【第二幕】公爵家令嬢たちの婚約事情
留学生はショコレットの婚約者!?
ヴェッポン国を始めとする七つの国が載っている大陸を旧大陸、あるいはウムラジアン大陸と呼ぶ。
今から約六百五十年前、デモングラ国のボタモチーノ‐アンコーロという二十二歳の勇気溢れる冒険家が五十人の船乗りたちを従え、帆船で北西の海岸から大海へ出た。
アンコーロの船は西へ西へと進み五十二日後に、氷で覆われている白い世界へ辿り着いた。そこは後にクリスタリア大陸を名づけられることになるのだが、極端に寒く、植物の栽培も不可能な土地だった。
人間の姿もなく、その代わりにいたのは、全身まっ白の熊、羽はあるが空を飛べない太った鳥、カワウソをセントバーナード犬よりもさらに大きくしたような牙を持つ動物などだ。
デモングラ国に戻ったアンコーロは、次にウムラジアン大陸の北海岸に沿って大海を東へ進み、チャイ帝国で水や食料の補給をして、そこから大海をさらに東へと進むことにした。
チャイ帝国の東部海岸を出航してから六十七日後に、アンコーロたちは未知なる大陸への上陸に成功する。新大陸、あるいはアインデイアン大陸と呼ぶことになるのだが、そこには屈強な先住民がいて、外来者の入植を力ずくで拒んだ。
それから六百年近くもの間、両大陸で別々に生きる人間たちは互いの存在を知りつつも、それぞれが独自の発展を続けてきたのである。
今から七十年前頃からは、学術研究目的に限定して互いに大陸間を移動することが認められるようになり、科学や文化についての情報交換を続けてきた。
そのため最近では、農工業や軍事の技術力、および文化水準の面においても、両大陸間に大きな差はなくなっている。
現代のデモングラ国には、音速の二倍の速さを出せるという戦闘機ボムキャベッツがある。それに乗って東へ飛び続け、チャイ帝国から大海へ出て約二万二千キロメートル先にあるアインデイアン大陸を越え、さらにクリスタリア大陸をも越え、出発してから三十時間後には、ウムラジアン大陸に戻ることが可能だ。
もしアンコーロが今のデモングラ国に生まれたなら、ボムキャベッツに乗って大空を飛びたいと熱望するに違いない。
一方、今のデモングラ国に生まれた若者三人が、今朝ボムキャベッツに乗って飛んだものの、すぐに撃ち落とされた。
そのうち一人が、ヴェッポン国王立第一アカデミーの高級クラス専用教室にやってきた。クラス担任教官が連れてきたのだ。
「ええっと、午後の授業が始まる前にお知らせがあります。急なことですが、留学生を紹介します。デモングラ国のサラミーレ君です!」
「初めまして、今日デモングラ国からきたばかりのサラミーレです。職業は第三王子、年齢は十七歳です。好きな女性のタイプは、毅然としていて正義感と清潔感があって、頼りがいのある人かな。みんな、よろしくね♪」
教室にいる女子の大半が心をトキめかせる。それもそのはず、サラミーレは可愛らしい顔をしていて、そのうえ隣国の王子でもあるのだから。
また、トキめくだけに留まらず、驚愕させられた女子が一人いる。マルフィーユ公爵家の令嬢ショコレットだ。
「サラミーレ様! 私がショコレットです。お分かりになって?」
「おや、キミはマルフィーユ公爵のお嬢さん!?」
二人は初対面なのだが、お見合い写真を見ているため互いの顔を知っている。
教室内は、女子たちの囁き合う声で騒がしくなってきた。
「ショコレットのお知り合いかしら?」
「どういうご関係なのでしょう?」
「もしかして、ご親戚同士とか?」
サラッド公爵家の令嬢メロウリも少し驚いている。サラミーレの兄で第二王子のオムレッタルとお見合いすることになっているからだ。
「私とのお見合いまで待ち切れず、ここへ会いにきて下さったのね?」
ショコレットはサラミーレの近くへ駆け寄った。
「あの、ショコレットさん、キミとのお見合いは不要になったのです」
「えっ……え、ええ分かりますわ。今こうしてお見合いができたのですから。そうしますと、私との婚約をご決断なさったのですわね。うふっ♪」
お見合い・婚約という言葉が出たことで、教室内がさらに騒がしくなった。
それでもサラミーレは、意に介する素振りを見せず続きを話す。
「いえ違うのです。婚約の話を、なかったことにして貰いたくて……」
「へっ???」
ショコレットは自分の耳を疑っている。
「僕には心に決めた人がいます。今日、その女性が僕の前に現れたのです」
「ど、どどど、どういうことですの!??」
「この高級クラスにいらっしゃるはずの、キュウカンバ伯爵家のピクルス大佐さんこそが、僕の妃に相応しい女性なのです」
「ななな、なあぁんですって!!!」
普段ならあり得ないほどの大声を出したショコレット。
よほど動揺してしまっているのだろう。なにしろ、お見合いをするまでもなく婚約が決まった、と思い込んだ矢先に、その相手から全面否定されたのだ。
といっても、まだ婚約成立前なので、これは婚約破棄にはならず、なんら法的な問題は生じ得ない。
「ですけれど、そのピクルス大佐さんは、まだ戻っていないようですね?」
「……ええ、そうですとも。ピクルスでしたら、今朝そこの窓から飛び出して、それ切りですわ。まさに鉄砲玉のようなお方なのですから」
以前からピクルスのことを良く思っていなかったショコレットなのだが、この瞬間を境にして、ピクルスに対する憎しみをはっきりと抱くようになった。
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