第13話 二日目ー裏手門


7月15日 昼 裏手門


「殿!もう先鋒は中腹近くまで進んだようですぜ!」


前線に物見に出した兵が戻って報告する。どうやら昨日と違い順調のようだ。


「よし!そのまま攻め上がるように伝えよ!」


種実は拳を握って新たな命を下した。


大手門と南側が苦戦している中、唯一に攻勢に出ているのが、裏手側を受け持った秋月種実の軍だった。


昨日も攻めていたので、ある程度岩屋城の勝手を把握出来ていたからなのか、攻め始めて数時間で山の中腹まで登る事が出来ていた。


「どうやら兵が昨日より少ないようですね」


側近が秋月種実に告げる。実際、昨日は弓隊が多くなかなか前進できなかった。今日は矢による被害が余り出てないようだ。


「大手門に島津忠長殿が付かれたからな。恐らく多くの城兵はそちらに向かっているのであろう」


「成程、さすが総大将ですな」


「うむ」


「しかし大手門が破壊されれば、もしかするとそのままの勢いで山頂までたどり着くかもしれません。出来れば先にこちらが本丸までたどり着きたいですな」


「そうじゃな。そうすれば今後秋月の発言力も増すじゃろう」


「本陣の兵をもっと送り込みますか?」


「そうじゃのう・・」


増兵について尋ねられ、秋月種実は思案する。


どうやら城方は裏手まで手が回らないようだ。


なら増兵して攻め寄せれば、岩屋城は落ちるかもしれない。それは大手柄だろう。


しかし・・



秋月家は元々平家の家人であったが、鎌倉時代に筑前の朝倉に入り秋月氏を名乗った。


近年は大内家や大友家、島津家と主家を変え、今ではその所領は三十万石以上、約一万人の兵を動員する押しも押されもせぬ大名となっている。


しかし実際は、七万人を動員出来る島津家に従属して何とかその勢威を保っている状況だ。


このまま島津が九州を統一すれば、完全に島津の配下に組み込まれかねない。それは秋月種実にとって秋月家の当主として、出来るだけ避けたい事だった。


だからこそ今回の戦には全兵力の八割を率いて参戦し、手柄を立てた上で独立国としての態度を示したかったのだが・・


しかし考えようによっては、大きな手柄を立てる事が、逆に島津の警戒心を呼び起こす事になるかもしれない。


それは手柄を立てるよりもまずい事かもしれなかった。


しかし、全く役に立たなければ侮られてしまう。秋月家の為には一体どう振る舞うべきなのか・・・


「よし、本陣の兵を半分送る。そして本陣を山際に動かす。しかし無理をせずに攻めよ」


秋月種実はそう言って、兵二千を更に送り出した。城攻めとは、本丸に近づくほど抵抗が激しくなる。


今は城兵が少なく思ったよりも進めているが、これから抵抗は激しくなるはず。ならば用心しつつ、大手門を破った島津兵が攻め上る際に、挟み撃ちをして本丸を一緒に落とせるようにしておくのが最善だと考えた。


