第19話 岩屋城攻防戦三日目ー②
「あまり戦意がありませんな」
山頂の櫓に登り佇む紹運の隣に立って、不思議そうに民部が言う。民部は二の丸の守護を務めているため、本丸にいる(はずの)紹運とは距離的に近く、度々様子を見に本丸へやってきている。
「ふふふ。思ったよりも、昨日の攻撃が堪えたようじゃな」
「ですな。今回は島津が寄せて来るのが早く、野戦で一戦して敵の意気をくじく事が出来ませんでしたからな。上手く行ってようございました」
民部はそう言って頷く。確かに、民部の言うように本来籠城をするとしても、一度野戦をするなりして、敵の士気を下げさせておくのが上策だ。
今回は籠城の準備でとても手が回らなかったし、何より余りに兵力差があった為、それが不可能だった。その埋め合わせを昨日の攻撃で出来、何とか士気は逆転しているはずだった。
「しかし、島津は羽柴の事もあり、急いでいると思いましたが」
「うむ。だからなおのこと、被害を出したくないのであろう」
「つまり、この城を落城させてからの戦を考えていると?」
「そうじゃ。ここで大きな被害を出せば、後の戦に問題が出る。そう考えておるんじゃろうな」
「舐められたものですな」
「ん?」
「被害を抑えて岩屋城が落とせると思っているのでしょう。そうはいかせませぬ」
「ふふふ。そうだな。最も、力攻めされなければ時間を稼げる。こちらの思うつぼではあるが」
「そうでしたな。大殿からの連絡は無いので?」
ここで民部の言う大殿とは、大友家先代当主、大友宗麟である。宗麟は十年程前に息子義統に家督を譲り隠居していたが、島津家の九州統一の野望による自家滅亡の危機に際し、現在中央で絶大な勢力を持つ羽柴秀吉に援軍を頼みに向かっている。
既に大阪には到着しており、詳しい話が出来次第連絡がくるはずなのだが・・
「無い。まぁ、もしかしたら使者が来たのかもしれんが、この状況ではな」
紹運はそう言うと、絶崖の下に映る島津の大軍に目をやった。
「そうですな・・・」
民部もそう言って頷く。確かに、例え使者が来たとしても、島津の大軍に何重にも囲まれていては、岩屋城には入ってこれないだろう。岩屋城の者であれば沼からの抜け道を知っているが、それを使者に期待するのは無理があった。
「ま、どちらにせよ羽柴の援軍が来るとわかっても、実際にここに着くまで時間が掛かる。それよりも問題は島津が援軍の事を知ったときよ」
「というと?」
「お主が島津側だったらどうする?今だ九州統一ならず、敵地で苦戦しておる最中に、敵に大きな援軍が来ると分かれば」
「うーーむ。難しいですな。敵地で援軍を得た敵を迎え撃つのは得策とは言えません。挟み撃ちに合うかもしれませんから。なので・・援軍が来るまでに、どうにか敵地を制圧しようと・・あっ、成程。島津が援軍の事を知れば、力攻めに切り替えると言う事ですな」
「うむ。その通りじゃ。故に島津が突然力攻めにきおったら、それは援軍が近くまで来ておるかも知れぬと言う事じゃ」
「うむうむ。島津は何としても援軍が来るまでに赤間関(下関)を確保して、海を境にしたいでしょうからな」
「だからこそ、ここで時を稼がねばならぬ。ここで島津を長く釘付けにすれば、その分だけ大友家が救われる可能性が高くなるからな」
「ですな。それに・・・」
「ん?」
「いえ。では精々、今のうちにまた防備を厚くしましょうかな!」
「うむ。力攻めが始まれば、矢作りをする暇もないやもしれん。頼むぞ」
「ははっ」
民部はそう返事をすると、二の丸へと帰って行く。
一人櫓に残った紹運は、岩屋城の至る所から聞こえる喊声に耳を傾けていた。
**夜**
「どこも進展は無しか」
島津忠長の本陣で、伊集院忠棟と秋月種実から報告を聞いた島津忠長は、がっかりした様子でそう言った。
「無理しないようにとは言ったが、これでは岩屋城を攻め落とす事など出来んではないか」
続けて島津忠長はそう言ったが、伊集院忠棟と秋月種実は難しい顔をしたまま、反応しない。
また自分が担当した大手門も特に進展があるわけでは無く、島津忠長も、これ以上強く出る事はためらわれた。しかし何か発言をして貰わなければ、会議が進まない。仕方なく島津忠長は再度自分から問いかけた。
「お二方、なにか、案はありませんかな」
しかし、今度は下手に出たにも関わらず、相変わらず二人は首を振るだけだ。
島津忠長はその様子に、これ以上話しても埒が明かないと思ったのか、
