第15話 二日目ー岩屋城南側

7月15日 昼 


岩屋城南側


秋月種実が混乱に巻き込まれて逃げ惑う事になる少し前、伊集院忠棟は岩屋城の南側を攻め寄せていた。


昨日思わぬ苦戦を強いられ、今度こそ失敗の許されない伊集院忠棟は、万全を期す為に森から木や竹を切り出して盾を作り、ジリジリと攻め上がる作戦に出ていた。


盾を持つ事で兵の機動力は下がるが、固まって動く事で鉄砲や矢の狙撃による死傷者を減らし、確実に攻め寄せる作戦だった。


「どうじゃ?前線は」


伊集院忠棟が側に侍る久虎に尋ねる。昨日は前線の指揮を任された久虎だったが、今日は本陣に留め置かれていた。


「はっ。被害は少なくなりましたが、やはり遅攻となっているようです。勾配も急ですし、難儀しているとのこと」


「そうか・・仕方有るまい。出来るならば下に引き寄せて一網打尽にしたいが」


「そうですな。下までくれば兵力差がものをいいますから。しかし城兵もそれはわかっておりましょう」


「うむ。兵達には焦らずに攻め寄せ、敵を多く倒すように伝えよ」


「はっ」


久虎は返事をすると、命令を伝えに前線に出る。前線では多くの兵が、盾を持ち山に登る順番待ちをしていた。


「どうしたのじゃ?」


久虎は順番待ちをしている兵に尋ねる。盾を作った兵から攻め上るように命令したはずだった。


「はっ。どうやら前線が峻険な場所に当たり、進軍がそこで止まっているようです」


「峻険な場所?」


「はい。切り立った岩肌が出ており、崖のような場所だとか」


「うーむ。それは厄介じゃな。前線にあまり攻め急ぐなと伝えてくれ」


「わかりました!」


話していた兵士に伝言を伝え、久虎は本陣に戻る。ただでさえ攻めにくいのに、崖まであるとなると、攻める場所を変える事も考えなければならないかもしれない。


「どうした?」


久虎が本陣に戻ると、その難しそうな顔を見て伊集院忠棟が尋ねる。久虎は、崖の事を伝えた。


「崖か、面倒じゃな。持久戦をするわけには行かぬから、地下から穴を掘る事も出来ぬし・・」


伊集院忠棟も難しそうな顔をして腕を組む。


崖は守る方にとっては鉄壁の守りであり、攻め手にはその士気を著しく下げるほど、攻め落とす事が難しい代物だった。


「寄せる場所を変えませぬか?」


「しかし大手門の辺りは総大将が、裏手は秋月殿が寄せておろう。他に攻める場所はあるのか?」


「北側はどうでしょう?あちらも攻めがたい場所ですが、崖は無いかも知れません」


「北側は沼地じゃぞ?」


「しかし、一度も寄せていませんし、もしかしたら抜け道があるやも知れませぬ」


「ううむ、抜け道か。見つかれば大手柄じゃが・・」


忠棟は顎に手をやって思案する。


「このままでは埒が明かませぬ。私が兵を率います故。」


「そうじゃのう。攻める場所を増やして城兵を分散させる事が出来れば、他が手薄になるやも知れぬしな。待機しておる兵がもったいないし、やってみるか」


「ははっ」


「兵はいかほど必要じゃ?」


「まずは様子見で、三千あれば良いかと」


「わかった。それでは待機しておる兵を三千を連れて北側を攻めよ」


「ははっ」


こうして久虎は3000の兵を連れて北側にと向かう。もし上手く行けば、いきなり岩屋城の内側に出れるかも知れない。


そうでなくとも、岩屋城の兵が北側に集まれば、他の守りが薄くなる。


その隙を突いて攻め手がどこか突破出来るかもしれない。伊集院忠棟はそう考えた。そして自身も、南側を責めている兵を督戦するために前線に向かうのだった。



「どうじゃ、具合は」


久虎が北側に向かった後、伊集院忠棟は南側の前線へ出て、隊長に尋ねる。隊長は申し訳なさそうな顔で、


「やはり崖の突破が出来ずに進軍が止まっております」と報告した。


しかし伊集院忠棟は気にしていない様子で、そうかと頷いただけだった。


「今北側に久虎を向かわせた。上手く行けばここの守りが薄くなる」


伊集院忠棟は、先程の作戦を隊長に伝える。隊長は、ではその機を逃さぬように致しましょう。と頷いた。


その後しばらく二人がそのまま前線で様子を見ていると、騒がしい声が聞こえてきた。


「うん?これは北側からか?」


伊集院忠棟は期待を込めてそう言うが、隊長は耳を澄ましながら、


「いえ、どうやら右手からのようです」と返答する。


「右手と言えば秋月殿の持ち場じゃな。苦戦してそうじゃのう」


「全くです。早くどこか、一箇所突破出来れば良いのですが・・・」


