真剣勝負&いざネオ・アルデンテ城中

 二十年前、パプリカ連邦共和国に攻め入られてアルデンテ城は陥落した。その後、東隣のトンジル国と、パプリカ連邦共和国の北に位置するガラナ帝国との三国連合で、アルデンテ王国は、辛うじて敗戦の憂き目に遭わずに済んだ。

 新しい王城はこれまでにない強固な守りが必要ですじゃ――老獪だが国を想う心は国一番の忠誠者にして、名宰相の誉れ高かったビスマーブル‐ズッキーニが死に際に、そう上申した。彼の遺志を尊重することを誓ったアルデンテの国王は、築城の地として、聖水翼賛強結界の極めて効能が高い泉を見つけ、この地を選んだ。その泉が「聖なる泉」である。

 ここへ戻って、水前に立つピクルス。真の刀を構える呼吸にも、流線一際の研ぎ澄まされた表情で、第二十八番奥義「ウィーズル・ウィズ・シクル」の会得へ向かう稽古に、一心一刀打ち込むのであった。

 この午後より、彼女一人の内に止まる時間も、外では二時間を費やしてもまだ、ビシュ・ビシュと風が良く斬られるものの、一つとしてシクルが生じていない。

 だが、三つの鐘の響いた直後、ふわり泡のように膨らんだ真空が、ゆるりと流れて見えた。


「あっ!」


 しかし、真空は不安定であった。


「もう一度!」


 次は発生しなかった。並みの入門者ならば、ここで焦りを発するのが関の山。

 ところが、武器の扱いに関しては並みでないピクルス、そこは違う。


「ひとまずは、おやつですわ♪」


 身体に覚えかけている感性を、精神を安定させて、手に帯びつつある型の完成へと向かわせるためには、その卵を穏やかに温めなければならない。そのためのおやつである。

 もはや左腕と同化しているオチタスピを背中の鞘に納めた。ソード・ホルダーと合わせ見れば、あたかも神聖なχクロスのようであり、同時にχωραコーラー、すなわち国をも背負って立つ姿なのである。

 そのような重圧を露とも感じないピクルスは、呼吸と歩調を落ち着かせ、ひたすら真っすぐ、フカヒレマートへ向かった。


 午後三時二十五分頃、完熟西瓜パンを食べ終えたピクルスが、また聖なる泉に舞い戻った時、少し離れたプリンセスアップルの木陰に、十歳を少し過ぎたくらいの愛らしい少女が立っていた。

 大切そうにバスケットを抱えて、少女はピクルスに近づいた。様相からしてセールス・ガールだとみなされる。


「王宮女官さん、武器いかが? 扱い方教えますわよ!」

「あなたも、武器売りの少女ですの?」

「はい、是非ともお買いになって下さい」

「お勧めは、なにかしら?」


 少女は、バスケットの中から赤色のキノコを取り出した。


「これです。食べると、おならが百倍も臭くなります」

「まあ、そのような!?」


 キノコが武器だったので、ピクルスはしこたま驚いた。武器ということで、銃やら刀やらを連想していたのだ。


「他にもあります。このタケノコを食べると、頬にニキビがたくさんでます」

「そ・・・・?」


 確かに形はタケノコだが、色が水色なので、ピクルスといえども、もはや絶句するしかなかった。


「まだあります。このワラビを食べると、四日四晩は下痢が止まらなくなります」

「そ……そのような武器は、外道ですわ!」

「では、こういうのはどうですか?」


 少女は、バスケットの中から緑色のレモンを取り出した。

 ピクルスが問う。


「それも武器ですの?」

「さあどうかしら。あなたの背中にクロスナスハにて、八つ裂きできます?」

χクロスなす刃?」


 少女のいう「クロスナスハ」は、ピクルスの愛刀オチタスピのことだ。


「そうそう、その刀よ。あなた、それをうまく扱えるの?」

「シュアー!」

「やって、ご覧なさい」

「ラジャー!!」


 いい終った時既にオチタスピは元の鞘に納まっており、少女の手の平には、八つに斬られたレモンが整列していた。


「お見事ね。さあどうぞ」


 もう片方の手で一切れを摘み、ピクルスに差し出す振りをして、ギュギュリと搾った。


「痛い!? なにをなさいます、レモンはお料理に絞りかけるものでしてよ。人の顔面に向けて絞るなんて、乱暴過ぎますわ!」

「ふん、アタシの武器の威力を見せてやったのさ。ひゃははは!」

「食べ物を粗末にしてはなりませんわ! それにそのような攻撃、卑怯でしてよ」

「武器の使い方に、卑怯も外道もありゃしないんだよ。この生娘がっ!」


 少女は、自分で自分の化けの皮を剥がした。

 今のピクルスは両の目をやられてしまっていて見えないが、もはや相手は十代前半の少女ではなく、どうみても中年増ちゅうどしまだ。


「さあさあ次だよピクルス大佐、赤キノコを食べな」

「いやっ、やめて!」


 痛みで目の利かないピクルスの口の中に、女が無理強いで赤キノコを押し込もうとしている。

 ピクルス、窮地か!?


【ツー・ビーンズ・コンニャク】


 マスクド・フィーメイルという陰名かげなのついた能面女レバニイラが、体液が潤滑油といわんばかりの、まるで古びた機械人形のように、ブラインド・タッチで恋人役のキーボートを十指乱れることなく、ネチリネッチリ愛撫する。


 》.$ピクルス@四級女官は王宮を守れるか

 》.$RESET=【cheat】

 》.$ROUTE=武器売りの少女σ.


 特にゲーム運営部第四課にとって、欺き(cheat)を監視することは、プレイヤーの死命にかかわるの重要な使命だ。部下の担当する章であろうとも、その者が見破れなかったり、あるいは故意に見過ごしたりする場合でも、課長に連帯責任が問われて、慈悲も容赦もなく処刑される。会社に飼われている畜生の、それが定めなのである。

 ここへ、昼休憩の鐘が鳴り響いてきた。しかし、ニコリともしない。

 周囲の部下たちは笑い合い、こぞって社員食堂へと向かう。彼ら彼女らを目尻に敷くレバニイラは、それが義務あるいは誇りであるかの如く固形完全食にかぶりつくばかりなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る