千年に一度あるかのメルヘンチックな猛火
ホバリングしているブルーダヴからテーブルへ、小さな少年が飛び降りた。
「用がなきゃ、きちゃいけねえんか?」
「そうは、申しておりませんのよ。ほほほ」
反抗的な態度をする緑妖精に対してショコレットは冷静なのだが、厳密にいうのなら、この場所に男性がきてはいけない。
「ちぇっ、まあ用があって空路をきたんだがよ」
「こちらのピクルス大佐に?」
「もちろんだ」
「では、私たちはこれで」
「そうね。ご免遊ばせ」
ちょうどトレーの上を全て平らげた二人は、「ここが去り際」と暗黙の了解のうえで同時に立ち上がる。臭い者に蓋をしがちな主義なのだ。
ピクルスは、手に持っている鯛焼きを皿に置いた。
「ご機嫌よう、お姉様がた」
「ごゆっくり、王宮一の貧相女さん。それと、小さな恋人さん」
「ご機嫌よう。ほほほ」
座ったままお辞儀で見送るピクルス。ややあって少年に向き直り、本題に入ろうとする。
「ペンネ伯爵のお遣いかしら?」
「まずは名乗らせてくれよ」
「どうぞ」
「ボクがスタフィッシュだ!」
「まあ!?」
緑妖精も今日は午後から同人誌即売会に行く予定とのことで、かいつまんで話した。先日の夜中、ペンネ伯爵が手紙を添えて、ピクルスの部屋に送り込んだという。だが、面倒事に発展するのが嫌なスタフィッシュは、自分を相手にしない旨の手紙を持参したという訳だ。
「ですが、一つまだ不明なことがありましてよ」
「なんだ、手短に頼むぜ。時間が惜しいんだ」
「あの夜、とても臭かったのですけれど……」
「悪かったなあ、あれはボクの屁だ」
「いつもあのように、えげつなくて?」
「いいや違えよ、そうじゃあねえんだ、信じてくれ。あれは前の日、ごり押しでピザエスに食わされた毒キノコのせいだ。実際のところ、決して自慢でもないけど、ボクの屁は微かにホウレン草の香りがある。なんなら一発見舞おうぜ?」
「お待ちになって。わたくし、お食事をしていましてよ」
「お、こりゃあ重ね重ね、悪かったぜ」
「お気に、なさらないで。わたくしの方から問うたこと、ですもの」
これで謎が全て解明した。かつてキノコ侯爵家の三姉妹を操っていたピザエスを倒さない限り、アルデンテ王国のみならず、アインデイアン大陸も、そしてウムラジアン大陸にまで、大きな災いが及ぶかもしれない。
(ウィーズル・ウィズ・シクル、実戦で使う日も、早そうですわ……)
ピクルスは、ここで腹をくくることに決めたのだ。
一方、スタフィッシュが器用に「ピュルリー」と口笛を吹いた。
ほんの数秒でブルーダヴがやってきた。近くで待機させていたとのこと。早いのもうなずける。
「ではピクルス大佐、またね」
「ご機嫌よう、スタフィッシュさん」
青小鳩の背にスタフィッシュが飛び乗るや、直ちに飛んで窓から抜け出た。その閃光のような姿が、世界一の速さを競う戦闘機の設計に結びつくのである。
そして今この時を待っていたチャイルカがきた。しかし、ピクルスが温牛乳茶を丁重に断ったことは、いうまでもなかろう。寸暇を惜しんでウィーズル・ウィズ・シクルの稽古を続けなければならないのだ。
考えながら歩き、武器弾薬庫に着いた。そこでピクルスを待ち受けていたのは、「灰色の一匹狼」という異名を持つ、若い騎士チョリソール大尉だった。
「午後も励んでますのね、ずっと武器総点検ですの?」
「左様であります!」
「わたくしは今日この時、名刀オチタスピを、この手に握る定めを迎えましたのよ。いすくに、ありまして?」
「はっ、少々お待ちを! ただ今ご用意仕ります故」
チョリソールは、遂にこの日がやってきたと大歓迎の顔をして、庫内奥へと突っ走った。十秒と少しで戻ってきた彼は、すぐさま腰を落とし、刀を大切そうに両手で掲げて進呈する。
「ピクルスお姫様、どうぞご武運を!」
「ノンノンノン、チョリソール大尉、お姫様ではなく大佐とお呼びになって」
「し、失礼しました、ピクルス大佐!!」
チョリソールは、今朝ピクルスの姿を初めて目の当たりにした時、千年に一度あるかのメルヘンチックな猛火が心の密林に燃え拡がった。それが故に、ピクルスを「お姫様」に仕立て上げてしまうのだ。
だが、ピクルスにしてみれば、そうとは認識できず、ただ上官に対する桁外れな緊張のせいで言葉を選び損ねてしまった哀れな一介の尉官として、彼を把握している。この恋の成就は、千年がかりの道ほどに厳しい。
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