第67話 7月26日ー惣右衛門の最後



「儂が足止めする!お主らは引けぃ!」


「なっ!?」


突然、惣右衛門の口から出た撤退命令に、城兵達は唖然とする。


その命令通りに惣右衛門一人を置いて行けば、残された惣右衛門がどうなるのかは火を見るより明らかだったからだ。


「し、しかし惣右衛門様!」


「何を言われるのです!」


「命令じゃ!早く行けーー!」


城兵の戸惑いに惣右衛門は怒号で返す。


城兵達は惣右衛門が何をしようとしているのか、察しがついた。


だからこそ、その場を動けなかった。


だが惣右衛門は、危機迫った顔で怒鳴り付けた後、既に倒れている島津兵や城兵の握っていた刀を数本かき集めると、切岸の出口に向かって走って来る島津兵に向かって次々と投げつけた。


「ぎゃっ!」


「あぶねえ!」


島津兵は惣右衛門の取った行動のせいで更に混乱する。


石ならともかく、刀を投げる侍はいないからだ。


そして何より、惣右衛門は刀を投げつけ、島津兵がひるんだ所に1人で突撃してきたのだ。


「な、なんじゃこいつ!」


「うおっ!」


「囲め!討ち取ってしまえ!」


刀を投げつけられた島津兵が激高し、突撃してきた惣右衛門の刃を受け止めた島津兵が喚く。


惣右衛門は渾身の力で刀を振り下ろした。


しかし紹運ならともかく、既に体力を消耗している惣右衛門では、力で押し切る事が出来ない。


そしてつばぜり合いが起き、惣右衛門の体が止まった次の瞬間、刀を受け止めた島津兵の後ろから別の刀が振り下ろされた。


「おりゃあ!」


「ドカッ」


「ぐっ・・」


声と共に振り下ろされた刃が惣右衛門の鎧を切り裂き肩に食い込む。


しかし惣右衛門は足を踏ん張り微動だにしない。


「こいつ!」


「死ねっ!」


島津兵達は次々と刃を見舞い、惣右衛門の体の至る所に刃が食い込む。


しかし惣右衛門は苦痛を上げること無く島津兵を睨み付ける。


既に死んでもおかしくない程の傷を負ったまま睨み付ける惣右衛門に、島津兵達は気圧される。


その様子を見て、その場で固まった城兵達に紹運が頼むように叫んだ。


「皆の者!引けい!潰れるぞ!」


見上げれば、大きな岩が動き出し、既に落ちる寸前だ。


「ど、どうする!?」


「しかし惣右衛門様が・・!」


惣右衛門と共に戦ってきた城兵は泣きそうな表情で互いを見る。


その様子を視界の端に捕らえた惣右衛門は、背に映る仲間にもう一度叫んだ。


「先に行く!お主らは後からゆるりと来い!」


城兵達はその言葉を聞くと、頭を下げて目を拭う。


そして切岸の出口に向かって駆けだした。


「あっ!逃げたぞ!」


島津兵が走る城兵の背中を指して喚く。


「くそっ!こいつ邪魔だ!」


島津兵達は逃げた城兵を追いかけようと、既に刀や槍が体の至る所に突き刺され、ハリネズミの様になった惣右衛門を手で押し、蹴ってどかそうとする。


だが惣右衛門は刀をもった両手を広げて頑として動かない。


「くそっ!なんなんだこいつは!」


「あぁ!岩だ!逃げろ!」


島津兵達が惣右衛門を倒せないでいると、とうとう岩が切岸の上から鈍い音を立てて落ちてきた。


「おい!押し潰されるぞ!」


「刀が抜けねえ!」


「ばかやろう!死ぬ気か!」


「ああっくそっ!」


岩を見た島津兵達は、惣右衛門に刺した刀を抜く事も諦めて一目散に逃げ出した。


場には仁王立ちした惣右衛門1人が取り残される。


「惣右衛門様ーー!」


城兵が叫ぶ。既に大岩は惣右衛門の頭上にあった。


「ドスンッ!!」


土煙が舞い鈍い着地音が響く。


大岩は目的通りに切岸の出口の一番狭い場所に挟まる様に落ちた。


「ああっ!くそっ!」


「もう少しだったのに!」


「あいつのせいじゃ!最後の最後まで邪魔しおって!」


岩の向こうで島津兵達が喚く。


しかし大きな岩で区切られた以上、もう手の出しようが無かった。


そして岩のこちら側では、薄れていく土煙に浮かび上がる惣右衛門の後ろ姿を、その場にいた城兵全てが見つめる。


「惣右衛門様・・・」


最後に背を向けた城兵が、急いで惣右衛門に近づく。


惣右衛門はギリギリで岩に押しつぶされずに立っていた。だから、まだ手当をすれば助かるかもしれないと。


だが惣右衛門の前に回り込んだ城兵は言葉を無くす。


惣右衛門は、体中に刀を、槍を突き刺され、それでも前を向いて腕を広げたまま、既に息絶えていた。


回りの城兵からの視線に対し、回り込んだ城兵は力無く首を振る。


それを見ていた紹運は、惣右衛門の側にかけ降りると、がしっと肩を抱いた。


「ううっ・・」


回りの城兵が、涙を流す。


惣右衛門が立ち塞がったからこそ、島津兵に突入されずに済んだのだ。


だがその代償は大きい。


「惣右衛門を本丸に・・」


紹運がつらそうな顔を隠しもせずに側の城兵に頼む。


城兵は頷くと、二人ががりで刺さった刀を一本一本抜き、丁寧に惣右衛門を背に乗せて本丸に向かうのだった。

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