第4話壁と尻④

満身に力を込めながら、俺は信じられない思いでブロック塀を見た。

百百川さんは目をぎゅっと閉じ、うーっとうめき声を上げながら、引っ張られる両腕の痛みにじっと耐えている。

だが――そんないじらしい忍耐とは裏腹に、一体どんな密着度でハマったものか、百百川さんの身体はびくともしない。

そりゃそうだろう。百百川さんの身体はごくごく単純化してしまえば瓢箪か砂時計のような形をしているのだ。

その唯一くびれた部分がほぼ穴にジャストフィットしているのだから、生半可な力では抜けるはずがなかった。


しばらく、ああでもないこうでもないと試行錯誤し、いろいろ体勢を変えて引っ張っては見たものの、状況に変化はなかった。

十分近い格闘の果に、俺は額に汗の珠を貼り付けながら肩で息をした。


「抜けないね……」

「うん……」


俺と百百川さんは互いに沈痛な表情で頷いた。


「消防とか――呼ぶ?」


俺は遠慮がちに訊いてみた。

百百川さんは項垂れたまま、長く沈黙した。


「どうしよう、こんな恥ずかしい格好で救助とかされちゃったら――私、もう学校行けないよ……」


百百川さんの声が震え、ぐすっ、と湿った洟の音が聞こえた。


ふと――俺は百百川さんの両手首を見た。

真っ白な肌に、俺の手の跡が痛々しく残っている。

これ以上、この手を引っ張るのは流石に酷だった。

そしてそれ以上に、救助を要請するのはもっと酷だった。


俺は覚悟を決めた。


「百百川さん」

「うん?」

「ごめん、先に謝っとくわ」

「うぇ?」

「嫌かもしれない、気持ち悪いと思うかもしれないけど――我慢してくれ」


俺はそう断ってから、壁から突き出た百百川さんの腋の下に両腕を回した。

途端に、百百川さんは驚いたように大きな声を出した。


「ふっ、藤村君――!?」

「いい? 百百川さん」


俺が耳元に言うと、途方もなく柔らかく感じていた百百川さんの身体がびくっと固くなった。


「俺の背中に両手を回して」

「う、うん――こう?」

「よし、そんな感じ」


そう言いながら、俺も思い切り身体を密着させ、百百川さんの肩甲骨の辺りで両手をぐっと握り締めた。

俺は右足でブロック塀を踏ん張り、全身に力を込めた。


「よし、もう一度引っ張るぞ――せーの!!」


気合とともに、俺は腕と右足に思いっきり力を込めた。

両腕を引っ張るよりも、本体である上半身を引っ張ったほうが力は伝わりやすいはずだ。

俺に抱きついてくる百百川さんの腕の力も強くなる。

首のあたりに感じる百百川さんの体温が火傷しそうに熱く感じた――それと同時だった。


増大した力と、無理くり穴を通り抜けようとするケツ圧に、コンクリート製のブロックも遂に耐えきれなくなったようだった。

ボゴッ、という湿った音とともに、ブロック塀が欠けた。

途端に、グラグラとブロック塀が揺れ――雪崩を打って内側に崩れ出した。


「うわ、わ、危ない――!」


俺は慌てて百百川さんを倒壊するブロック塀から引き剥がした。

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