【第十四幕】アルデンテ王国の危機

女難に悩まされるチョリソール

 それは先々先の日、チョリソールはポプコン山の麓まで出ていた。日曜日の午後に自らが課している馬の稽古のためだ。

 その方面は、透明度がアインデイアン大陸でも一番高いアケビ湖があり、澄んだ美味しい水を好むユニコンの群れが、周辺を闊歩することも多い。ユニコンと親しい小麦ゴブリンの要、ユニコンと疎い小豆あずきゴブリンの害、つまりユニコンを板挟みにして、天然の要害になっているといっても過言ではない。

 チョリソールには人間の友人はいないが、小麦ゴブリンやユニコンの間では顔が広く、ユニコンの隊長ハッタイコに良く馬の稽古をつけて貰っている。


「ハッタイコ殿、あすこに人間のご婦人が、倒れてやしないかい?」

「ああ、そうらしい」


 アケビ湖の東岸に女性らしき者の横たわっている姿を、視力自慢のチョリソールが発見したのだ。黒いローブを纏った彼女は魔女のように見えないでもない。


「ここは一つ、私が生存確認をしてこよう」

「そうかい、馬の稽古も、そろそろ仕舞いにしようかと思っていた矢先でもあるだろうし、私の方は、これにて失礼する」


 馬の稽古の一段落にかこつける具合になった。実際のところ、ハッタイコはシャイ・ボーイなので、はにかんで人間の女性に近寄りたくないのである。


「そうかい、今日もありがとう。いい日だった」

「ああ、全くだ」


 ハッタイコは、手短に別れの言葉を述べて、森の方へ駆けた。

 師匠の背を見送るのもそこそこに、馬上のチョリソールは、急ぎ、倒れている女性の側へ向かった。

 うつ伏しているため顔は見えない。バスケットが転がっていて、付近に色鮮やかなキノコが散乱している。


「もしもしご婦人、お気は確かですかな?」


 馬の背から見下ろして呼びかけるが、応答しない。

 チョリソールは、これは気絶しているに違いないと思った。


「他人とはいえ、ご婦人一人をこのまま放っておくのもなあ……」


 そう呟き、取りあえず馬から降りることにした。

 だが、彼の足が地に着いた時だった。


「がばあぁぁーっ!!!」


 女性が奇声を発して、両の腕をチョリソールの右ふくらはぎにガッチリからませてきた。


「ぶおっちゃらー*★!」


 みっともなくも、チョリソールは悲鳴を上げてしまった。

 女性にはそれ以上の攻撃をする様子もなく、数秒間固まった後、普段の騎士精神を戻そうしたチョリソールだが、それでも口の方は落ち着けなかった。


「ここ、こらっ、驚かすなよ!!」

「ひっく……」


 チョリソールの目には、少なくとも十歳は上に見える、その女性が今は涙目になってしまった。それほどまでに、チョリソールの一喝は激しさを含んでいたのである。

 泣き出した女性を見るに堪え兼ね、チョリソールは慌てて頭を下げる。


「あっ、いやあ怒鳴ってしまって、申し訳ないです」

「ぐすん……ひどいわ」

「だが、気絶した振りをして驚かすなんて、あなたも趣味が悪いと思いますよ」

「あら、あたし気絶してないわ」

「へ、それでは?」

「お昼寝よ。それで目覚めたら、殿方が近くに立っていたので、あたし、なにか悪戯されちゃうのかってすごく心配になり、だから、それでそのう……」


 女性は口ごもった。


「それで?」

「先手必勝なの」

「は・?」

「でもね、あなた、極悪非道のならず者では、なさそうと思って」

「はあ、まあ私は少なくとも、ご婦人に悪戯しませんし……」


 チョリソールは女性の横顔を見た。目尻が少し釣り上がっていて性格が激しいのかもしれないと思ったのだが、怪訝な表情を見せるのは失礼と考え、極力笑顔で応対することにした。


「ねえあなた、恋人はいるの?」

「えっつ*! いや、はあ、そそ……」


 今度はチョリソールが口ごもった。


「いないの?」

「え……ええはい、私は、そもそも騎士なのですから!」

「騎士だから?」

「そうそう、女にうつつを抜かしてはおれないので」

「まあ駄目よ、そんなこといっちゃあ」

「はあ、まあその……」

「あなた、おいくつ?」

「二十歳です」

「あらあ、あたしと同じ♪」

(おいおいおい、そうだったのか!)


 このような出会いを運命だと感じたピザエスがポプコン山のアジトへ帰り、不思議ツール「望先水晶」に映ったチョリソールとピクルスのツー・ショットを睨み、「ううぅくぅぬぅうぅぅわ~~、こぅのぉピクルス大佐めぇ! あたしがどうしたって亡き者にしてやるんだわ。くうぉ~、覚悟しておいでぇ~」としきりに呻いていたのである。

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