第12話 二日目ー大手門

 7月15日 昼 大手門


岩屋城攻防戦二日目は島津兵の雄叫びで幕を開けた。


太陽は既に高く昇っているが、昨日と違い雲が出ているため日差しは弱い。


ゆるやかな風も吹いて、座っていればつい寝てしまうような心地良さだが、この戦場に眠たそうな目をしている人間は1人もいない。


全員がそれぞれ己の役目を果たすために、大きく目を見開いていた。



「ガン!ガン!ガン!ガン!!」

「うおおおぉーーー!!」


太鼓を激しく叩く音がこだまする。昨日も太鼓は叩かれてはいたが、今日はまるで数が違うようだ。そして太鼓の音と共に、島津兵が雄叫びを上げながら前進を開始する。


「ザッ ザッ ザッ ザッ」


幾重にも重なった足音が大きく集まり地面を震わせると、まるで一つの生き物のように岩屋城へと進んでいく。


裏門には昨日と同じ秋月種実が、本陣三千五百人、前衛四千人と部隊を2つに分けて当たる。


昨日島津忠長が受け持った南側には、伊集院忠棟が一万三千人で向かい合う。


そして昨日伊集院忠棟が攻め寄せた大手門には、総大将島津忠長が龍造寺兵五千人、肥後兵五千人を含む総兵兵二万二千人で陣取った。


残りの原田などの筑前兵二千人は、島津兵三千人と合わせて岩屋城から距離を取って後方を固める。


「行け行け行けぇーーー!」

「「おおおーー!!!」」


まず大手門に殺到するのは、龍造寺兵だ。


龍造寺は肥前の大名で、2年前までは島津、大友と並び九州を三分した程の強豪だったが、2年前の沖田畷の戦いで圧倒的兵力差がありながら島津4兄弟の末子である島津家久に強襲され、当主の龍造寺隆信と軍の主力を討ち取られた。


その結果勢威は大いに落ち、僅か2年で島津の風下に立たされている。


とは言えその兵はまだまだ精悍であり、今回当主の名代として軍を率いた鍋島直茂も戦上手と名高い。


「よいか、無理に攻めずに、とにかく声を上げて城兵を休ませるな」


鍋島直茂は攻め寄せる前に兵にそう指示を出していた。その言葉通り、龍造寺兵は声の大きさの割に急がず慌てず、ゆっくりと大手門に前進する。


更に昨日と違うのは、わざわざ準備した盾を多くの兵が持っている事だ。


最も、全ての兵がきちんとした物を用意出来た訳ではないらしく、どこから持ってきたのか民家の扉を盾代わりにしている者、竹を切り縄で縛っている者もいる。これでは前進に時間が掛かってしまうが、それも作戦の内のようだった。