「うーぬ。明日は各自奮闘して下され」
と言うと、さっさと引き上げてしまった。
そして残された二人もそれを見て、一度も目を合わせずに引き上げるのだった。
**************************************
同時刻 豊後 府内城(大分市)
「皆の者、父上から知らせが来たぞ!」
現在の大友家の当主である大友義統は、手紙を握りしめた右手を高く上げてそう言った。城の広間には夜にも関わらず、大友家の重臣が多く揃っている。皆、宗麟からの知らせを今か今かと待ち望んでいた。
「殿!大殿はなんと?」
真っ先に尋ねたのは利光宗魚だ。長年大友家に仕える重臣で、雷神と呼ばれた立花道雪の義弟である。既に髪の毛は全て白髪だが、その忠義心と戦国を生き抜いてきた経験で、大友家にとって重きをなしている。
「先日、羽柴秀吉と話し、援軍を取り付ける事に成功したそうじゃ!」
宗魚の問いに、手紙を読み始めた義統は、直ぐにそう叫んだ。
すると集った重臣から次々と安堵の言葉が出る。
「おお!」
「やりましたな!」
「良かった!」
「うむ!さすが父上じゃ!」
普段は父親である宗麟と険悪な仲の義統も満面の笑みだ。それほど、今の大友家の現況は切迫していた。
もし羽柴からの援軍が来ないとなれば、今ここにいる重臣達から島津につくものが出かねない状況だったのだ。
「それで殿、援軍はいつ頃に?」
同じく重臣に名を連ねる入田義実が尋ねる。すると義統は、慌てて手紙の続きを読み始めるそして読み終わると、難しい顔で
「まずは先遣隊として毛利がやって来るとあるが・・羽柴本体はいつになるか書かれておらん」と答えた。
場がざわめく。
「毛利だけではあまり当てにならんのじゃないか?」
「いや、毛利は大国じゃ。数千と言う事はあるまい」
「しかし島津は総動員すれば七万近いと言うぞ」
「羽柴本体ははどのくらいを率いて来るんじゃ」
「島津よりは多いじゃろう」
「しかし多ければそれだけ来るのに時間がかかるんじゃないか?」
「だからまずは先遣隊なんじゃ」
各々が好き勝手に喋る。正に喧々囂々である。本来なら当主である義統が一喝し、場を治めなければならないのだが、義統は人が良いが気弱で、家中を上手く纏める事が出来ていない。
「殿、まずは筑前に知らせねば」
義統がオロオロしていると、田原親賢がそっと助言する。田原親賢も、長年大友家に仕える重臣である。
「そ、そうだな。誰ぞ、筑前の三城へ使いを出せ。援軍の事を知らせてやるのじゃ」
義統がそう言うと、側近がすぐさま立上がり走る。府内から筑前岩屋城までは馬を急がせれば二日で着く。
「皆の者静まれい!」
中々静かにならない事に痺れを切らし、義統の代わりに宗魚が大声を出す。
するとようやく場が静かになった。
「よいか、今日はこれからの事を話さねばならん。そうですな、殿」
宗魚が続けてそう言うと、義統は頷いた。しかし、どうやら自身が話を進める気は無いようだ。宗魚は、仕方なく話を仕切る。
「羽柴がこちらに付き、まずは先遣隊が来る事がわかった。しかし先遣隊だけでは島津に抵抗出来まい。羽柴本体が来るまでどうすべきか、意見を出されよ」
宗魚がそう告げると、まずは高齢の志賀親度が口火を切った。
「羽柴本体が来るまで持ちこたえるが肝要。今のうちに府内に食糧や武器弾薬を集めておくべきかと」
これに対し、若い佐伯惟定は真っ向から反対する。
「それでは他の城に住む者はどうなります!まして最初から籠城などもっての他でござる」
若いだけあって、佐伯惟定は積極的だ。これに田原親賢も賛成する。
「確かに、少なくとも豊前は確保しておかねば。毛利が赤間関(下関)を渡れますまい」
この意見には義統も賛成だったようで、
「そうじゃ!誰ぞ小倉で反旗を翻した高橋元種を討ち取って参れ!」
と叫ぶ。現在、秋月種実の次男で高橋家(紹運とは別家)に養子として入った元種が、島津と秋月種実の筑前侵攻に遭わせて大友家に反旗を翻しているのだった。
「殿、高橋元種は小勢、それよりもまずは本城を守るのが肝要ですぞ」
しかし、志賀親度はそれにも反対のようで、なおも籠城を勧める。
この意見に朽網鎮則も賛成し、中々話が纏まらない。その後宗魚が義統に意見を求めたが、結局義統は何も決めきれずにまずは宗麟の帰還を待つ事になるのだった。
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