第10話 岩屋城攻防戦初日ー①


 翌7月14日 昼



雲一つ無い空から恐ろしい顔でのぞき込む太陽が岩屋城に集う人間達を熱していく。


時刻は真昼。いよいよ戦いが始まろうとしていた。



「よいか!我らは九州を統一せんとする島津軍じゃ!このような小城、一息にて踏み潰せい!」


 

「「おおおーーー!」」


大声で意気を吐くのは、大手門の前に集まった伊集院忠棟とその軍である。


伊集院忠棟の指揮する兵力は1万5千。その全てが島津の本拠地、薩摩の兵であり、正に精鋭揃いだ。


伊集院忠棟はその精鋭達の内、三千を後陣に残し、残りの一万二千全てを大手門攻めの為に集結させた。その言葉の通り、一日で落とす為に一気に総攻撃を仕掛けるのだ。


「久虎!」


「はっ」


鋭く伊集院忠棟に呼ばれたのは頴娃久虎(えいひさとら)である。


若くしてその勇敢さを買われ、伊集院軍の前衛を任されている。名が示すように、虎のようなしなやかな肉体と、左右に広がる髭をたくわえている。


「お主に前衛三千を預ける!大手門を突破せよ!」


「ははーーっ」


久虎は嬉しそうに頭を下げる。


こうしてまずは大手門を正面から久虎が、左右から伊集院忠棟が攻める事になった。


兵達はざりじりと動く太陽の熱気に当てられて、今にも飛び出さんばかりの様子で合図を待つ。


そして太陽が真天に登り切ったその時、伊集院忠棟の刀が振り落とされた。


 

「かかれーーー!」


「うおおおおお」


最前線で待ち構えていた久虎は、合図と共に勢いよく飛び出して先頭を駆ける。左手には鉄の盾、右手に刀を持ち、既に鬼の形相だ。


そして久虎につられるように前衛三千の兵が大手門に殺到した。


「進めーー!」


「「うおおおおーー!!」」


全速で走る兵達は大手門が見えても鉄砲の銃撃が無い事に気づき、速度を落とさずに走り続ける。


そのおかげて先頭は門まで残り100メートルの距離を、ものの十数秒でたどり着く事が出来た。


「飛びかかれーー!」


走りながら部隊長が怒鳴り声を上げる。既に目の前に迫った大手門からは、人の気配がしない。もしかして城方は無駄死にを避けるため、大手門を放棄して上に引き上げたのか?


久虎がそう考え始めたその時、雷の様な破裂音が大手門の上や大手門に開いた狭間から数百も折り重なって島津兵に降り注いだ。


「ババババババ」


「ピューーンピューーンピューーン」


爆発音と同時に兵達の体に弾が体にめり込む。


そこかしこで悲鳴が交差する。今まで身を潜めて居たのか、突然大手門の上や左右に鉄砲隊が現れていた。


「バシッ バシッ」


「ぐわああ」


「や、やられた!」


「うっ・・」


先頭を走っていた者は多くが地面に倒れた。その数は三十人を超えている。久虎は持っていた盾に救われたが、弾を避けるために走るのを止めてその場に這いつくばるしかなった。


「弾込めの間に突破せよ!」


銃が鳴り響いた後、すかさず部隊長達が声を上げた。通常なら、弾込めをして再び発砲するまで30秒はかかる。


その間に門に取り付けば良い。それに応えて剽悍な島津兵は、尚も地面に倒れた味方を飛び越えて大手門へと迫った。


しかし、門まであと30メートル程となった瞬間、先程と同じ銃撃が再び島津兵を襲う。今度も先程と同じように、先頭を走っていた兵が数十人、うめき声を上げながら倒れた。


「かかれ!かかれ!」


しかし部隊長は更に突撃の号令をかけ続ける。既に百人近くが倒れているが、今止めれば倒れた者が無駄死にとなる。ならば前衛の兵数は三千。その兵力差を持って押し切ろうとする。



「うおおお」


運良く2回の銃撃を生き残った兵達が、何とか門にたどり着く。勿論そのまま門が開くとは思っておらず、どうにか足を掛けて登ろうとする。



門の高さは3メートル、大きさがバラバラの石を積み上げて造られており、足を掛ける場所には困らない。島津兵は次々と石垣に足を掛けていく。しかし・・


「討て!」


かけ声と共に、今度は至近距離から矢が放たれる。今まで大手門の上で鉄砲を構えていた城兵はいなくなり、いつの間にか弓兵がその鋭い鏃を構えていた。


「バシュ バシュ バシュ」


「ぐふっ」


「うっ」


数メートルから降り注がれる矢の威力は絶大で、また至近距離ゆえ狙いを外す事が無く、全ての矢が島津兵の首や胸、顔に突き刺さっていく。


もう少しで大手門を乗り越えられるとこまで来ていた島津兵は、全て矢によって地面にたたき落とされた。



「くそっ!」


ようやく体勢を整えて再び突撃しようとした久虎は、その有様を見て躊躇した。


島津兵はなおも大手門に殺到しているが、門に取り付こうとする島津兵を城兵が次々と弓で叩き落とし、叩き落とし終わると弾込めを終えた鉄砲兵が、門にたどり着こうとする島津兵を撃っていく。そして何とか銃撃から逃れて門にたどり着いても、弓兵が出てくる。


