第9話 開戦前夜


7月12日朝


「全く、なんだったんじゃ!」


島津軍総大将、島津忠長の本陣に集まった伊集院忠棟は、いかにも機嫌が悪そうな声で怒鳴る。


大軍で岩屋城を囲んで重圧を掛け、弱気にさ和睦に向かわせる。そして出来れば、紹運を戦わずに取り込む。


そんな目論見だったのに、逆に夜中に鬨の声を至るところで聞かされた結果、移動で疲れていたにもかかわらず、島津軍は高橋軍の夜襲を警戒して、遅くまで眠る事が出来なかったのだ。


「やはり一筋縄ではいきそうにありませんな」


伊集院忠棟よりも先に本陣に来ていた秋月種実も、そう言いながら目をこする。


どうやら秋月種実も余り眠れなかったようだ。


そして眠そうな二人があくびをかみ殺して待っていると、髪の毛を濡らした島津忠長がやってきた。濡れた髪を手ぬぐいでごしごしと拭いている。


「どうされた?雨は降ってないじゃろう」


伊集院忠棟が尋ねると、島津忠長は元気な声で、


「眠気を覚ますために水浴びをしてきたのじゃ」


と答える。更に島津忠長は、


「お主らもどうじゃ?水を用意させようか」


と聞いてきたので、二人は目をしかめて断った。



 「さて、使者を送る話しじゃが」


髪を乾かした島津忠長は、床几に座って話し出す。伊集院忠棟と秋月種実も、用意された床几に座った。


「儂が行こう」


すぐにそう言ったのは、伊集院忠棟だ。忠棟は続けて理由を話した。


「使者とはいえ敵陣へ総大将に行かせる訳にはいかんじゃろ。それに風神とやらをこの目で見てみたいしな。良いじゃろ?」


「そうじゃのう。しかし間違っても挑発して相手の士気を上げるような事はあってはならんぞ?」


「わかっておるわい。儂としても無駄な戦は避けたい。城攻めは時間が掛かるしのう。秋月殿もそれでいいか?」 


「はい。私は高橋殿は苦手なので」


「そうなのか。ではせいぜいどのような男か見てくるとしよう」


こうしてまず島津軍は、伊集院忠棟を使者として出す事になった。目的は勿論、城の明け渡しである。




「頼もうーーー!」


本陣での話し合いから1刻後、伊集院忠棟は一人の従者を連れて岩屋城の大手門の前に来ていた。いつもの鎧姿とは違い、派手な肩衣に袴を付け、月代をそり上げている。


やがて伊集院忠棟の服装から島津軍の使者という事が伝わったのか、大手門が開いて鎧姿の男が出てきた。


「お待たせ致した。拙者、高橋鎮種が家老、福田民部にござる」


と言ってその男は頭を下げる。伊集院忠棟もすぐに頭を下げ、


「島津義久が家臣、伊集院忠棟にござる。お見知りおきを」


と挨拶をした。すると民部はあっさりと


「それでは伊集院殿、中へどうぞ」と促す。


警戒される事も無く城内に案内され多少拍子抜けしたが、伊集院忠棟はそのまま民部に従って大手門の中へと入って行った。



 「こちらへ」


少し歩くと坂道の手前に小屋があり、伊集院忠棟はその小屋の中に案内された。


どうやら上には登らせては貰えないようだ。もし岩屋城の内部を見れたらと思っていた伊集院忠棟は内心舌打ちしながら、それをおくびにも出さないようにして案内された小屋に入った。


小屋に入ると、既に奥に一人の武将が座っていた。見たところ三十半ばだろうか。穏やかな顔をしており、鎧を着ていなければ、僧侶に見えたかもしれない。その男は伊集院忠棟が小屋に入ると立ち上がり、先に挨拶をしてきた。