「よいか、とかく身を隠して門に近づけ!」


前線を指揮する部隊長が、自身も盾に身を隠しながら声を出す。兵達は城兵が撃つ銃撃を盾でしのぎながら前進した。


「バンッ バンッ バンッ」

「ガッガッ バシュ」


大手門に近づくにつれて霰のように降り注ぐ銃撃は、しかし龍造寺兵の持つ盾に防がれる。


まれに盾を突き破り、隙間をかいくぐって兵を殺傷する弾もあるが、その数は多くない。


「ふーむ。寄せ方が変わったのう。あの旗は龍造寺か」


戦況を見ながらそう言うのは、昨日に引き続き大手門を守護する左衛門である。


昨日は敵が無鉄砲に攻め寄せた為、全員に好きなように撃たせたが、どうやら今日は違うようだ。


このままでは大した打撃を与える事無く大手門の前まで近寄られてしまう。


「後ろに木槌は見えるか?」


左衛門が物見に尋ねると、後方の木に登った物見が答える。


「いえ、今のところ・・ややっ!後方に十人程で丸太を担いでいる者達がいます。その前に大きな盾を持った兵士が二十人!」


「やはりか。よし、配置換えじゃ!銃兵は中央に集まれ!槍兵は槍を置いて弓を持て!そして中央から左右に移動じゃ!」


左衛門がそう言うと、すぐに槍兵は槍を弓に持ち替えて左右に移動する。銃兵も大手門の内側に集まってきた。



「来たぞーー!」物見が叫ぶ。


城兵が持ち場を替え終わると同時に、後方にいた槌持ちが大きな盾に守られながら、大手門へと近づいてきた。


「槌は門の前まで引きつけよ!それまでは後方の兵を狙え!弓兵は頭上からじゃ!」


左衛門がそう指示すると、今まで最前線の龍造寺兵を狙っていた銃兵と弓兵は、盾で全身を守りながら近づく最前線の兵では無く、その後方に詰める兵士を狙い始めた。


「バンッ バンッ バンッ」

「ピューーン ピューーン」

「ぎゃあ!」

「痛え!」

「撃たれた!」


最前線で盾を構える兵とは違い、その後方にいる兵士は歩きながら前を見るために、盾から少し首を出している者も多く、あえてそこを狙った銃撃が効果を出す。


またわざと山なりに打たれた弓が頭上から降り注ぎ、矢が頭や腕に刺さる者、弓に気を取られて盾を頭上に持ち上げた結果銃撃を腹や足に受ける者が続出した。


「ちっ。慌てるな!数人でより固まって進め!」


前線を指揮する龍造寺の部隊長は舌打ちして指示を出す。


しかし指示通りに数人が寄り集まったせいで盾が邪魔になり、余計に歩く速度は落ちて兵士は混乱し始めた。


「パンッ バンッ バンッ」

「ピューーン ピューーン」

「うぐっ」

「ぎゃあ」


部隊長の指示で数人が寄り集まり盾を構えたおかげで、確かに死角は少なくなった。


しかしそれでも隙間を完全に無くすのは難しく、また矢は盾で防げても、距離が近づけば銃の威力は盾を壊していく。


結果兵士達は大手門にたどり着く前に足や腕に傷を負う者が増えだした。しかし木槌部隊はその隙に大手門へと近づいていく。


「今のうちじゃ!」


大手門に近づくにつれて木槌部隊の隊長は歩く速度を上げる。幸い、今の所木槌持ちもその盾兵も、1人として脱落していない。このまま大手門を打ち破れば、大手柄である。



「よし!盾を広げよ!」


やがて大手門の前にたどり着くと、盾兵は木槌の部隊を中心として、盾を目いいっぱい広げた。二十人で広げるとその盾の範囲は広く、中に入った木槌の部隊十人を覆う。


「いくぞーー!」


そしてすぐに隊長のかけ声で、木槌を担いでいた十人が、その木槌を大手門にぶつけ始めた。


「ガンッ   ガンッ   ガンッ」

「ギィ   ギィ   ギィ」


ぶつけるときに助走を付けるため、素速くぶつける事は出来ないが、木槌が音を立てて大手門にぶつかると、そのたびに門のきしむ音が響く。


この大手門は金造りではない。ならばあまり時間をかけずに門を破れるだろう。隊長はそう考えた。


実際、大手門は3度の突貫で既に何カ所かにヒビが入っている。


しかし、木槌部隊が4度目の突貫のために助走をしようとした瞬間、今まで龍造寺兵が聞いた事の無い、大量の銃声が大手門に鳴り響いた。


「ババババババババババババッ」

「ババババババババババババッ」

「ババババババババババババッ」


3度に渡って五秒ほどの間隔で鳴り響いたその銃声は、発砲音と同時に盾兵の持つ盾を吹き飛ばし、その中に隠れていた盾兵と木槌部隊の体を穴だらけにした。


150丁もの銃が、一度に大手門の前に集まる三十人に向けて放たれたのだ。全滅は必然ですらあった。


「してやられたか・・」


酷い銃撃が止み、同時に門を叩く音が途絶えると、龍造寺兵を指揮する鍋島直茂はそう言って目をこらす。


やがて集中銃撃による煙が風で流されて大手門の前が露わになると、そこにはたった数十秒前まで大手門に突貫していた三十人が、盾を投げ出し、木槌を落とし、体を折り重ねて倒れていた。


その体の下の地面は流れる血で染まり、まるで血の雨が降ったかのようだ。木槌部隊の側にいた龍造寺兵は、一瞬での木槌の部隊その変わりように身動きが止まる。


「撃てえ!」


するとそれを見越したかのように左衛門が再び号令を発した。一番最初に撃った火縄銃には既に新たな弾が込められ、左衛門の号令と共に身動きの止まった龍造寺兵をなぎ倒していく。