その後も、久虎や前線の部隊長がなんとか大手門を破ろうと兵を鼓舞して突撃をくりかえした。しかし城兵の動きに乱れなく、同じ事が何度も繰り返され、島津兵は大手門の前でどんどん被害を増やしていった。


「引け!引けええ!」


たまらず久虎は退却の号令を出した。自身も盾を構えて後退していく。このままでは被害が増えるだけだ。埒が明かない。何か方法を変えねば。


号令が出ると今まで果敢に突撃していた島津兵も、脱兎の如く来た道を引き返していく。



「久虎!何とした事じゃ!」


陣の中央に立ち経過を見守っていた伊集院忠棟は、逃げ帰ってきた久虎を見つけて怒鳴りつける。何としても大手門を抜かなくてはならない。そのことは久虎も分かっているはずだった。


「申し訳ござらん!」


「一体どうしたのじゃ!」


「思ったよりも火縄銃の数が多ござる。このままでは被害は増すばかり」


「なに?大手門にもそんなに配備しておるのか?」


通常、守城戦は至る所から敵が侵入しようとするため、大手門といえ一箇所に大事な火縄銃を集中して配備する事は無い。


山城なら尚更だ。なのに大手門だけで大量に火縄銃の数が多いとすれば、この城には予想を超えて火縄銃があることになる。


「はっ。この大手門は幅がそれほど大きくないため、どうしても兵が密集してしまいます。これでは火縄銃の的でござる」


久虎は悔しそうに言う。確かに、岩屋城はその周囲の殆どを険しい斜面と無規則に生えた木々で囲まれ、剽悍な島津兵と言えど登れる場所が限られていた。


無理に登ろうとすれば時間がかかり、そこを頭上から矢で討たれ槍で突かれて行く。実際、伊集院忠棟は大手門の左右からも二千づつの兵に岩屋城を登らせようと命令していたが、状況は芳しくないようだった。


「伊集院様。これはじっくり攻めたが良いやも知れませぬ」


久虎はそう結論づけた。しかし伊集院忠棟はその進言を即座にはねつける。そして


「ならぬ!九州統一は時間との闘いじゃ!もう一度攻め寄せよ!」


と言って聞かない。久虎は仕方なく一度目と同じように再度大手門へと迫ったが、結果はまるで一度目と同じだった。




「ううぬ・・」


再び後退してくる味方を見て伊集院忠棟は唸る。このままでは島津兵は、5万の兵力で囲みながらもわずか数百の籠もる城すら落とせない弱い兵だと思われかねない。


それは今後の戦に与える影響を考えても、また己の誇りに懸けても絶対に許せない事だった。


「儂が出る!」


2度目の攻撃が失敗し、伊集院忠棟は自身で攻め寄せる事にした。側近の兵が何とか止めようとするが、伊集院忠棟は聞く耳を持たず、残していた兵5千と共に大手門へと攻めかかる。


「者共ー!かかれーー!」


「うおおおお!!!」


伊集院忠棟の怒号に五千の声が重なる。一度目、二度目よりも激しい雄叫びだ。



しかしその雄叫びは、大手門に近づくにつれて小さくなっていく。


走り出した島津兵が見たのは、数百の味方が大手門の前で折り重なるように血を吹き出して倒れている景色だったのだ。


このまま直進すれば、まだ息をしている味方すら踏み潰して行く事になる。その事に気づいた島津兵達の走る速度は遅くなる。


そしてそこに狙い澄ました様に破裂音が降り注いだ。


「「バババ バババ バババーーーン!!」」


「ぎゃあぁーー」

「ぐわっっ」

「うっっ」


速度が出ていない分、最初の銃撃よりも多くの兵が倒れた。しかし伊集院忠棟は止まること無く身を伏せながら鉄砲をかいくぐって前に進んでいく。


五千の兵は、躊躇しながら大将である伊集院忠棟に遅れるなと更に無謀な突撃を続けた。


「パパーーン パパーーン」


「ぐうう」


「ぎゃ!」


兵達は伊集院忠棟に遅れまいと必死に大手門に迫る。そこを城兵が面白いように狙い撃つ。殆どの弾が外れる事無く島津兵に当たるので、音が鳴るたびに島津兵が呻きながら倒れていく。