 「初めてお目に掛かります。岩屋城城主、高橋紹運にござる」


それを聞いて伊集院忠棟は驚いた。まさか城主自ら大手門まで来るとは思わなかったし、何より目の前の男が風神と呼ばれるような男にはとても見えなかったからだ。しかし伊集院忠棟は動揺を抑え、すぐに返事を返す。


「これは城主自ら。儂は島津義久が家臣、伊集院忠棟と申す。お見知りおきを」


「伊集院殿のお名前は筑前でも聞き及んでおります。お会いできて嬉しゅうござる。ささ、座ってくだされ」


にこやかにそう言うと、紹運は自分も先程座っていた床几に腰掛けた。伊集院忠棟も、紹運の前に置かれた床几に腰掛ける。両者は2間(約3.6メートル)の距離で向かい合った。


「改めて、ようこそおいでくだされた。本来なら茶でも入れたい所ですが、こんな状況ゆえまずはご用件を窺う事にしましょう」


突然大軍で城を囲まれたはずの紹運にあっさりと促され、伊集院忠棟は一度ゴホンと息をついて話し始める。


「拙者回りくどい話し方は出来ぬゆえ、単刀直入に申す。高橋紹運殿、どうか岩屋城を開城してくだされ」


紹運は面食らっていた。五万の軍勢で囲みながら、一度も攻める事無く開城の話しをするとは。島津といえば勇猛果敢さに定評があるが、思ったよりも慎重なのかもしれない。


しかしどちらにしろ、紹運ははなから開城する気など無かった。


「伊集院殿、それは・・


「いや、紹運殿。お聞き下され。戦上手は負けぬ戦を始めぬものにござる。ご覧の通り我が島津軍は、本国に加え肥前肥後、筑前筑後の軍勢合わせて5万を超えまする。


対して防備を固めたとは言え岩屋城は小城、籠もっている兵も一千程にござろう。これでは結果は見えてござる。


今なら、開城して頂ければこちらも譲歩する用意がござる。紹運殿を始め、誰1人死なせはしませぬ。どうかお考え下され」


伊集院忠棟は紹運の返答に割り込んで説得しようとする。風神と呼ばれる男が、思ったよりも優しげで組みやすしと思ったのだ。


もし戦をせずに名将と呼ばれる紹運を下す事が出来れば、自分の評価も上がる。勢い、伊集院忠棟は熱弁して最後に頭まで下げた。


すると紹運は、ううむと唸って、黙り込む。それを見た伊集院忠棟は、もう一押しと、言葉を重ねる。


「紹運殿。退くは一時の恥、引かぬは一生の恥という言葉もござる。どうかお命を無駄にされるな」


「うむ・・敵として対峙しているにもかかわらず、温かいお言葉を頂き、言葉もござらん。しかし、城に詰めている者は戦う気になっております・・故に暫しお時間を頂戴出来ぬでしょうか。こちらでも話合ってみます故」


