【第四幕】フランセ国第一王子の運命
世界一速く飛ぶという称号
マルフィーユ公爵家の自室で謹慎中のショコレットは、長く続けている読書を中断して、ぼんやりとテレビを眺めていた。
さして興味の湧くこともないニュースばかりが続いていたが、突如驚くべき映像が流された。笑顔の並ぶツーショットが、ほとんど停止状態になっていた思考に強い一撃を加えた。
その一人が、もはやショコレットの目には憎らしさの塊としてしか映らないピクルスだったのだから。
「どどど、どうして、またピクルスなのですかっ!!」
ピクルスの横に並ぶもう一人は、先日名前を知ったばかりで、愛おしくもあり爽やかな笑顔のポークビルスキー‐ブタノピロシキという青年だった。公爵家の令息であると同時に、ショコレットの次のお見合い相手でもある。
報じられているのは、フランセ国空軍大将スッパイーゼ‐ウメイメシが訪問中のソシュアル国で暗殺されそうになったのを、二人が機転を利かせて未然に防いだというニュースだった。外国で手柄を立てたピクルスの笑顔は本来なら賞賛されるべき対象だが、ショコレットにとっては敵愾心が湧き出す源にしかならない。
五日間の自宅謹慎期間が過ぎればすぐお見合いをする予定になっているが、それまでなにもせずには待てず、ショコレットは手紙だけでも送ろうと考えた。先日はピクルスの名を騙って失敗したので、今度は自分の名前で書くつもりだ。
Ω Ω Ω
ソシュアル国空軍本部を飛び立った二機は南に進路を向けた。
一度ウムラジアン大砂漠に出て、しばらく直進してから西へ方向転換する。そうすることで他国の領空を通らずフランセ国に入れるのだ。
見渡す限りの砂・砂・砂――ここで各国が軍事演習を行うこともあるが、今日は静かだ。日輪の強い光を直接浴びて白く輝く砂の大地には、もちろん人影は一つもない。
先行して飛ぶのはコンコードで、音速の二倍近くを維持している。
出発前にピクルスと交わした言葉を忘れた訳ではないが、スッパイーゼには速さを競い合うつもりはなさそうだ。
ピクルスも、コンコードの後ろ五千メートルの位置にブルーカルパッチョをピタリと張りつけて、追い抜こうとはしない。
ウムラジアン大砂漠も終わりに近づき、緑が見え始める。そろそろフランセ国の東端に細長く広がる山岳地帯だ。
ここへきてコンコードが徐々に速度を落としているため、ブルーカルパッチョもそれに合わせる。
スッパイーゼが遠距離トランシーバーを手に取った。
「シーキュー・シーキュー、聞こえるか?」
『クィ?』
応答したのは、フランセ国軍東部駐屯基地の陸軍曹長だ。
「こちらはスッパイーゼ‐ウメイメシ。今はどうやら、総大将らしい」
『し、失礼されました。ご、ご無事で、悪しからずにございます……』
「皮肉のつもりか?」
『いえ、めっそうもなにも……』
「まあ良い。これから私が話すことを録音して、直ちにナマライス‐ティポット陸軍少将殿下様に聞かせるのだ。分かったか?」
『了解なさりまして、ございマッスル!!』
「お前はマッスルを鍛える前に、グラマーを鍛える必要があるなあ?」
『くっ……ウィ!』
テープに録音されてナマライスに伝えられる話の内容は、ピクルスには知らされていない。
スッパイーゼは続けて、ブルーカルパッチョに搭載されているトランシーバーにダイアルを合わせた。
「こちらスッパイーゼ」
『ウィ♪』
「少し時間稼ぎが必要になった。これからエングラン島の西まで飛ぶか?」
『勝負ですわね?』
「そうだな。だが、お手柔らかに頼みたい」
『おほほほ、ご冗談を』
こうして、世界一速く飛ぶという称号を賭けた飛行対決が始まった。
結果は互角に見えた。コンコードとブルーカルパッチョが、ほとんど横並びのまま、エングラン皇国領空のすぐ外側を、北へ突っ切ったのである。
「どうやら、引き分けのようですわね?」
『いやあ、私の負けだよ。はっはっは!』
「お二方ともにお見事でした! 自分は今激しく歓喜しています!!」
ザラメにとっては二度目となるマッハスリーでの飛行は、前回とは違い恐怖がなかった。感動のために震えているのだ。
スッパイーゼがいう通り、実際に真の勝者はピクルスだった。
エングラン皇国軍の高性能レーダーによって記録された情報によると、ブルーカルパッチョの機体の方が常に数センチ先を飛んでいたのである。
驚異的な時間潰しを終えた二機は、海上を逆戻りして海岸線を越え、ゆっくりとフランセ国内に入った。
「こちらスッパイーゼ」
『ウィ♪』
「準備は整っているらしい。私を支持する者たちが大勢集まりつつある。着陸後、キュウカンバ‐ピクルス大佐にはパスティーノ牢獄へ向かって貰おう」
『シュアー!! いよいよですわね、おほほほ♪』
パスティーノ牢獄へ向かって貰おう、という言葉の本当の意味を、今のピクルスは正しく理解していない。
二機が降りるのは、ナマライスの待つフランセ国軍中央指令基地だ。
基地の西側にある飛行場第六滑走路上で、軍服姿のマーシャラーがコンコードを誘導して定位置に停止させた。
続いて、ブルーカルパッチョが同じ滑走路に着陸してきた。
だが、なんと前方には大きなヒグマが立ちはだかっているではないか。
「ウルスですわ! 大きいわねえぇ!」
「わおっつ、まじでかい! 自分の三倍近い体長ですよ」
さすがにピクルスとザラメも驚きを隠せなかった。
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