このままでは死体の山が出来るだけだ。一度引いた方がいいのではないか。勇猛果敢な島津兵すらそう思い始めたが・・


「パーーン」

「パーーン」


伊集院忠棟と部隊長が怒声を上げ続け、更に数百の島津兵が大手門の前に倒れた頃、城方の放つ銃声に勢いが無くなって来た。今までは折り重なっていた音が単発になり、揃えていた放つタイミングも、ただ撃てる時に撃っている感じだ。そしてそれを伊集院忠棟は聞き逃さなかった。


「銃の勢いが弱くなったぞ!この機を逃すな!」


伊集院忠棟がそう叫ぶと、島津兵は最後の力とばかりに足を奮い立たせて大手門に殺到する。


今までは1度に多くの兵が大手門へたどり着く事は出来なかったが、銃撃の勢いが弱まったせいで初めて多くの兵がたどり着いた。


勿論、島津兵が大手門を登ろうとすると城兵も弓兵が矢を放つが、島津兵の多さに全ては討ち落とす事が出来ない。やがて何人もの島津兵が大手門によじ登り、刀で弓兵をたたき落とし始めた。


このまま行けば、やがてよじ登った兵が大手門の裏に回り込み、裏から大手門を開けるだろう。そうなれば後は一気呵成に岩屋城の入り口を完全制圧出来る。伊集院忠棟がそこまで考えた時、僅かな油断が生じた。


「ギギィーー」


今まさに、多くの兵が奪い合っている大手門が、何と内側からその扉を開けたのだ。


それを見た伊集院忠棟を初め島津兵は、味方が大手門の上を制圧して裏から大手門を開けたと思った。これで初戦は島津の勝ちだと。


しかしその確信は直ぐに裏切られた。なんと開いた扉から出てきたのは島津兵では無く、黒い鎧で身を固めた城兵達だったのだ。


もうすぐ勝てると思い油断していた島津兵の虚を突いて、城兵は5人ごとに一組となって整然と長槍を揃え、突撃を開始する。


「エイ オウ エイ オウ」


「バキッ バキッ ドカッ グシャッ」


高く上げられた槍が、加速して島津兵に振り下ろされる。槍は島津兵の頭、肩、腕を叩き、砕いていく。そして抵抗が出来なくなった所で、その槍は島津兵の体を抉った。


「ぎゃっっ」


「うぐっ」


まずは大手門の前で入城を待っていた数十の島津兵が、殆ど抵抗出来ずにその槍先にかかった。


続いて出てきた城兵は、大手門に登っている兵を下から槍で突き刺す。


下から槍で刺された島津兵は、足を押えながら地面に落ち、そこでとどめを刺された。


それだけではない。尚も続々と出てくる城兵達は、隊列を組んでバラバラになった島津兵を圧倒していく。


本来、白兵戦なら日本でも有数の強さを誇る島津兵だが、まるで相手にならない。


隊伍を揃えて穂先を突き出していく城兵とは対照的に、島津兵は秩序なくバラバラになっていたからだ。


更にマズいことに、一度勝ったと思った状態から一八〇度たたき落とされ、混乱している。


そのため島津兵は組織だった抵抗が出来ず次々と討ち取られ、尚も出てくる城兵を見て、逃げ出す者も現れた。


「纏まって戦えーー!」


どうにか形勢の逆転を押しとどめようと、伊集院忠棟は叫び声を上げる。出てきた城兵に驚きはしたが、それでも歴戦の武将、現状を把握し、混乱を治めればまだ逆転は可能だと考えて必死に声を上げる。


実際に、兵力の差を考えれば死傷兵や逃げ出した兵達を除いても、出てきた城兵よりも大手門にいる島津兵の方が多い。纏まって戦えば、押し戻す事も可能なはずだった。


「皆の者見よ!大手門が開いておる!今こそ好機じゃあ!逃げずに戦え!」


伊集院忠棟は何度も大声を張り上げる。


「そうじゃ!ここで引いては島津の名折れじゃぞーーー!」


そしてその声に反応した部隊長達も、同じように声を張り上げた。


その重なる声に島津兵も、伊集院忠棟を中心に纏まり始める。大手門の前は出てきた城兵と伊集院忠棟を中心に纏まった島津兵が、真っ向から対峙する形となった。


「押し込むぞ!陣を整えよ!」


伊集院忠棟の声に、島津兵が慌ただしく移動を始め、あっという間に横陣が組み直された。複雑な陣では無く、ただ横に平たく並んだだけだ。しかしそのために並び直す速度は速い。


