ツナカンチョフ‐ノンオイルノの黒い野望

 にわかに大会議室中の空気が冷える。

 ポークビルスキーからピクルスの手に渡ったΣ&Ω‐Μ19の硬い銃口が、今はなんと、チョコパフェスキーの左肩へと押しつけられているではないか。

 そんな切迫した状態を作り出しながらも、ピクルスは微笑みを絶やさない。


「チョコパフェスキー大将、お気分は、いかが?」


 だが、すぐさま別のΣ&Ω‐Μ19が三つ、ピクルスの頭に向けられる。

 壁側に散らばっている、ポークビルスキーを除く九人の尉官のうち三人の手それぞれに握られているマグナムの銃口だ。


「あひぃ~、うんうん、そこじゃ!」


 緊張の糸が織りなしていた幕は、この間の抜けた声によって裁たれた。


「そこが凝っておる。あひゃひゃあ、こりゃあ気持ちええのおぉ~。ずんどこずんどこ、ツボにきちょるわい!」


 先ほどポークビルスキーが銃口を押しつけていた右首筋の方は、あまり凝っていなかったのだ。この絶妙なテラピー効果により、チョコパフェスキーは、ピクルスが老人思いで心根の優しい娘だと深く実感することになった。

 と、この時だ。


「あっ、あそこにUFOが飛んでるニャー!」


 今まで大人しく「お座り」の姿勢をしていたザラメが、矢庭に窓の外を見上げて叫んだのである。しかもその言葉はソシュアル語。

 これには、比較的若い尉官たちが、次々に反応を示す。


「な、なんだとぉ、UFOきたんかよ!」

「どこだどこだぁー、UFOどこだぁ?」

「まさか、宇宙人が攻めてきたのかよ」

「うんなもん、この俺が撃ち落としたるぜぇ!!」


 今の今までワンともバウとも一切吠えも呻きもしなかったセントバーナード犬が突然ソシュアル語を話した事実、あるいは犬でありながら語尾にニャーをつけて話した事実――それらよりも、若い尉官たちが興味を示したのは、窓の外にUFOが飛んでいるという虚実の方だったのである。

 そして続けて、また一瞬の早業だ。


 ――ババァン・バァ・バンバンバンλ!!


 ピクルスの手による発砲が、尉官たちの握り持つΣ&Ω‐Μ19を次々に弾き飛ばしたのだ。その数全部で六挺。

 マグナムを吹っ飛ばされた者たちは驚愕のあまり硬直してしまい、そこを残り四人の尉官とチョリソールとザラメによって、直ちに取り押さえられる。


「彼らが、スッパイーゼ大将のお命を狙っていた、不届きな輩どもですわ」


 先ほどピクルスがチョコパフェスキーの左肩に銃口を押しつけた時にマグナムを構えなかった六人だ。その際、彼らはスッパイーゼをチラ見して、互いにアイ・コンタクトを送り合っていたのを、ピクルスは見逃さなかったのである。


「ふむ。良くやってくれたな、ヴェッポン国自衛軍ピクルス大佐」

「どう致しまして♪ おっほほほほほぉー!」


 ピクルスの慧眼によって暗殺実行犯だと見破られた六人は、早くも、後ろ手にして縄で縛り上げられた。

 それを議長席に座ったまま見届けたチョコパフェスキーは、満足そうに大きく頷き、再びピクルスに話しかける。


「謝礼が必要になるのう。なにを望む?」

「それなら、キュウカンバ伯爵家の武器いかが?」


 そう話しながら、今度はチョコパフェスキーの左胸に銃口を押し当てた。

 それを見て、縛られている六人を含めた全員が笑う。なぜなら、Σ&Ω‐Μ19の装弾数は六発だからだ。


「ふむ。是非買うとしよう。なにが良いかのう?」

「お勧めは四百連射銃ですわ。先日はデモングラ国軍に、最初五千挺、追加でさらに五千挺、合計一万挺をお買い上げ頂きましてよ♪♪」

「そうかそうか。ならば我が空軍には、二万挺用意するが良い」

「こちらも契約成立ですわね、おっほっほほほほ~♪」


 この後、空軍定例本部会議は数分遅れで始まり、来月に予定しているフランセ国との空軍合同演習については、来週の会議時点におけるフランセ国内状勢を見たうえで、実施か中止かを判断することに決まった。

 同じ頃、空軍本部から連絡を受けたソシュアル国地上軍第一基地では、地上軍大将のツナカンチョフ‐ノンオイルノという男が逮捕された。スッパイーゼ暗殺を企てた黒幕だったのだ。

 ツナカンチョフは、スッパイーゼの首を手土産に持ってフランセ国へ亡命しようと考えていたのだが、ピクルスの働きにより、彼の黒い野望は完全に阻止されたのである。

 彼は、後日軍事裁判にかけられることとなる。スッパイーゼ暗殺は未遂に終わったのだが、間違いなく終身刑がいい渡されることだろう。死刑を採用していないソシュアル国では、それが最も重い刑である。


 会議終了の直後、一人の男が大会議室に現れた。


「めんごメンマ! 僕ちゃん、こってり寝坊しちゃった。でへへへ」


 大会議室中の空気が一気に白けた。

 気の抜け切った炭酸飲料のような言動をしたのは、空軍少佐オチャズケイル‐タラコナンデス。この男には、部屋中の至るところから生温い視線が浴びせられた。

 チョコパフェスキーが、議長席から苦笑いしながら言葉を発する。


「おいおいオチャズケイル少佐。会議が始まるのは、六日と二十三時間先じゃ」


 これには、大会議室中がどっと沸く。


「あはははは、タラコナンデス、くるのが早過ぎだっ!」

「そうだそうだ! わっはっはははー!」

「七回寝直してからこいよ。がはははは」


 一時間ほど前に発生した事件による緊迫した重々しい雰囲気は一転して、和やかで軽く、そして若干乾いた温い空気に変わったのだ。

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