紹運の言葉に、伊集院忠棟は何度も頷く。


「確かに、1度火が付けば中々消せぬもの。よろしい。では1日待ちもうそう。是非御決断下され」


「ありがたい。では、明日こちらから使者を出します。それまで攻めかかるのはお待ち下され」


「お約束致す。では、お待ち申し上げる」


伊集院忠棟は手応えを感じ、そう返事をして、床几を立った。


紹運は大手門まで伊集院忠棟を見送り、2人は最後に会釈をして別れた。




「殿!どういうつもりでございますか」


伊集院忠棟の姿が見えなくなると、早速民部が噛みついた。昨日あれだけ戦について盛り上がったのに、まさか戦う前から城を渡すつもりなのかと。


しかし紹運は詳しく答えず、民部に主だった者を全員山頂の本陣に集めるよう民部に言い渡した。一瞬顔をしかめた民部だが、すぐに皆を呼びにその場から離れた。


その後大して待つ事も無く、昨日と同じ面子が山頂の本丸に集まった。民部以外の者は使者が来たことも知らず、なぜ集められたのか分からない様子だった。



「殿、揃いましたぞ」


民部がそう言うと、紹運は先程島津から使者が来たこと。そして話した内容をそのまま全員に話した。途端にそれぞれが驚きの声を上げる。

その殆どが、先程怒っていた民部と同じ理由だった。紹運はそれを面白そうに見ていたが、やがて呆れた様に声を上げた。


「お主ら落ち着け。まだどうするか言っていまい」


しかしその言葉は火に油だったようで、


「殿!まさか降伏されるおつもりか?」


「殿!断固反対にござる」


「戦わず降伏するなど、武士の名折れにございますぞ!」


と、ますます声が大きくなる。いい加減紹運が大声を出そうと、腹に力を入れた瞬間、代わりに左京が大声を出した。


「皆の者落ち着かんか!殿が降伏されようはずがなかろう!」


その声はまるで雷の様で、山頂でなければ島津の陣までとどろくような迫力だった。


思わず先程まで声を出していた九人は言葉を無くした。その隙に紹運が、説明を始める。


「全く。左京の言う通りじゃ。儂が降伏などする訳あるまい!よいか、これは作戦じゃ」


その言葉を聞き、十人は次の言葉を聞くために息を潜める。


「よいか、この城は前々から準備をしていたとは言え、想定より島津が早く来たせいでまだ防備が完璧では無い。交渉で今日と明日くらい時間を稼げよう。その間に守りを固めるのじゃ」


「なんと、時間稼ぎにござったか!」


紹運の言葉にすかさず入道が反応する。他の者も頷きながら成程と声を出している。


「よいか、守りを固めるだけでは無い。偽りの降伏交渉に島津が気づけば、怒り狂って攻め寄せよう。そこを一網打尽にするぞ」


なんと紹運は、降伏の交渉に乗ったと見せかけて、守備と攻撃の両方で有利になるように考えていたのだった。


「わはは。これこそ紹運様よ。皆の者慌てすぎじゃ」


紹運の作戦を聞いた入道がそう言って笑うと、残りの九人も照れくさそうに頷いた。


「よし。では迎え撃つ作戦は明日伝える。皆の者、今日は島津を心配すること無く守りを固めよ」


「「ははっ」」


そして紹運の命令に十人は力強く頷いて、各自持ち場へと戻って行った。




翌7月13日


「遅い・・・」


本陣に置かれた床几の回りを、伊集院忠棟はせわしなく動き回る。時刻は既に昼を大きく過ぎ、朝から伊集院忠棟の本陣に詰めていた島津忠長や秋月種実は、自分の陣へと帰っていた。


伊集院忠棟は昨日紹運との話を終えて帰陣し、二人に紹運は下るつもりだと意気揚々と報告した。しかし二人は伊集院忠棟を訝しむ目で見た。その時は気にしていなかったが、もしこのまま紹運からの使者が来なければ、伊集院忠棟の面子は丸つぶれである。


「使者はまだ来ぬか?」


既に何度も何度も兵に尋ねている。しかし返ってくる答えは毎回同じで、一切使者が来る様子はない。


結局そのまま時刻が夕方を迎え、とうとう伊集院忠棟は待ちきれずに再び大手門の前へとやって来た。


「頼もうーー!」


今度は鎧を着て声を張り上げる。半ば騙された事に気づきながら、それでも伊集院忠棟は一縷の望みを捨てられずにいた。


「頼もうーーー!」

「頼もうーーー!」


何度も声を張り上げる。しかし昨日とは違い、脇の扉が開く気配は微塵も無い。


「高橋紹運殿―!早く降伏して下され!攻めかかりますぞ!」


とうとう伊集院忠棟は、半ば公然と脅しかけた。最も本人はそんな意識は無く、ただ約束を守って欲しい一心だったが。


勿論紹運は伊集院忠棟が大手門の前に来た報告を受けており、既に門を挟んで対峙している。


中々返事をしないのは、その方が伊集院忠棟は怒ると思っていたからだ。しかしあまり何度も降伏の話を大声でされると、籠もっている兵達の士気にも関わる。そう考えた紹運は、やおら大手門の上に立ち、伊集院忠棟に声を掛けた。



