第68話 7月26日ー夕刻



紹運は切岸に鉄砲兵を10人残し、残りを二ノ丸に引き上げさせた。


今や大岩で通路を防がれた切岸は、無理によじ登ったとしても一人が何とか通れる程の狭さしかない。


守りきるには、その人数で充分だった。




「紹運様!」


二ノ丸に戻ると、左京が駆け寄ってきた。


「左京、なぜお主がここに?」


紹運は問いかける。


左京には本丸に続く腰曲輪の守護を任せたはずだったからだ。


「はっ。それが、民部殿が裏手側に向かう故、私にその間二の丸に入れと。腰曲輪は相変わらず大して島津兵達には攻められて居ませんし、何かあれば直ぐに知らせが来るようにしております」


「そうか。しかしなぜ民部が?裏手側は・・・」


そこまで口に出して紹運は、先程切岸に現れた秋月兵を思い出した。


秋月兵は北側からで無く、裏側から切岸に来た。


であれば大隅に何かあったと言う事か?


「それが、秋月が今まで無いほど苛烈な攻めに出ており、対応した大隅は行方が・・」


左京はそう言って口をつぐんだ。


「そうか・・」


紹運は左京の言葉に目を泳がせる。


つい先程惣右衛門が目の前で逝ったばかりなのだ。





「紹運様!」


二の丸に入ってくるなり大声を出したのは、裏手側に向かった民部だった。


民部は被っていた兜をどこへやったのか、ザンバラに髪を振り乱したまま、汗と泥にまみれている。一目で激しい戦いの直後だとわかる有様だった。


「民部!」


紹運は驚きと安堵の声を出す。


「民部殿!」


それは左京も同じだった。


「左京!腰曲輪は変わりないか?」


民部はまず左京がいない腰曲輪の確認をする。


そして左京が頷くと、紹運に向かって現状を報告し始めた。


「裏手側は既に秋月兵に占領されていました。裏手側を守っていた城兵もバラバラになっており、儂がどうにか連れて帰ってこれたのが10人程です」


「そうか・・大隅は?大隅はどうなった?」


紹運は一縷の望みをかけて尋ねた。


「それが・・」


「うむ・・?」


「裏手側を守っていた兵に聞くと、突然居なくなったと。島津兵達から名乗りや勝ちどきの声を聞いた城兵はいないので、討ち取られた事は考えにくいと」


「居なく・・?」


「はっ・・」


3人は言葉を無くす。


広い戦場での野戦であれば、行方がわからなくなる事はままある。


あちこちを走り回り、また戦闘中にいなくなった者の行方をいちいち確認出来ない事も多いからだ。


しかし城戦で行方がわからなくなる事はまず無い。


それは守る側でも攻める側でも同じだ。


何故なら範囲が限定されている城戦では、行方が分からなくなる程の移動はしないし、どちら側でも部将を討ち取れば名乗りを上げて士気を高める筈だからだ。


であれば、考えられるのは敵に捕まってしまったか、降伏したか、だが・・


「恐らく怪我をして動けなくなったのだろう。島津に下ってくれていればいいが」


紹運の言葉に驚いた左京と民部は紹運は凝視する。


戦争中に敵に下っていればいいなんて。


「ここまで来れば島津も捕らえた者を殺しはしまい。計算高い秋月なら尚更じゃ」


紹運は続けて呟く様に話す。


「それは・・そうでしょう」


民部はあやふやに頷いた。


「多くの者が死んだ。大隅が生き残っておれば、我らを弔ってくれよう」


紹運の言葉に、はっとした左京と民部は穏やかな目で頷いた。


2人とも、大隅の性格はわかっている。




「それで、他の場所はどうなっておる?」


紹運は凛とした声で仕切り直した。戦闘はまだ続いている。


「はっ。では私から」


左京は一つ深い呼吸をして話し始める。


「まずこの二の丸ですが、先程まで攻勢に出ていた肥後勢と龍造寺勢は今は大人しくなっております」


「何かあったのか?」


「越中殿と種速殿が肥後勢を引きつけて痛撃を。しかしその最中に越中殿が鍋島直茂に討ち取られました」


「越中が・・」


紹運が悔しそうに唸る。


これで僅かな時間の間に惣右衛門に続き二人目だ。


いや、大隅が死んでいれば三人となる。


「腰曲輪は変わっておりません。本丸も。そして表ですが・・」


「・・」


左京が言い淀む。


「表は刑部じゃろう。どうしたと言うのじゃ」


黙る紹運に変わって民部が尋ねた。


百戦錬磨の刑部が簡単に討ち取られる筈が無いと。


しかし、その期待は裏切られた。


「刑部殿は敵将上井覚兼の本陣に奇襲を掛け、・・見事、上井覚兼を相打ちの末討ち取られたと」


左京は一息でそう言って上目遣いに紹運を見た。


「・・・」


しかし紹運は空を見上げて何も言葉を発しない。


2人には待つ事しか出来ない。


そして少しの間が出来、心配した民部が声を掛けようとすると紹運は


「会ったら・・褒めてやらねばのう」


と言って、空を見上げたまま一筋の涙を流した。


それを見た2人は頷くと、同じように空を見上げるのだった。

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