その2

『君の名は。』は、新海誠の大ヒット作です。以下はネタバレなので、見てない人は読まないように。





 この作品は1992年にWOWOWで放送された洋ドラ『タイムマシーンにお願い』からのアイデアの盗用です。そんなに有名じゃないし、ネットにも載ってないから、知らない人も多いかもしれません。わたしはこの番組の大ファンでした。


 ストーリーをちょっと紹介すると、時は1999年場所はアメリカ。量子物理学によるタイムトラベル『クォンタム・リープ』を研究中の量子物理学者サム・ベケットは、時間旅行のための実験をしくじり、過去の世界へ吹っ飛ばされますが……(以下、ネタバレのため、自粛)。



 このサムに絡んでくるのが、アルという女好きのイタリア系アメリカ人。声をあてたのが中村正さんでねえ。めっちゃハマってたのでファンレターまで出しちゃいましたよ(笑)



 それはともかく、量子跳躍的な話の展開や入れ替わり、視聴覚神経に直接アクセスする立体映像というアイデアが秀逸で、このドラマはその年のネビュラ賞か、もしくはヒューゴー賞をもらったはず(記憶モード)。



 そういうわけで、このドラマの背景はハードSFです。やってることは、バック・トゥ・ザ・フューチャーで、過去の世界の文化や歴史などに、サムはいちいち驚いたり、あわてたり、恋をしたりと大忙し。毎回違う人が出てきてその人にサムが変身する話なんですが、バリエーションがいろいろあって、楽しかったなあ。ちょっと押しつけがましかったけど(笑)




 新海誠が、このドラマを観たことがあるのは確実です。しかし、彼はしっかり、このアイデアを自分のものにして、まったく違うアプローチを試みています。入れ替わりのシーンで、「わたしたち、入れ替わってる?!」なんていうシーンは、いま思い出しても笑えます。




 しかし、『タイムマシーンにお願い』の理論がちゃんと量子物理学的(クォンタム・リープというのは量子跳躍とも言い、量子物理学にある専門用語です)なのに対して、『君の名は。』の理屈はほとんどありません。



 タイムトラベルするのに、「なぜ時間旅行できたのか」というところが、ハッキリしていない。ここのところは、理屈よりも情緒を重んじる新海誠らしいというべきところなのでしょう。



 たとえば、筒井康隆の『時をかける少女』では、タイムトラベルのきっかけは「ラベンダーの香り」を嗅いだことからでした。このラベンダーの香りの原因の説明もちゃんとあります。ところがわたしには『君の名は。』で、時間旅行のきっかけがなにだったのか、ちょっとわからなかった。



 巫女をやった主人公三葉の執り行っていた神事と関係ありそうですが、監督はそうだと断言はしていない(ように見える)。



 そういう理屈より、二人の間に隔たる時間の壁、もどかしいすれ違いこそが、この映画の言いたいことなのでしょう。だいたい、往年のテレビドラマ『君の名は』を引用していますし。



 歩道橋、電車、いろんなところでふたりはすれ違います。見ていてほんとにじれったいです。 



 だからこの作品の分類は、サイエンス・フィクションというよりも、サイエンス・ファンタジーであるとしたい。もちろん時間旅行は、つじつまあわせが大変な分野ですから、映画の中で時間についての理論がそれなりに語られていたのは非常に評価できる。ですが、機を折るおばあちゃんのあのシーンは、辛口で申し訳ないんですが、わたしには浮いているようにしか感じられませんでした。



 とはいえこの映画には、ほかのタイムトラベルにはない、本質的ななにかがあります。




過去への時間旅行というとノスタルジー、つまり、昔は良かったという感傷ばかりなのですが、この作品は、そうじゃない。




 そこで、ちょっと、考えてみました。

 たとえば、『君の名は。』は、女性らしさ、男らしさという固定概念がなくなりつつある時代を先駆けました。



 入れ替わることでそれぞれの立場の違い、職業、ふるさとや自分自身を発見していくふたり。ありえざるもの、ありえないことを通して、自分の身の回りを愛することの大切さを感じさせてくれました。


 この次の作品の『天気の子』では、その『身近』が東京に絞られてしまったのは残念です。東京だけが、日本じゃないぞ!

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