「これは伊集院殿。暑い中ご苦労さまにござる」


突然現れた紹運に驚きながらも、伊集院忠棟はなんとか平静に話しかけようとする。


「ややっ、これは紹運殿!いつからそこに!いや、それは良い。それよりも、昨日話していた降伏の件、どうなったのじゃ!」


しかし焦りは隠せず、結局怒気も強く問い詰める。


すると紹運は、申し訳なさそうな顔をして指で頬を書きながら


「あー、あれか・・。それがのう。皆と話したのじゃが、やはり武士として降伏するのは潔くない。


例え兵力に差があっても堂々と戦おうと言う事になってな。申し訳ないが、これより先は弓矢でお答え致す所存」と言い放った。


「な、なんじゃと!?さては最初からそのつもりじゃったのか!汚いぞ!」


紹運の言い訳を聞き終わると、伊集院忠棟は怒りの余り顔を真っ赤にして叫ぶ。


「まさかまさか!これでも儂は心を痛めてござる。故に伊集院殿にはお詫びとして手加減して差し上げる故、存分に攻めてこられよ」


「てかげ・・・・!!よかろう!島津の恐ろしさ思い知らせてくれる!」


謝りながら、尚も挑発的な物言いをする紹運の言葉に怒髪天を衝いた伊集院忠棟は、そう絶叫して踵を返した。その後ろ姿を、大手門から紹運は寂しそうな目で見ていた。



 伊集院忠棟が大手門から本陣に帰ると、本陣には島津忠長と秋月種実が待っていた。恐らく伊集院忠棟が紹運の元に向かった事を知り、今後の事を話すために集まったのだろう。


「申し訳ござらん!」


幔幕に入るなり、二人を見つけた伊集院忠棟は深く頭を下げた。


「紹運めに騙され申した!あやつ、初めから下る気など無かったに違いなし」


その声は荒く、怒りで震えている。


「でしょうな」


秋月種実は思わずそう言って、しまったと思った。しかし伊集院忠棟は秋月種実を見ること無く、悔しそうに唇を噛みしめる。


「まぁ、過ぎた事じゃ。それよりこれからじゃが」


「直ぐにでも攻めかかりましょうぞ!儂が大手門を受け持ち申す」


島津忠長の言葉を遮り、伊集院忠棟は即時の開戦を促す。しかし島津忠長は、ハッキリとした口調でそれを押しとどめた。


「ならぬ。もう暗くなる。開戦は明日じゃ」


「しかし!それでは二日無駄にすることになり申す」


「仕方有るまい。夜戦で城攻めは危険過ぎる。同士討ちの危険もある」


「し、しかし!」


「総大将としての命令じゃ!明日しっかり準備をして攻めかかる。全軍でな」


島津忠長は、言葉強くそう言って伊集院忠棟と秋月種実を見る。


「わかり申した・・・」


「はっ」


二人が返事をすると、島津忠長は明日の攻撃の受け持ちを指示した。


「攻め口は伊集院殿が大手門から。秋月殿は裏門から。儂は大手門の支援として南側から兵を登らせる。北側は沼地ゆえ兵は配置せぬ。城攻めの開始は日が真天に昇る時。遅れてはならんぞ」


