国の面目と令嬢たちのお見合い問題
ピクルスの失敗に対する処遇を決めた後、フラッペはピクルスを連れて王宮へ出向くことにした。捕虜たちがデモングラ国へ逃げ帰ったという結末を、ヴェッポン国自衛軍の元帥でもある国王に伝えるためである。
王宮には電話もトランシーバーも備えつけられているのだが、国王に電話をかけるなど以っての外、という古い考え方が未だに残っているのだ。
「チョリソール大尉は、ザラメ軍曹の様子を見にメロウリのお家へ行きなさい」
「ラジャー!!」
現在チョリソールは軍役に就いていない。キュウカンバ伯爵家の第二執事が本職なのである。
一方、ピクルスは王立第一アカデミーの生徒であると同時に軍役にも就いているため、上官の命令には従わなければならない。ピクルス一人だけなら空を飛んで行けるのだが、今はフラッペと並んで歩くしかない。
「なあキュウカンバ大佐、あいやピクルスちゃん」
「なんでしょうか?」
「うむ。実はなあ、私の娘のショコレットだが、あのようにツンツンとした性格をしておる故、どうも友人が少ないのだ」
「友人の人数でしたら、わたくしも少ないですわ」
ピクルスの方は性格ではなく行動に問題があって、良家の子息や令嬢たちから距離を置かれがちなのである。
「いやまあ、ピクルスちゃんは明るく朗らかなのだから、友人の五人や十人、増やそうと思えば、すぐにも可能であろう?」
「そうでしょうか」
「そうだとも。それでなあ、ピクルスちゃんさえ良ければ、是非ともショコレットと交流してやって貰いたい」
「ラジャー!!」
「あ、もちろんこれは命令ではなく、あの子のパパとしてのお願いだ」
「シュアー!!」
マルフィーユ公爵家には、執事もメイドも大勢いる。だがショコレットは、その者たちと必要最低限の言葉しか交わしていない。父親のフラッペから見ても、娘が身分などで人を極端に分け隔てし過ぎているのではないか、と案じているのだ。
フラッペとピクルスが王の一番大居室に着いた。だが国王がいない。
「国王陛下は?」
「松の間です」
召使いのオイルーパーが応えた「松の間」というのは、王宮が最も高貴な客人を迎える際に使う特別な大広間のことである。
「どのようなお方がお越しだ?」
「デモングラ国から三人の王子がお越しにございます」
「ほほう、まさか戦闘機で乗り込んだのではあるまいな?」
「三人は白馬に乗ってお越しになりました」
「そうか。はははは」
デモングラ国の王子が外国を訪れる場合、白馬に乗るのが正しい作法である。
といっても、最初からではなく途中までは旅客機などを使い、訪問先の近くで白馬に乗り換えるのだ。
ここへ一人の男がやってきた。サラッド公爵家の当主ラデイシュだ。
「おや、サラッド中将もお越しでしたか?」
「やあマルフィーユ少将、今ちょうど話を聞いたところだよ」
「話ですか?」
首を傾げたフラッペに向かって、ラデイシュは説明を続ける。
「デモングラ国の第一王子ジャコメシヤが、弟の王子二人を引き連れて謝罪にきたのだ。下の王子二人は、キュウカンバ大佐に救われたそうだな」
「なるほど、それで一件落着ということですな」
フラッペは瞬時に全てを理解した。ピクルスの方は、計算通りに事が運んでいるのを知り、満面の笑みを浮かべている。
ピクルスがデモングラ国の王子二人を含む捕虜三人を逃がした一件は、デモングラ国にとってもヴェッポン国にとっても、とても重要な意味を持つのである。
王子が隣国で捕虜になったとあっては、デモングラ国の面目が丸潰れになる。
逆にヴェッポン国としては、国家間の友好関係を維持するためだとしても、領空侵犯という国際法規違反を見過ごすことはできない。
ピクルスがうまく立ち回ったことにより、両国とも国の面目が保てたのである。
また、そのような損な役目を買って出るのと引き替えに、ピクルスは抜け目なく大量の武器をデモングラ国に売りつけた。
ピクルスにとっては、父親ピスタッチオに心配をかけてしまったことが想定外ではあったものの、大勢においては全て丸く収まった、とみなしている。
「だが少し困ったことになってしまった」
ラデイシュが渋い顔を見せた。一件落着ではなかったのだ。
「困ったこと?」
「どうなっていますの?」
「実は、デモングラ国の王子二人が今日のお見合いをドタキャンしたのだ」
「なんと!」
「まあ!」
第二王子も第三王子も、お見合いをしないことに決めたのだ。その原因は全てピクルスにある。王子二人は、ともにピクルスを妃にしたいと望んでいるのだ。
それで第二王子オムレッタルはヴェッポン国王を調略することにして、第三王子サラミーレは王立第一アカデミーに乗り込むという直接攻略を選んだ。
「メロウリのお見合いの相手を、新たに探さなければならない」
「うむむ、ショコレットの相手も探さねば……」
二人の令嬢のお見合い問題が浮上することになるとは、さすがのピクルスも想定できなかった。どちらも自分の同級生であり、一人は数少ない親友メロウリで、もう一人は交流することを上官フラッペと約束したばかりのショコレットだ。
こうして、ピクルスの苦悩の時が始まったのである。
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