第24話 上橋菜穂子のSF的要素 その2

SFのテーマには、人間と異星人(または異星生物)との関係、というものがあります。


 宇宙へ行って、血液中の塩を食料とする化け物と対決する。地球人そっくりの美人異星人と恋仲になる。宇宙基地を荒らす異星生物、実は基地そばの鉱山の素材で出来た卵を守っていた……。


 どれも『スタートレック』ですが、映画で有名なのは、スピルバーグの『未知との遭遇』か『ET』でしょうか。



 上橋菜穂子は、この『未知との遭遇』のアイデアをいただいているのでは、と思うことがしばしばあります。こころみに、『未知との遭遇』のストーリーをかいつまんで紹介しますと、正体不明の宇宙人が、地球人にコンタクトを試みる。地球人は、宇宙人の真意がわからない。なんとか会話をトライするも、一切ことばは通じない。ではどうするか。



なんと、音楽で会話をするんです。



この音楽を担当したのが、かの『ジョン・ウイリアムズ』さん(最近ではハリポタの音楽も担当していましたっけ)でしたが、電子エレクトーンを使ったいかにもハイテク70年代の宇宙ものという雰囲気でした。



このSF映画にもある音楽でコミュニケーション、というアイデアが、上橋菜穂子の『獣の奏者』に出てきます。ネタバレなのであまりいえませんが、主人公のエリンが、その国の最終兵器である闘蛇の子との会話用に、音楽を使っているんです。SF的要素を、たくみにファンタジーに取り入れているところは、上橋菜穂子の貪欲さを見ることができます。



彼女が参考にしたと思われる作品を、もうひとつ挙げてみましょう。(上橋菜穂子さんには未確認です)。

『獣の奏者』にしても、『精霊の守り人』にしても、上橋菜穂子は、異質な生命体を描くのが上手です。その生命体が生きているとしかおもえない描写力。その筆力の秘密は、どこにあるでしょうか。



わたしはホラーの帝王ディーン・クーンツの作品で、知性を持った犬の話(『ウォッチャーズ』)を読んだことがあります。『ウォッチャーズ』でも、その犬の知性の異質さが際立っていました。クーンツは、犬に、人類という種は変わってると言わせています。



その犬は、ゴールデンレトリバーなのですが、賢いなんてものではなく、絵本を読んで内容を理解し、単語を覚え、肢体不自由者のためのIBMのワープロを使って、筆談までするんです。想像してみてください。ワン公が、鼻先をつかって文字を打つ!

SFマインドもここに極まれり、という本です。しかもこのワン公、命を狙われているんです。



そういった、ユーモアとサスペンスのバランスが、クーンツの醍醐味なのですが、上橋菜穂子は、ちょっと真面目すぎるところがあるかも。ストーリーテリングの技巧としては、クーンツに軍配は上がるでしょうが、異世界のオリジナリティーは、上橋菜穂子に軍配が上がるかも、です。



ところが、ふたりのその描写力は、拮抗しています。

クーンツの描写力は、「パルプフィクション」的。いかにも俗悪で、派手な演出がたっぷりです。上橋菜穂子はこの三文小説的なテイストは抜いて、その奥にある「エンタテインメント」的な描写を作品で表現しています。ということは、彼女は、けっしてファンタジーばかり読んでいるわけではなく、SFやホラーも読んでるなとわたしは勝手に憶測しています。



SFのテーマのひとつである人間と異星人(または異星生物)という観点から、さらに上橋菜穂子をつっこんで見てみましょう。



作品を哲学的に切り取るのなら、上橋菜穂子の異星生物的キャラクターに見られる異質さとはなにか、人間にとって生き物とはなにを意味するのか、という命題がたちあがってきます。


 これは別に、SFでなくても通じる話です。ファンタジーであろうとホラーであろうと、異質なものとの出会いが、自分にとってなにを意味するのか、という問いかけは、『汝自身を知れ』という哲学の基本です。


 日本人にとっての外国人とはなにか。隣の都道府県の人はどうか。いやいや、ご近所の人も、一皮むけばなにものなのかは、だれもわからない。



異星生物という異形のものを通して、自分とはなにか、ということを考えさせてくれる作品には、わたしはめったに出会わないのです。娯楽作品にそこまでもとめるのは、むちゃなのかもしれませんが……。

わたしは、読み応えのある作品を読みたいのです。(なら作れよ w)




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る