「わかり申した」


「はっ。必ずや大手門を打ち破ってみせまする」


「うむ。羽柴が来る前に九州を統一せねばならん。明日一日で落とすよう、兵達にも申し伝えよ」


「はっ」


「ははっ」


「では、武運を祈る」


こうして島津軍は、翌日総軍でもって岩屋城を攻めることになった。


城方は紹運の作戦通り、丸2日も時間を稼ぎ、防備を固める事が出来たのだった




その頃岩屋城内では・・


連日の如く、紹運の小屋には十人と紹運が集まり軍議を開いていた。


小屋の中は熱気で溢れ、立っているだけで汗が滴り落ちる。明日には恐ろしい戦いが始まろうというのに、集まった十一人は、誰も暗い雰囲気を見せなかった。


「明日には全軍で攻めてこよう。準備はどうじゃ?」


紹運が尋ねる。


「終わりましてございます」


代表して答えたのは種速だ。


「作戦は分かっておるな?間違えるではないぞ」


「わはは。大丈夫でござる。何度も練習しました故」


「全く。恐ろしい事を考えなさる」


「殿が味方でよかったわい」


「そうじゃのう」


みんな、まるで作戦を実行するのが楽しみであるかの様子だ。


「敵は5万か、こちらは763名。1人当たり・・何人じゃ?」


「わはは。80人くらいじゃないか?」


「ふむ。それならいける気がするな」


「ワハハハハ」


紹運も皆と一緒になって笑う。みんな、まるでこれからもこの瞬間が続くと言わんばかりに。


しかし厳しい戦いは既に背中まで迫っていて、皆その事は十分わかっているのだった。



「紹運様!」


皆がひとしきり笑い終わった頃、兵が紹運達の元にやってきた。何やら怪しい奴を捕まえたと言う。


「島津方ではないのか?」


「いえ、それが紹運様とお知り合いだと・・義影と言えば分かると言っておりますが」


「義影!?」


その名前に紹運と刑部は驚いた。義影は先日城から出て博多に向かったはず。なぜここに?


「どうされますか?」


「う、うむ。ここへ連れてこい」


「はっ」


紹運がそう言うと、兵は直ぐに義影を連れてきた。汚れてはいるが、岩屋城を出た格好のままである。



「義影!どうしたのじゃ?」


義影が小屋に入ると、紹運は直ぐに声を上げた。戻ってくるにしても、あまりに時機が悪い。むしろ良く島津に捕まらなかったものだ。


「それが・・」


義影は理由を言いかけて言葉を止めた。小屋の中に入ると思ったよりも人が沢山居て、自分が場違いに感じたのだ。どうやら大事な話をしていたらしい。


「うむ。どうした?」


それでも紹運は、心配をしてくれている。なんとか戻ってきた義影だったが、早くもいたたまれなくなっていた。


「義影。お主、助太刀しにきたのか?」


上手く話せない義影を見て、代わりに刑部が口を開いた。数日間共に矢を作っただけだったが、一度城を出た者が、戦争が始まる直前に戻ってくる理由はそれしか無いと思ったのだ。


