第22話 うつりゆくブーム

 近代SFの父ジュール・ベルヌが『気球に乗って五週間』を発表したのは、1863年でした。その30年後に、H.G.ウエルズが『タイム・マシン』を書きまして、これをもってSFの創始期とする人も多いようです。


 1950年代(その約60年後)になると、一種のSFブームが海外を席巻いたします。C.S.ルイスのエッセイ集『別世界にて』(中村妙子訳)では、ルイスが、


 作家を志す人の多くが、たいして好きでもないのに、流行っているという理由だけでSFを書こうとしていると嘆いている記事があります。


 彼によると、ちゃんとそれらしいSFならまだマシなんだけど、ただ機械が出てきてSFらしい味付けがしてあるだけの雑文という感じだったらしい(汗)


 

 ひるがえって、異世界もののブームをながめてみましょう。そもそも異世界という概念が一般的になったのは、ドラクエがはじまりのはずです。(つまり、80年代前半から80年代後半ですね)。それから40年経ち、かつてのSFブームを連想させるような、異世界ものブームが巷を支配しています。アニメ、ゲーム、マンガ、どれをとっても異世界しか見えてこないのは気のせいでしょうか(だといいんですが)。



 別にそれが悪いとは思いません。モーツアルトの時代にはトルコ行進曲が大流行、モーツアルトもその流行を取り入れて、ピアノ協奏曲を書き、のちの世の安田姉妹にパパパパ~とハモられるという事態になっています(汗)



 なので、異世界モノが悪いとは、わたしはちっとも思わないし、むしろ好きです(こら)。

 ですが、このブーム、いつまで続くんだろうと、ちょっと危惧しています。


 これは出版業界の常識ですが、あるジャンルがどんなに売れようと、そればかり売っていたらあぶない、ということがあります。どんなものにも流行り廃りがあるからです。70年代後半まで隆盛をほこっていたSFは、いまや「現実」になってしまったので、かつてのような「科学の驚異」とか「進歩」とかいうことをウリにするSFは、売れなくなったようです。というか、少なくともわたしは見かけません。



 80年代には、遺伝子工学でトマトとポテトを合体させた作物、ポマトが出たり、クローン羊ドリーちゃんが出たりして、90年頃には遺伝子操作をテーマにしたSFも書店に並んだことがありますが、いまはさっぱりです(ドリーちゃんは死んだらしいけどポマトはいま、どうしてるんだろうか)。



 このあいだ、向井千秋の『スペースコロニー 宇宙で暮らす方法』というブルーバックスの本を借りて読んだのですが、一昔前ならハードSFの資料として貴重だったかもしれないこのノンフィクション、ここまで現実化されたら、フィクションで書く意味がないかもなあ、とゆううつになったのも事実です。



 SFのテーマには、「科学の驚異」ということが含まれるはずですし、ファンタジーにも、「ありえざるものへの驚異」というテーマが含まれているので、うまくやれば面白いSFになるかもしれませんが、残念ながら、わたしにはこのテの話は手が届かない(汗)



 それはともかく、100年後には、異世界転生モノもどうなってるのか、よくわからないのが現状です。前にも言いましたが、異世界転生モノとしては、『火星シリーズ』が100年前にすでに『俺つえー』をやっているので、この分野にいまから手をつけるのは、危険かもしれません(ハズレるかもしれない)。



 流行を追いかけるのではなく、流行を作るぐらいの気概でお話を作って欲しいとか思うのは贅沢ですか(汗)



 ハリポタが成功して以来、いきなり自分が信じられない力を持っているとわかった主人公が、異世界で寄宿生活を送り、友だちといっしょに問題を解決するというパターンが生まれました。


 しかし、このパターンは、「なぜそれまで自分がパワーを持っていることがわからなかったのか」という初歩的な質問をされたら、あっけなく崩壊する危険もはらんでいます。黄金のパターンは、踏まえるだけの力強さを持っているという逆説的な現実ですが、それだけに、その力強さに自分が巻き込まれて、「ほんとうになにが書きたいの?」という点を見逃してしまったら悲惨です。王道ファンタジーが衰退した後に残るのはゴミだけ、なんてさびしすぎる。

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