「わかりました。それでは!」


直ぐに側近が二千の兵を連れて岩屋城に向かう。これで城攻めには合計五千五百の兵が向かっている。


「それにしても、やはり高橋紹運はひとかどの侍ですな」


家老の内田実久が増兵を見送りながら、秋月種実に話しかける。


「そうじゃな。ここに陣を張って早三日。小さな山城で5万の兵を相手によく時間を稼ぎおるわ」


秋月種実は半ば憎々しげにそう吐き捨てた。


一時は大友家に属したとは言え、父を大友家に殺された秋月種実としては、大友家に絶対の忠誠を誓う高橋紹運を好きにはなれない。


「全く。しかしいかに紹運とはいえ、この兵力差ではどうしようもありますまい。この城も持って明日まででしょう」


家老がそう言いながら岩屋城を見上げる。秋月種実も、つられて紹運がいるであろう山頂を眺めた。


 「・・しかし、なぜ紹運はわざわざここに立てこもったのでしょうな」


実久が不思議そうに言う。確かに勝尾城が落ちた今、岩屋城は島津対大友の最前線となった。


しかし近くには防備の整った宝満城があるし、北上すれば立花山城という要害の城もある。


「うーむ。もしかしたら親心かもしれんな」


「親心・・ですか?」


「うむ。宝満城にも立花山城にも紹運の息子達が入っておる。なるべく敵を近づけたくはないんじゃろう」


「なんと。しかし・・それに付き合わされる兵士達はたまりませんな。立てこもるなら防御が固い城にしたいでしょうに」


「まぁ、それはそうじゃな」


「紹運の下におる兵士は可哀想ですな。案外、今日明日にも仲間割れして下ってくるのでは?」


実久は馬鹿にしたように言う。しかしそれを聞いて秋月種実は、横目で実久を睨み、その事には返事をせずに、本陣を動かすよう命じるのだった。



「紹運様!裏手に増援が来たようです!」


山頂の本丸に入道が駆け足で入ってきて声を出す。入道は裏手の西戸の守護を任されている武将で、紹運に仕えて十五年になる。短気だが、義侠心に富み紹運からの信頼は厚い。


「そうか。だいぶ押し込まれているようだな」


「はい。手加減をしている訳ではないので、どうやら秋月も本気のようですな」


「ふふふ。ならばこちらもそれに答えねばな。大手と南側はどうじゃ?」


紹運が尋ねると、側にいた種速がよどみなく答える。


「大手門は総大将の島津忠長ではなく、まずは龍造寺兵が寄せてきましたが、撃退しました。南側も同様、土岐と越中が上手くいなしております」


「そうか。ならば今のうちに出るとしよう。儂が出ている間は種速がここで戦況を見ておれ」


「ははっ。昨日言っておられた策ですな?」


「うむ。秋月種実の肝を冷やしてやろう」


そう言って紹運は楽しそうに笑う。


「影武者の方は使いますか?」


そう言う種速の顔もにやけている。


「そうじゃな。そっちの方が面白いじゃろ。各々時機を見計らって仕掛けるように伝えよ」


「分かりました。ではお気を付けて」


「うむ」


紹運はしかと頷くと、裏手に入道と向かう。種速は早速大手門と南側に伝令を走しらた。




最初に混乱が起きたのは秋月種実の受け持つ裏門だった。


秋月種実は途中本陣から増援を繰り出し、合計五千五百で岩屋城を攻めさせた。


兵達は増援に力を得て順調に山頂に迫る。裏手側は、大手門、南側と比べても一番傾斜がキツく登りにくいのだが、秋月兵は一歩一歩踏みしめる様に、その斜面に通る幾つもの細い道を分散して登って行った。


勿論、城兵はあらかじめその細道に柵や木戸を作って行く手を阻む。


また山中に散らばり、弓矢や鉄砲で散発的に秋月兵を討ち取っていく。しかし数の差からジリジリと追い詰められ、至る所で撤退を余儀なくされている。このままでは秋月兵はやがて山頂までたどり着くかと思われた。