「バンッ バンッ バンッ」

「バンッ バンッ バンッ」

「ぐう」

「ぎゃっ」


いつの間に移動したのか、2度目3度目の銃撃はより広角から放たれ、正面に盾を構えていた兵を横から打ち抜いていく。


「くっ・・後続!木槌と盾を持ち直せ!」


もう少しで大手門を打ち破れると思っていた前衛の隊長は、敵が木槌部隊に効率的に集中放火を浴びせる為に、敢えて銃撃を抑え大手門の前まで自分達を誘導した事に気づいて激高し、再度突貫を命じた。


しかし目の前での集中放火を見た龍造寺兵は足並みが揃わない。


「早くせんか!」


盾に隠れて部隊長が何度も怒鳴り、ようやく数十人が大手門に向けて盾を持ち前進を始めた所で、鍋島直茂からの伝令が部隊長に届いた。


「なんと!退却せよと!?」


「ははっ。このままでは大手門は突破出来ぬ。一度立て直せとの仰せです」


「うぬぬ・・わかった!」


悔しそうに部隊長が了承した事を確認して伝令は鍋島直茂の元に戻って行く。部隊長はそれを悔しそうに見ると、すぐに撤退の合図を出させた。



大手門での攻防がひとまず終りを迎えた頃、伊集院忠棟が受け持った南側も苦戦を強いられていた。


「また討たれたじゃと?!」


本陣に腰を据えて報告を聞く伊集院忠棟の片腕は布で肩からキツく固定されていたが、それでも大声を出すと傷が痛む。しかし何度も来る苦戦の報告は、伊集院忠棟に何度も大声を出させずにはいられなかった。


「纏まって動けと伝えたはずじゃ!」


伊集院忠棟はそう言って伝令を問い詰める。バラバラに攻めたのでは人数差の利点が無くなる。そのため今日は最初からある程度纏まって攻めるように命令していたのだ。しかし伝令は悔しそうに釈明する。


「傾斜が急でどうしても登る内に分散してしまいます。またとかく上に登っていてもなかなか敵の陣にはたどり着かず、いつの間にか囲まれて襲われる始末」


「囲まれる?敵の数は少ないはずじゃ!」


「確かに多くはないのですが、四方の木に登り頭上から討ってきたり、いつの間にか後方に回り込まれたりと、被害だけが増えております。


山道も逆茂木や乱杭、道を塞ぐ倒木、落とし穴が無数に掘られ、酷く進みが遅くなっております」


「ぬうう・・・」


報告を聞いて伊集院忠棟うなる。昨日の事もあり、なんとか一番に南の陣にたどり着き占領したかったが、兵の半数を登らせているにもかかわらず、全く前進が出来ていない。


何より問題なのは、昨日は大手門というはっきとした攻略対象があったのに対し、今日は山全体がその対象である為、苦戦をしても効果的な作戦の変更が出来ないと言う事だ。


そもそも山に登れないのでは、人数を増やした所で味方が混乱するだけで、細い山道では元から人数差の利点が活かしにくい。


「ううぬ・・」


「鉄砲隊を上げますか?」


部下にそう進言された伊集院忠棟は暫し思案する。確かに鉄砲隊を上げれば、相手を威嚇出来、また倒す事も出来るだろう。


この時代、鉄砲はとても高価で、数を多く揃えることが出来るのは経済力に優れた大名だけだった。そのため、実際に独立した鉄砲部隊を組織出来たのは、近畿を中心とする大きな経済圏を支配下に置く織田、羽柴、明智、本願寺などの大名に限られた。


しかし何にでも例外があるように、これにも例外があり、鉄砲隊の傭兵として活躍した雑賀衆、根来衆は個人個人で鉄砲を所持していたし、九州の大名は南蛮や中国との貿易が盛んであった為に、多くの鉄砲を揃える事が出来ていた。


実際、島津兵も吸収した肥後や肥前、筑後の兵を除き、本国の薩摩、大隅の部隊は多くの鉄砲を所持できていたのだった。そして勿論、伊集院忠棟の指揮する部隊も、鉄砲を多く所持はしていたのだが・・


「いや、ダメじゃ。鉄砲を城兵に奪われかねん」


結局伊集院忠棟はそう答えた。多くを奪われれば、それだけこちらの被害が増えてしまう。


「そうですか・・」


「それよりも、休んでいる兵達に、盾を作らせろ」


結局、伊集院忠棟は正攻法で行く事しか思いつかなかった。


「盾ですか?」


「うむ。こうなっては1人1人敵を葬っていくしかあるまい」


「わかりました、では早速」


部下はそう言って、休んでいる半数の兵達を山に入れ、木や竹を切り倒させ始めた。

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