そして伊集院忠棟の「進め!」の声で、並んだ一五〇〇の兵が前進を開始する。


それに対し、一度出てきた城兵は城内に戻るタイミングを失った。島津兵の立て直しが早かったのだ。


無理に戻ろうとすると、扉の狭さから渋滞が起きて背中を襲われる事になってしまう。


城兵は即座にその事を把握し、大手門を中心に円陣を組んだ。そして穂先を島津兵に向けて待ち構える。


「おう!おう!おう!」


勇ましい声と、穂先と刃が交差する。あちこちでギィンと鉄が鉄を弾く音がこだまする。


兵の数は島津兵が圧倒的に多いが、島津兵が門を登るために槍では無く刀を持っていた事。それに対して城兵は全員が槍を持ち、間合いを制していた事から、簡単には島津兵は大手門に近づけない。


更に最初より数は減っているが、また大手門の上から鉄砲が放たれ始める。この為、島津兵は前方だけでなく上方にも気を取られ、一気に大手門をよじ登る事も出来ないでいる。


結果島津軍は一度盛り返した戦線だったが、戦況を膠着させてしまっていた。


しかし伊集院忠棟はその現状を見てほくそ笑む。なぜなら、島津には先程逃げた兵に加えて、最初に久虎と攻め寄せた兵がいる。


今は大手門から離れて様子を窺っているが、その兵達はもう現状に気づき応援に駆けつけるだろう。


そうなれば例え槍で守りを固めても、どうしようもない兵力差で圧倒出来る。伊集院忠棟はそう考えたのだ。しかし・・



「ドドドドドド」


背後から足音が鳴り響き、伊集院忠棟は喜んだ。どうやら早くも久虎が援軍を率いて来たようだ。これで大手門を突破できる。


そうだ、そのまま前進できるように道を空けさせる命令を出さなくては。そう考え、使い番を呼ぼうとして異変に気づく。


おかしい。近づいてくる響きに人間だけでは無く馬の足音も混ざっている。その瞬間、伊集院忠棟は血の気が引くのを感じた。


なぜなら、馬を城攻めで使う事は無いからだ。


馬に乗れば目立って鉄砲や矢の的になるし、何より城内には馬を活かすスペースが無い。もし馬の足音がするとすれば、それは・・


伊集院忠棟が振り返ると、そこには黒い鎧で身を固めた百人程の軍団が、まるで弾丸の如く自身に迫ってくるのが見えた。


先頭の馬に跨った三十人程は悪鬼のように見える。


「後ろじゃあああ」


瞬間、伊集院忠棟の悲鳴のような絶叫が響く。


しかし大手門に向かって集中していた島津兵は、振り向く事は出来ても後ろに防御陣を作る事が出来ない。


「ドドドドドド」


あっという間に迫る音が大きくなり、馬上の武者の持つ槍先が光るのが見える。


騎馬武者を先頭にした百人は、なんの躊躇も無く勢いそのまま島津軍の背中に突っ込んだ。


「ドガガッ」


「バキッ」


「ぐわっ!」


「敵だーーー!」


吶喊の声も上げずに突っ込んだ騎馬武者達は、勢いそのままに馬を躍らせ島津兵を踏みつけていく。


最初の接触で島津兵は、50人が戦闘不能になった。島津兵もなんとかかわそうとするが、兵の多さが裏目に出てまともに移動も出来ない。


更に今の今まで前方に集中していたため、多くの兵が状況の把握が出来ずにそのまま馬に踏まれ、蹴られて地面に倒される。


運良くその蹄から逃れても、更に後ろから迫ってくる歩兵の槍で貫かれる。そうして横陣の中央はあっという間に城兵によって蹂躙された。



「今じゃあ!討ち取れ!」


中央が蹂躙されると同時に、今度は大手門で円陣を組んでいた城兵が鬨の声を上げて島津兵を押し返し始めた。


数で勝っていても、後ろに気を取られていた島津兵はそのままズルズルと押され始める。やがて後ろからも槍を持った城兵が中央を突破してきて、島津兵は次々に挟み撃ちとなっていく。


「まだじゃあ!敵は少数じゃぞ!引くな!」


再び勝てると思っていたところから、再度混乱の渦中にたたき落とされた伊集院忠棟は、必死に味方を押しとどめようとした。


しかし島津兵は突然挟み撃ちに遭い指示系統が機能しない。場は混乱し、伊集院忠棟は右往左往する兵士の波に飲まれて地面に転がった。


あげく、張り上げた声を辿って伊集院忠棟の前に現れたのは、昨日大手門の上から申し訳無さそうな顔で自分を見下ろしたあの武将だった。

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