 「は、はい」


義影はその言葉を、弱々しく肯定しながら頷く。義影自身なぜ来たのかと聞かれれば、自信を持って言える答えは持っていなかった。


ただ博多に行く途中、何度も足を止めて岩屋城の方を振り返り、気づけば引き返していたのだ。


「そうなのか・・殊勝な事よ」


そう言うのは小屋を手配してくれた民部である。どうやら義影が戦に加わる事に、反対では無いようだ。


他の九人も、反対しそうには見えない。例え一人でも、籠城となれば人数は居た方が良いだろうし、なにより危険を冒してまで戻って来たことに感心しているのだ。


しかし、紹運だけは渋い顔をして、


「気持ちは有り難い。しかし、お主は大友家の家臣ではない。いや、そもそも侍ではない。命を懸けさせる訳にはいかん」と、義影の参加を認めなかった。


義影は、理由は自分でもわからなかったが、引き下がりたくなかった。だから必死に頼み込む。


「大丈夫です、恩返しさせて下さい」


そう言いながら義影は、今まで生きてきた中で自分から誰かに恩返しをしようと思った事がなかった事を思い出した。


「ならぬ。余りに危険過ぎる。せっかく助かった命、大事にせよ」


しかし、紹運の答えは変わらない。義影は何とか説得しようとするが、上手く言葉が出てこない。結局義影に出来るのは、ただお願いをして頭を下げる事だけだった。


「お願いします」


そう言って義影は頭を下げ続ける。


紹運は今まで見てきた、ともすれば気弱に映った義影とは違う、固い意志を持った義影に戸惑ったのか言葉を出さない。


2人とも、相手がどうすれば折れるのか思いつかなかった。


「しかし紹運様、今更この城から出しては、逆に危険ですぞ」


2人が言葉を無くしていると、右京がそう告げる。確かに、数百人が立てこもる小山を五万人が囲んでいる状況で追い出せば、見つかる確率は高いだろう。


そして見つかれば、間違い無く城内の情報を引き出すために捕まる。捕まった後の事を考えれば、追い出すより城内に留めた方がましかもしれなかった。


「ううむ・・しかし、戦いが始まれば、お主の身を守ってやるのは難しい」


「自分の身は自分で何とかします!」


「しかし義影よ。お主は戦いの経験はあるまい?」


「それは・・・」


義影が返事に困ると、左衛門が助け船を出した。


「紹運様、義影は矢を射つ事が出来ます。かなりの数の試し打ちをしておったので」


「試し射ち・・矢作りでか」


「はっ。なのでよろしければ、義影を我が部隊に弓兵として置く事をお許し下さい」


「・・義影。それでよいか?」


左衛門の言葉に、紹運は折れたようだった。今追い出す事の危険もあるが、最後は危険を顧みずに助けに戻った、義影の気持ちに応えたのだ。


「は、はい!ありがとうございます!」


共に戦う事を許された義影は、更に深く頭を下げる。


「うむ。では左衛門、・・よろしく頼むぞ」


「はっ」


義影は紹運の許しを得る事が出来、ほっとして胸をなで下ろす。そして助言してくれた左衛門にも頭を下げた。


 「んん。それでは皆の者待たせたな。作戦は伝えた通りじゃ。島津軍は明日夜明けから攻めてくるやもしれん。各自油断する事の無きようにせよ」


「ははっ」


十人が揃って頭を下げる。義影もそれを見て、少し遅れて頭を下げた。


「よし。では持ち場に戻れ。義影、お主は話があるゆえここに残れ」


紹運がそう告げると、十人は小屋の外に出る。すぐに小屋の中には義影と紹運の二人となった。




「全く、お主何を考えておる」


二人になり、紹運は改めて呆れた声を出した。


「すいません・・・」


再び義影は謝る事しか出来ない。自分が戦力になるなんて思っていない。迷惑になるのはわかった上で、戻ってきたのだ。


「ふふふ。まぁ、体が勝手に動いたのなら、それも生きている証じゃ。ここに至っては共に戦うしかない。死ぬ覚悟はあるんじゃろうな?」


「・・はい!」


「ならば、もうなにも言うまい。ただし一つだけ約束してもらう」


「はい」


「ここの城主は儂じゃ。儂の命令には必ず従って貰う。たとえどんな命令にもじゃ。約束出来るか?」


「・・はい!」


「よし。では左衛門の陣まで案内させよう。小屋の外の兵に聞けば連れて行ってくれる」


「わかりました」


「うむ。明日は朝から戦になる。しっかり休んでおけ」


「はい!あの・・・・ありがとうございます」


「・・なにがじゃ?」


「・・ここに居させて貰って」


「ふふふ。なあに、こんな死地に自ら入ろうとする変わり者は中々おらん。大事にせんとな」


そう言われて、義影はどういう顔をしていいか分からなくなった。確かに、変わり者と言われればそうなのだろう。


「全く、ここにいる者共は、変わり者ばかりで困ったものじゃ・・」


最後の方は聞き取れないような小さな声だった。言い終わると紹運は後ろを向いて、なにも話さない。


その背中を見て義影は頭を下げ、「おやすみなさい」と小声で言い、小屋を出て自分の新たな居場所へと向かうのだった。

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