第23話 上橋菜穂子のSF的要素 その1

 上橋菜穂子は、わたしのいちばん尊敬する作家の一人です(女性ではもうひとり、宮部みゆきがわたしは好きですが、宮部さんはファンタジー専門の作家じゃないからね)。上橋の創作を読んでいると、ほんとうに物事がリアルに進んでいて、読んでいてとても満足します。


 なぜそうなのか、考えてみました。


 わたしは、日本でSFが大ブームだった70年代に中学校時代を過しました。その頃一番読んだのは星新一でしたが、そのほかに眉村卓や筒井康隆、そしてもちろん小松左京の『日本沈没』なども読んだことがあります。



 さて、この最後に挙げた『日本沈没』は、時の政府に「地震予知」という無茶な概念を植え付けたことで知られるベストセラーで、映画にもなりました。プレートが動いた結果、日本が沈没するという説明がめっちゃリアルで、ゾッとした覚えがあります。



 その『日本沈没』で、小松左京がいちばん力を入れていたのは、人間とその社会についてでした。日本人として世界にどう貢献していくか。そういうテーマはもちろんですが、日本人もまた、人間です。その人間が、沈没していく日本を脱出し、言葉も通じない社会に移住していかねばならない。では、社会とはなにか。国とは?



 このアプローチ法が、上橋菜穂子に影響を与えたような気がしてきたのです。

 上橋菜穂子は人類文化学者だそうですから、もちろん、社会や文化に造詣が深いでしょうが、それだけでは物語る技術にはなりえない。 


社会の背景には、政治があります。歴史もあるし、地理的要因もある。言葉もあれば、風習もある。いろいろ複雑にからみあっています。

 小松左京は、『日本沈没』で、その持てる想像力と知識を駆使し、社会と日本人のありかたについてまで、つっこんだ話をしていたのです。



 SFのテーマのなかには、人間とその社会について語るものがあります。ジョージ・オーウェルの『1984』などは、その最たるものでしょう。『1984』では、徹底的な管理社会に反抗しようとして、ついに屈する主人公が出てきます。その管理社会のありかたが、いまの中国と非常に似ていると言う人もいます。



 日本人も、国の中にいるかぎり、政治や憲法、法律やルールの枠からはずれることはできません。政治家は、自分をしばる憲法を変えようとします。マスクをせずに気軽に外食にでかける国民もいます。ルールは、なんのためにあるのか。だれのためのルールなのか。それを生み出す社会とはなにか。



 『日本沈没』を読んでいると、いろんな意味で、フィクションの中の真実が見えてくるような気がします。一度読んだきりなのですが、いまでもありありと、その中に生きている人々の息づかいが聞こえてきます。



 その息づかいと上橋菜穂子の諸作品が、似ているのです。

 たとえば、『精霊の守り人』には、土の精霊に追われる第二王子チャグムがいます。



 彼は、父親からも命を狙われています。なぜか……? ネタバレなので言いませんが、古代の政治体制が、いまでも脈々と引き継がれている天皇という制度について、わたしは個人的に連想してしまっていました。



 この、王さまとその子、子どもを守るボディガードと追っ手たちというパターンは、まあ、だいたい黄金のパターンと言えるんですが、それで満足していたら上橋菜穂子もそれまでの人だったでしょう。ところが上橋は、これに『ナユグ』という異世界を挿入してくるのです。



 そのナユグをめぐる呪術師の助言や手助けということを通じて、ヨゴという国の成り立ち、政治、社会などがわかってくる。そこに生きる人たちの息づかいが聞こえてくる。



 これがSFでなくて、なんでしょうか。

 いや、サイエンス・フィクションというわけじゃなくて、スーパー・ファンタジーって意味で(こら)。



 社会や政治の基礎を応用し、フィクション(虚構)からファクト(現実)へとシフトしていくやり方が非常にうまくて、わたしは感心しきっています(なら自分でやれよ 笑)。



 いままで、これほどまでに重厚なファンタジーに、パラレルワールドを挿入した人はいたでしょうか。へたをすれば興ざめになるフィクションの幻想的な部分を、たしかなバランス感覚で、上橋菜穂子は筆を進めているのです。



 この人は、SF作家としても行けるんじゃなかろうか。ル=グインみたいに。

 ぜひ、スペースコロニーの話を作ってください。ってここで言ってどうする。

 

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