赤くなるまで縷々我が涙
オチャズケイルは普段から朝に弱いことで知られているが、今朝は九時少し前にチョコパフェスキーに叩き起こされ、それから今の今までずっとフランセ国内で起こった重要事件についての情報を逐一チェックしていた。
そんな陰の努力を、チョコパフェスキー以外に誰一人として知らない。今回も寝坊して会議に遅れるという失態を演じて、それを持ち前の「おちゃらけ口調」で誤魔化そうとしているのだと誰もが思っている。
しかし次の瞬間、彼の目が真剣さながらの鋭い光を放った。
「さて、冗談はここまでです。実は、つい先ほどニュース速報がありました。こちらの時刻で午前六時五十分、フランセ国軍のランチャトス‐ハムボイラー総大将が死去とのこと。それと同時に、今この部屋におられるスッパイーゼ空軍大将が、総大将任期の残り約二年を引き継がれることに、なりましてございます」
この報告に、スッパイーゼのみならず全員が息を飲んで黙り込む。
沈黙の中、チョコパフェスキーがおもむろに口を開く。
「ふむ。オチャズケイル少佐、ご苦労じゃった。さて、まずは亡くなったランチャトス‐ハムボイラー氏の冥福を祈って、一分間の黙祷!!」
チョコパフェスキーによるかけ声に従い、全員が南西方向を向き、ランチャトスの魂に対して心からの祈りを捧げるのだった。
「次に、スッパイーゼ‐ウメイメシ空軍大将の、フランセ国軍総大将への臨時就任を祝して、さあ手を打て!!」
――パチッ・パチパチ・パチパチ
――パチパチ・パチ・パチ・・・・・パチパチ
――パチッ・・パチッ・・・・・パチ・・パチパチ
――パチパチパチ・パチパチ・・・・・・パチパチ
会議室内の空気を割るような拍手喝采が続く間中、スッパイーゼは起立状態のまま南西に向けて深々と頭を下げていた。
Ω Ω Ω
フランセ国陸軍の少将ナマライス‐ティポットが率いる勢力は、フランセ国政府から実権を奪い取り、空・陸・海を完全封鎖した。それ以降は、ナマライスによるクーデター成功をフランセ国中に知らしめるために、国内に対しては制限つきでの報道を続けさせているものの、対外的には全ての通信網を遮断している。
だが、新聞「日刊フランセ」の記者サアモンド‐カナッペが、ヴェッポン国との国境近くで、記事を書いた紙片を伝書鳩の足に結びつけて飛ばしていたのだ。
このような現状において、フランセ国内で起きた重要事件はヴェッポン国を中継して大陸各国へ筒抜けの状態になり、逆に他国からの情報が国内に入り難くなっているのである。
間もなく、大陸南部標準時刻で午後一時だ。
「コンコードはまだ戻ってこぬのか!」
ナマライスが焦りを露にして怒鳴った。
「今のところは、レーダーになんの反応もありません」
「うむむ。よもや失敗したなどということはあるまい。出立に少々手間取っているだけなのだろうて……」
最後に会った時には生きてピンピンしていた、あのスッパイーゼが無言の帰国をする。そして、ソシュアル国地上軍大将ツナカンチョフ‐ノンオイルノを、フランセ国への亡命者として迎える。
そう信じて疑うことのないナマライスは、先日ソシュアル国に向けて飛び立った戦闘機コンコードが戻るのを、今か今かと待ち侘びているのだ。
ツナカンチョフの作戦が残念ながら失敗に終わったという事実を、ナマライスが知るのには、もう少しだけ時が必要なのである。
Ω Ω Ω
ソシュアル国空軍本部の建物から第三飛行場に向けて、二台のジープが砂埃を立てながら並走している。
左側で少しだけ先を走る方の後部座席では、ピクルスとスッパイーゼが会話をしている。
「パスティーノ牢獄には、他に誰が?」
「シャンペンハウアー王子以外、今は誰も囚獄されていないはず」
「そう。では、もう必要のない牢獄ですわね♪」
「そうなる、だろうな……」
第三飛行場に着いて、ピクルスはジープから颯爽と飛び降りる。
それとは対照的に、スッパイーゼはゆっくりと着実に地面へ足を着ける。
「どちらが世界一速く飛べるか、勝負ですわね♪」
「フランセ国空軍の誇るコンコードに、果たしてついてこれるかな?」
「シュアー! きっと追い抜いて見せますわ。おほほほほ」
これだけの言葉を交わした後、二人はブルーカルパッチョとコンコードに分かれて、それぞれの操縦席に乗り込む。
チョリソールはコンコードの副操縦席に乗せて貰えることになった。一応は戦闘機乗りの彼は、やはり他国の戦闘機に興味があるのでとても喜んでいる。
「ピクルス大佐、これを」
ブルーカルパッチョの扉が閉じられる直前、ポークビルスキーが薄赤色の細長い紙をピクルスに差し出した。
「なんですの?」
「せっかくお会いできたというのに、すぐお別れしなければならないのが残念でなりません。今日このソシュアルの地を訪れになり、今日のうちに折り返して行かれる大佐を思って、不肖ながら自分が、こうして
「シュアー!」
紙には、「ソラタカク シラクモノサキ ユクタイサ アカクナルマデ ルルワガナミダ」とだけ、なかなか達筆な字で書かれていた。
ピクルスはなんとも思わないが、後部座席から盗み読みしたザラメは心が揺さぶられてしまって、つい泣きそうになるのだった。
ブルーカルパッチョとコンコードは同時に離陸した。
見送るポークビルスキーは、いつもの爽やかな笑顔をすっかり失ってしまい、ピクルスを思って詠んだ短歌の通り、細い涙を流し続けている。
隣に立つもう一人の男は、スッパイーゼの世話係役を担ってついてきていた空軍中尉タンドリ‐チキオダワだ。
タンドリは、この地にしばらく残ることになったのだが、なぜか自分でも分からないザワザワを胸に覚えている。それを今朝の「ライス特大盛りチキン南蛮定食」による胸焼けに過ぎないと無理矢理に決めつけることにした。
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