ピクルスへのダブルプロポーズ
お家の行く末を心配する当主は多い。サラッド公爵家のラデイシュも、そのうちの一人である。サラッド公爵家はヴェッポン国自衛軍において代々、中将という階級で軍役を担ってきた名門だ。
ラデイシュは自衛軍の中将を次の代へ託すことに加え、自分で興し国内最大規模にまで成長させてきた家電製品製造会社・サラッド電器の社長という地位をも引き継いで行かなければならない。
軍人向きではない息子マロウリは、社長を継がせるだけにしておくのが良いし、また、大佐という佐官の役割を立派に務めているキュウカンバ伯爵家のピクルスとは違って、ごく普通の令嬢であるメロウリが軍人になるはずもない。
そうなると、中将の階級の方はメロウリの婿に引き継がせるか、あるいはマロウリかメロウリの長男が生まれてくるのを待つか、そのどちらかになるだろう。
そういったことを、常々ラデイシュは考えているのである。
今もヴェッポン国王宮の一番大居室で、ラデイシュはフラッペとの会話を続けている。互いに娘のお見合い相手が当日の今日になってキャンセルしたため、父親同士で、次の相手について模索しているのだ。
「デモングラ国の第二王子が駄目となると、次の候補はチャイ帝国の名門ソルティ家の息子だなあ」
「チャイ帝国のソルティ家ですか?」
「そうだよ」
チャイ帝国は大陸で三番目に大きな国土を持つ国で、ソシュアル国の東にある。
過去二百年間に限れば、ヴェッポン国と同じように、チャイ帝国は他国を侵略しない方針を貫いてきたこともあり、ヴェッポン国とは友好的な関係が続いている。
「かつて、ソシュアル国の軍勢二十万に攻め込まれそうになった時、三万の兵を率いて見事迎え撃った、あのソルティ‐チャハン将軍の家系ですな」
「そうだとも。今の当主ソルティ‐パオズーンには二人の息子がいるのだが、どちらかを、メロウリとお見合いさせてみたいと思うのだよ」
パオズーンは、チャイ帝国軍で将軍の位に就いている。
「サラッド中将、もし可能なら、その兄弟のうちの一方をショコレットの相手にできないものでしょうか?」
「そうだな、今から問い合わせてみるか。うまく行けば、ダブルお見合いが成立するかもしれないぞ」
「そうですな。では早速」
意気投合した二人は、急いで総司令本部へ戻ることにした。
Ω Ω Ω
ここはヴェッポン国王宮で最も厳粛かつ雅やかな部屋・松の間だ。
ピクルスも今ここに入ってきた。デモングラ国の第一王子ジャコメシヤがピクルスに会いたがっていることを、召使いのオイルーパーから聞いたのである。
ここでは客人のうち一番身分の高い者が上座に着くことになっており、その席にいるのがジャコメシヤだ。今年二十歳で体格も良く、デモングラ国内で人気急上昇中の人物である。
「あなたがキュウカンバ伯爵家のピクルス大佐ですね?」
「シュアー!!」
上座の真正面の席にいるピクルス。相手が隣国の第一王子であろうと国王であろうと、全く臆することなく相対しているのである。
「あなたの機転により、愚弟たちは救われた。なにかお礼をせねば、と思う」
「それでしたら、もっと武器を沢山買って下さるかしら?」
「ははは、また武器か。よほど武器を売りたいのだな」
「シュアー!!」
ピクルスの武器商魂は父親譲りであるのだが、武器を売る意気込みだけは、既に父親を超えている。
ここで、上座の右横に構えているヴェッポン国王が口を開く。
「ピクルスよ。デモングラ国王も、いたく感心されているそうだ。ヴェッポン国自衛軍のピクルス大佐には大きな借りができたといってな。はっははは」
「シュアー♪」
自国の王に対しても、ピクルスは飾り気のない率直な応対をするのだ。
「ところで、ピクルス」
「なんでしょうか?」
「デモングラ国の第二王子が、是非ピクルスを妃にと願っておるのだが」
ヴェッポン国王は、上座の左横にいるオムレッタルをチラ見しながら話した。
「ピクルス大佐、先ほどは誠に助かりました。俺、あいや私の妃になっては、くれませんか?」
「シュアー♪♪」
ピクルスは即答した。これにはプロポーズした方のオムレッタルが驚いた。
「えっ、本当に? そのように考える時間もなく決めてよろしいのか?」
と、この時だ。
「オムレッタル兄さん!」
「おっ、サラミーレ、戻ってきたか」
「兄さん、抜け駆けするとは、卑怯ですよ」
「おいおいお前こそだ。ピクルス大佐の通うアカデミーへ赴き、自分が先に求愛しよう、などと目論んでいたのではないのか?」
「うっ、そ、それは……」
サラミーレは言葉に詰まった。
「どうだ、それを抜け駆けといわずに、なんという?」
「……あ、あいえ、オムレッタル兄さんも、この場で突然ピクルス大佐さんに求婚するなんて、それこそが抜け駆けです!」
「うるさい、黙れ!」
「いいえ黙りません。兄さんにはサラッド公爵家のメロウリさんという婚約者がおられるのです。だからピクルス大佐さんに結婚を申し込むのは、この僕だ!」
「おいおい、屁理屈を抜かすな。お前にもショコレット嬢というマルフィーユ公爵の娘がいるではないか? つまり、この俺がピクルス大佐と婚約するのだ!」
「はあぁ? どっちが屁理屈なんですかっ!」
ヴェッポン国王宮で最も厳粛かつ雅やかな部屋・松の間において隣国の王子兄弟が口喧嘩をするなどという事態は、まさに前代未聞の珍事である。
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