「思ったよりあっけないなぁ」


細道の一つを登る若い秋月兵が、隣の年配の兵に話しかける。昨日とは違い途中で襲撃してくる城兵が少ない為に余裕があるようだ。


また増兵したおかげで既に幾つもの柵や木戸を打ち壊し、最前線はもう岩屋城を四分の三は登っているかもしれない。


大手門や南側から攻めている他所の兵は苦戦しているらしいし、このまま秋月兵が岩屋城を攻め落とせば、今後秋月家は更に所領を獲得できるかもしれない。


そうなれば下っ端兵士でも大きな恩賞が期待出来る。正に取らぬ狸の皮算用だが、秋月兵の多くはそのような考えになりかけていた。


「それはどうかな・・」


しかし話しかけられた年配の兵は、どこか気乗りしない様子だ。年配というより、老兵だろうか。若い兵と違って心配性なのか、陰気くさい顔をしている。


「何か不安でもあるの?」


若い兵は老兵に尋ねた。最前線の兵達はどんどん前に進み、自分達は今、山の中腹で出番を待ちながら登っている最中だというのに、なにが心配なのだろうか。


「いや、ハッキリとした事はないが。どうも簡単にいきすぎちょる」


「はぁ」


それを聞いた若い兵士は、首を傾げる。確かに、昨日と比べれば敵の抵抗は弱い。


しかし元から圧倒的戦力差で始まったこの戦、こうなることは最初から分かっていたじゃないか。


「お前はまだ知らんかもしれんが、紹運は戦上手じゃぞ。このまま城が落ちるとは思えん」


「とは言っても、大手門じゃ奮戦しているみたいだし、こちらまで手が回らないだけでは?」


「それはそうかもしれんがな。しかし今日は大手門に紹運は出てなかろう。昨日は紹運自ら切り込んで島津の伊集院忠棟を蹴散らしたそうじゃぞ」


「へえー、そりゃ凄い。でも毎回出て来てたらすぐに死んでしまうでしょう。ましてや昨日出たなら今日は警戒されるだろうし」


「確かにそれはその通りなんじゃが・・」


「むしろ戦上手なら、どうやってここから逃げ出すか知恵を絞ってるんじゃ?」


「うーむ。あの紹運がなあ・・いや、奴ならむしろ・・」


「?」


若い兵が返事を待っていると、上から大きな悲鳴が聞こえてきた。戦争中で、しかも城攻めの真っ最中なのだから、悲鳴が聞こえてくるのは当然だ。


しかし若兵が聞いたその悲鳴は、今までに聞いた事がない声だった。


「きゃあああああ!」

「逃げろおおおお!」

「ぎゃあああああ」


まるで鳥が断末魔を上げているような声だ。


これは味方の声なのか?しかし兵の数はこちらがかなり多いはず・・若い兵は声の聞こえてくる山道の先を、目をこらして見つめる。そしてそれは列に並んで登る秋月兵全員がそうだった。


「ぐわっーーー」

「ダダダダダダッ」

「ぎゃああああ」

「グシャ」

「ゴロゴロゴロゴロ」


耳を済ませると、悲鳴と共に多くの人間が走ってくる足音が聞こえる。そしてその奥から、地響きと共に、輪切りにされた巨大な木の幹が転がって来ていた。


 「ゴロゴロ ドシンッ ゴロゴロゴロ」


輪切りにされた木の幹は、今まさに秋月兵達が登っている小道を、秋月兵を踏み潰し、弾き飛ばし、潰しながら下に下に転がってくる。その速度はまるで獣のようで、転がってくると言うよりは、まるで突進だ。


「まずい!脇に避けろ!」


若い兵がその様子を唖然として見ていると、老兵がそう怒鳴りながら若い兵の体を引き寄せる。若い兵は腕を老兵に掴まれたまま、道を外れて斜面に転がった。


「ゴロゴロゴロ」

「ぐわああ」

「グシャ ドカッ」


木の幹はより勢いを付けながら小道を転がり落ちていく。若い兵は、自分が今の今までいた場所を木の幹が通り過ぎるのを震えながら見ていた。


「あ、危なかった・・・」


思わずゴクリと唾を飲み込む。立っていれば、間違い無く潰されていた。


「ドンッ ゴロゴロゴロ」

「ゴロゴロゴロゴロ」

「うあっ!」

「逃げろ!逃げろーーー!」


目の前を通り過ぎた木の幹は、更に下に下に転がり、秋月兵を踏み潰して行く。


なんとか触れずに避ける事が出来た兵もいたが、転がってくる木の幹は一つでは無く、一つ目が通り過ぎるとすぐに二つ目三つ目が転がってくる。


最初の木の幹をギリギリでかわした秋月兵達も、続く木の幹に巻き込まれる。


もし自分がそのまま突っ立っていたら・・


 「あ、ありがとう・・」


若い兵はそう礼を言いながら隣にいる老兵を振り返った。しかしそこで若い兵は、更に自分の心臓が跳ね上がる音が聞こえた。


「なっ?」


ついさっきまで隣を歩いていた老兵は、たった今自分の命を救ってくれた老兵は、目を見開いたまま、不自然な格好で地面に倒れていた。


腰を浮かし頭から地面に倒れている。まるで人形を空中から落としたようなその態勢だった。


そしてそのこめかみには、矢が水平に突き刺ささっていたのだった。

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