隊長が悔しそうにそう呟く。裏手側はどうやらかなりの苦戦らしく、悲鳴と共に大きな物音も聞こえ始めた。


最初は気にしていなかった二人も、どんどん大きくなる騒ぎに更に耳を澄ます。すると予想外の場所からも悲鳴が聞こえ始めたのだった。



「ぎゃあああああ」

「逃げろーーーーー!」

「引けっ!引けーーーー!」


聞こえてくる悲鳴に思わず伊集院忠棟と隊長は目を合わせる。


どうやらその声は、目の前の、南側の山手から聞こえてくるようだ。


「バキバキバキ」

「ゴロゴロゴロ」


悲鳴と共に得体の知れない、不穏な音がどんどん音が大きくなる。


「なんの音でしょう?」


「わからん・・」


隊長が不安そうに伊集院忠棟に尋ねる。しかし伊集院忠棟に心当たりは無かった。


「バキバキバキバキ」


「逃げろーーー!」


「ゴロゴロゴロゴロ」


「ダッダッダッダッ」


悲鳴と共に何かが近づく音がする。


隊長は腰の刀に手を添えて伊集院忠棟の前に立ち、兵達が登っていった山際を注視した。


すると何十人もの島津兵が、山から転がり落ちてきた。


「ぐわーーー」

「ぎゃあああ」

「逃げろー!」


攻め上っているはずなのに、逆流して山から逃げだしてくる兵士達はどんどんとその数を増していく。


最初に転がり落ちてきた兵士の中には、後続に踏み潰されている者もいる。


「なんなんじゃ?尋常ではないぞ」


その余りにも無秩序な兵達の逃亡は、多くの戦場を経験したはずの忠棟とて、原因が想像出来ないものだった。


「私が様子見して来ます。お待ちを」


そう言って隊長が駆け出そうとしたとき、その兵達の無秩序な逃亡の原因が兵士に混じって転がり落ちてきた。それを目にして二人の体はその場に固まる。


「ゴロゴロゴロゴロ」


「パチパチパチパチ」


「ゴォーーーー」


「やめてくれぇー!」


「水!水はどこだああ」


「ドシンッ」


「ぎゃあああ」


山裾から姿を現したソレは赤く燃え盛り、火を噴き、触ったもの全てにその怨念を移していく。


城攻めをしていた島津兵を追い散らし、跳ね飛ばし、転がしながら上から転がり落ちてきたのは、木の枝や皮を数百本は絡ませて丸くし、挙げ句に火を付けて燃やした、化物のような物体だった。


しかも、一つでは無い。転がり落ちてくる島津兵の数に比例して、それは次々と山裾からその姿を表す。


「火車か!」


思わず伊集院忠棟は叫んだ。


戦歴の長い伊集院忠棟でも、知識としてしか知らない、実際に見た事がないシロモノだった。


あれが相手では逃げ惑うしかない。対抗出来るような物ではないのだ。


しかし登りながら避ける事は難しい。必然、下に下に逃げる事になる。それが原因で兵士達が転がり落ちてきたのだろう。


「な、なんだあれは!」


刹那遅れて隊長が絶叫する。知識としてすら知らなければ当然そうなるだろう。山から飛び出してなお島津兵をなぎ倒しながら転がっていくソレは、ただの厄災だった。


「皆のもの、避けてやり過ごせ!火が付いた者は地面に転がれ!火の付いていない者は付いている者を助けよ!」


すぐに伊集院忠棟が大声で指示を出す。


本来なら川に飛び込ませるなり、水を浴びせるなりしたかったが、川は近くに無いし、数十人に頭から水を浴びせる程の水の備蓄も無い。どうにか対処療法でやり過ごすしか無かった。


「ぐわあああ」


「パチパチパチパチ」


「走れーーーー!」


「ゴロゴロゴロ」


しかし伊集院忠棟の指示むなしく、一度火が移った兵士達はあちこちを狂乱したまま走り、転げ回る。


どうにか助けようとする兵士も、その動きの激しさから近づく事が出来ないでいた。


「殿!ここは危険です!一度お下がり下さい!」


場の混乱を危惧した隊長が伊集院忠棟にそう進言する。しかし伊集院忠棟の取った行動は真逆のものだった。


「数人がかりで押さえつけよ!」


伊集院忠棟はそう叫ぶと、痛むはずの肩を気にする素振りも無く、火が燃え移った兵士に近づき抑えかかる。


「殿!」


まるで自分から炎に追い被さる様に、隊長は思わず絶叫した。しかし伊集院忠棟はお構いなく、押さえつけた兵士の炎を手で払う。


「ぐわあああ」


「落ち着け!動くでない!!」


伊集院忠棟の一括に、兵士は自分を助けようとしているのが伊集院忠棟だと気づき、必死に動こうとする自分を抑える。そのすきに隊長も伊集院忠棟に加勢し、二人がかりで火を叩き消した。


