第2話壁と尻②
俺はしばらく百百川瓜姫という人物を頭に思い浮かべた。
直接話すのはこれが初めてだけど、俺の頭の中には「とにかくクールな美少女」という、身も蓋もないイメージが既にインプットされていた。
この尻のの名前は、
誕生日は知らないが、早生まれでないのならば、おそらく同い歳の十七歳。
成績は学年で五指に入るほど優秀で、強豪である我が校の陸上部ではエースである、稀代のスプリンター。
性格は真面目で冷徹、走っていたり、勉強していたりする姿にはとにかく隙というものがなく、彼女を知るほぼすべての人にクールなイメージを持たれている孤高の人。
近寄りがたいイメージとは裏腹に、その優秀な成績と品行方正さで教師陣の覚えもめでたく、二年生でありながら生徒会預かりの委員である風紀委員長を勤める才色兼備の美少女だ。
だが――風紀委員長という重役にありながら。
まず根本的に、彼女そのものは全く公序良俗に則った肉体ではなかった。
その言い回しの意味は簡単だ。
つまり、百百川さんをこの世に創り出した何者は、出るところと引っ込むところのバランスをそこそこスリリングにセッティングにしてしまったらしいのである。
つまり百百川さんは、言ってしまえば砂時計のような、縄文時代の遺跡から発掘される土偶みたいな、色々と普通の範疇には収まらない身体つきの人なのだ。
俺の友達――いや全校の男子の中にも、そのスリリングな設定に魅せられてしまい、その動向を常に視線で追っている熱心な奴もひとりやふたりではない。
彼女が走れば、男子だけでなく女子まで生唾を飲み込む。
全校集会の時に彼女が登壇すると、男子は一斉に前かがみになって血眼になる。
つまり、百百川瓜姫という人は男女ともに――男子からは特に――それはそれは人気のある生徒だったのだ。
なるほど、あの百百川さんなら引っかかるところに事欠かないだろうな――。
俺がなんだか悟りを得た僧のような気分で微笑むと、百百川さんの尻が言った。
「あの――」
「うん?」
「藤村君、悪いんだけど――助けてくれるかな?」
俺は先回りをした。
「押せばいいの? 引っ張ればいいの?」
「引っ張って欲しい!」
尻は即答した。
「あの、左側にブロック塀崩れたところあるでしょ? トラックはまだいる?」
「トラック?」
俺は素早く左側の路地に視線を走らせた。
閑静な住宅街の夕暮れ時には、トラックどころか自転車すらない。
「いや――いないけど」
「よかった……! そこからこっちに回れるから回ってくれる?」
なんだか――「あの」百百川さんの尻にしては、やけに饒舌な尻だと思った。
百百川さんといえば、普段はそのシャナリとした身のこなしと「そう」「へぇ」「わかったわ」の三語だけで大抵の会話を済ませてしまうような、極めてクールな人だ。
しかし――この尻はどうだろう。三語どころかやけに饒舌で、憎たらしいくらいよく動く。
その上、口調はやけに弱気で、子犬のように人懐っこい感じがする。
本当にこの尻は百百川さんなのだろうか――その疑問はともかく、そう指示された俺は、わかった、と頷いた。
「あ、その前にちょっと待って!」
と、突然、百百川さんが声を上げた。
「あの……それより先に、何かでお尻を隠してくれると嬉しいかも……」
もじもじ、と音が聞こえそうなほど、尻と足がもじもじした。
ああ、と俺は頷き、ブレザーを脱いで丸出しの尻にかけた。
ようやく衆目から守られた百百川さんの巨大な尻が、安心したように緊張を失った。
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