第3話壁と尻③
見ると、ブロック塀の向こうは昔はなにかの工場だったらしく、もう放棄されて随分経っているらしかった。
その工場が無人になってからブロック塀は半分放置されているものらしく、なるほど確かに一部崩れた箇所がある。
そこをまたいで塀の反対側に回ると、日当たりも風通しも悪い湿った空気が溜まっていた。
視線を右に向けると――やはり百百川さんがいた。
腰から上をほとんど壁の向こう側に突き出させて手を振っている。
穴の縁に巨大な尻が引っかかった上、色々とたわわな上半身の重みで足が宙に浮いてしまい、腰骨の辺りを中心にヤジロベエ状態になってしまったのだと、その時俺は初めて理解した。
「こっちこっち!」
はーい、と俺は応じて、百百川さんの前に立った。
百百川さんの顔は、薄暗いここで見ても、なんだか赤く見えた。
「あの……藤村君」
「何?」
「その――見ちゃったよね?」
「いや、よく見えなかったよ」
白々しいほど完全なる嘘だった。
百百川さんのスカートは完全にめくれており、ストッキングと、意外にも過激な黒の下着はお天道様の下に丸出しだった。
案の定、百百川さんの顔は俺の白々しい嘘のせいで更に真っ赤になり、服の袖で顔を隠した。
「もう最悪……誰かに見られたかも……」
「ちなみに、何時間ぐらいこうなってたの?」
「たぶん二時間ぐらい……」
「二、時間……」
「どうしよう……これ見られてたらもう学校に行けないよ……」
「あの、デカシリー……いや、デリカシーないこと言うけど、外からは百百川さんの顔は見えてないんだから、大丈夫じゃないかな」
俺の吐いた白々しい気休めに、百百川さんは力なく首を振った。
「もう、うちの生徒がこれを見てたらなんて言うか……今まで風紀委員長として積み上げてきたイメージが台無し……ボールがバラバラになる程のパワースイングで学生生活を棒に振っちゃうよ……」
「イメージ?」
俺は間抜けに鸚鵡返しした。
百百川さんは身体つきこそ派手だが、反面、誰からもクールさを知られた孤高の人だ。
てっきりそれが地だと思っていた、それが本人の涙ぐましいイメージ作りの賜物だった?
俺がそう思っていると、ハッ、と百百川さんが失言に気づいたように息を呑んだ。
「あ……違うの」
「え?」
「違うの! とにかく違うの! ね!? 私は風紀委員長なの! 決してこんなところに理由なくパンツ丸出しでハマってるようなふしだらな女じゃないの!」
「うっ、うん……」
「うっ……!? その顔は信じてない! キィー! これは違うんだって!」
バンバンと両手でブロック塀を叩き、壁の向こうに突き出たふしだらな巨尻を揺らして。
百百川さんは気の毒なぐらい必死に自分はふしだらな女ではないと言い張った。
「いい? 私は風紀委員長! いつでも! どこでも! 何度でも! 病めるときも健やかなときも! いついかなる時も品行方正でクールビューティな私なの! わかるよね藤村君!? お願いだから納得して! ちょっと丸出しのパンツ見たぐらいでふしだらな女だって勘違いしないでよねっ!」
「おっ、おう……」
随分必死な声と表情に俺が思わず気圧されると、百百川さんは再びハッとした表情になり、それからシュン、と項垂れた。
「あ、いや……あの、ごめんね、こんな事頼んでるのに怒鳴っちゃって……」
「あ、いやいいよ、気にしないで」
「ごめんね。両手を引っ張ってくれれば抜けると思うからさ……」
だからお願い、と、百百川さんは抱っこを求める子供のように両手を突き出した。
なんだかさっきから感じていたけど、可愛いなぁこの人……と、再び悟りを得た僧侶のような心で微笑み、俺はその両手を取った。
「じゃあ行くよ……せーの!」
俺は地面を踏ん張り、百百川さんの両手を思いっきり引っ張った。
途端に、ミシミシ……と嫌な音が壁の向こうから発し、壁が軋んだ。
しばらく大きなカブよろしく百百川さんの身体を引っ張った俺は。
ある事実に気がついて愕然とした。
抜けない――!?
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