「あ、ありがとうございます・・」


火を消して貰った兵士は、息をゼエゼエと吐きながら礼を言う。鎧やその下の服は焦げていたが、後は手足に少しのやけどをしたくらいで大事には至らなかったようだ。


「うむ。動けるなら他の者を助けよ」


伊集院忠棟はそう言うと、すぐさま立上がって次の兵士を助けに動く。


火車に直撃されればその重さで怪我をして、更に大やけどを負う可能性があるが、少しの炎が燃え移ったくらいなら、落ち着けばその恐怖の大きさほどは被害は出ない。


「落ち着け!火車を避ければ大事には至らぬ!」


「火の付いた者を助けよ!」


やがて伊集院忠棟と隊長の声に気づき、場の混乱が少しづつ収まりを見せ始める。


「ゴロゴロゴロゴロ」


「パキパキパキパキ」


未だに火車は山から転がってくるが、兵士達も直撃を避ける事ができるようになった。このまま落ち着けば被害はそれほどではない。伊集院忠棟はそう胸をなで下ろしたのだが・・・


 「殿!本陣が!」


先程まで共に火の付いた兵士を押さえつけていた隊長が、後ろを指さす。


伊集院忠棟がその指が指す方を見ると、兵士達が必死で避けた火車が、そのままの勢いで幾つも本陣に転がって行くのが見えた。


「しまった!」


思わず伊集院忠棟も叫ぶ。前線に出て来ていたせいで、本陣には兵を指揮する者がいない。


このままでは、炎が本陣に置いている武具や火薬、天幕などに燃え移ってしまう。


「ここは頼んだ!」


伊集院忠棟は兵士の救助を隊長に頼むと、急いで本陣へと駆け出した。


「者共!槍を持て!火車の方向を変えよ!」


本陣に近づきながら伊集院忠棟はそう叫ぶ。しかし伊集院忠棟よりも早く本陣にたどり着いた火車は、当たるを幸いに天幕に激突し本陣を焼き焦していく。


「ぎゃああああ」

「逃げろーー!」

「逃げるな!押えろ!」


喧噪の中、伊集院忠棟が本陣に着くと既に天幕は大きく燃え初め、武具や火薬箱の近くにも火車が迫っていた。


「ちいっ」


伊集院忠棟はそう叫ぶと、せめて火薬箱だけは守ろうと再度走りながら大声を出す。


「動ける者は火薬箱を持て!絶対に引火させてはならん!」


その声に数人の兵が反応し、火薬箱に駆け出す。しかし火車の勢いは止まらない。


「いかん!」


伊集院忠棟は、思わず顔を背けた。刹那の後には、火車が火薬箱を押しつぶし、大爆発が起こるはずだった。しかし起こるはずの爆発音は、一人の勇敢な島津兵によって事なきを得る。


「うおぉおお」


「ドカッ」


一番早く火薬箱にたどり着いた島津兵は、火薬箱を守るのでは無く、自身を盾として弾丸のように火車にぶつかって行った。


その結果、火車は衝撃で進む方向を変え、火薬箱の脇をすり抜ける。ぶつかった兵士は接触の瞬間に渾身の力を込めて踏ん張った為に上半身に火傷を負ったが、後から追いついた兵士によって炎を消され、命は助かった。


「良くやった!」


それを見ていた伊集院忠棟は、その兵士の元に駆け寄り肩を抱く。もし火薬箱が爆発していれば、本陣の被害だけで無く、火縄銃が使えなく無くなり、城攻めに大きな障害が出る所だった。


「大丈夫か?」


伊集院忠棟は返事が出来ない兵士を心配して尋ねる。兵士は苦しそうな顔をしていたが、何度も頷いた。


「よし!本陣の兵士は二手に分かれよ!半分は火薬と武具を移動しろ!残りは怪我した者の救助じゃ!」


「ははーーーっ」


威勢のよい声が響く。


まだ幾つも火車は転がってきているが、目の前で火薬を守った兵に触発されて本陣の兵士も急速にまとまりを取り戻しつつあった。

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