第8話 島津軍襲来

7月10日早朝


義影は、外から聞こえてくる威勢の良いかけ声で目が覚めた。


小屋の外に出ると、白く薄い日差しが目に入る。まだ日は登り始めたばかりで、普段ならみんなぼちぼち起き始めたくらいの頃合いだ。


しかし今日は既に多くの人が起きて作業をしていた。


それは昨日、島津軍が来たと知らせが届いたからだろう。早ければ今日中に到着すると言う。


こちらは戦力的に籠城をすることになっているから、岩屋城周辺にあるもの全てを山頂に運んでいるに違いない。


自分が寝起きしていた小屋も今日中に解体されて運ばれ、山頂で新たに組み立てられて、立て籠もる兵たちの寝起きする所になるのだろう。


義影は振り返って先程まで寝ていた小屋を眺める。大して大きくも無いし、長い間住んだわけでも無いけど、自分の寝起きした家が無くなるのはどこか寂しかった。


しかしそれ以上に、ここを出ればもう今に戻ってこれない。そう思うと、何とも言えない気持ちに襲われた。



義影は顔を洗うと、荷物を纏めた。昨日配給されたけど食べれなかった晩ご飯のお握りと漬物を一緒に笹の葉に包むと、刀を持って小屋から出る。


挨拶は昨日している。刑部や成方にもしておきたかったが、この慌ただしさを考えると迷惑になるだろう・・


義影はため息を心の中で一つして歩き出し、門を出て岩屋城を振り返る。そして、深く頭を下げた。




同日、勝尾城前。


「忠長様!勝尾城よりの使者でございます!」


島津軍本陣に侍る門番が勢いよく告げると、幔幕の中から直ぐに「入れ」と返事があった。


門番はそのまま使者に付き添い、幕の中に入っていく。中には鎧を付けた武者が3人、横に並んで床几に座っていた。


「筑紫昌門でござる」


戦争中だが使者という役目柄、肩衣に袴という正装をしている武将はそう名乗った。


「島津忠長にござる」


中央に座る武者が返答する。左右の武者は、目を伏せたまま、わずかに頭をさげた。


「まずはお座りくだされ」


島津忠長はそう言うと、付き添いの侍に合図をして、床几を持ってこさせる。


筑紫昌門は用意された床几に座ると、落ち着いた声で話し始めた。


「この度は主人、筑紫広門の使いとして参りました」


「うむ」


「主人は、島津様と和睦を望んでおられます」


「和睦か・・」


「はい」


「既に支城は落ち、残すは勝尾城のみ。使者というから降伏の話しかと思っていたんじゃがのう」


島津忠長はそう言うと、顎を撫でた。確かに、この4日で勝尾城を残し4つの支城は既に落とされ、このままでは勝尾城落城も間近だった。


「申し訳ございませんが、和睦の使者として参りました。降伏ではございません」


しかし筑紫昌門はハッキリとそう言うと、島津忠長を見据える。その目には、未だ力があるように見えた。


「ううむ。しかしこちらとしては、和睦に応じる必要は無さそうじゃが・・勿論、降伏されるのなら、話しに応じるつもりなのじゃが」


島津忠長はそう言うと、口を閉じた。どうやら、この有利な状況で、名目上は対等と言える和睦に応じるのは納得がいかないようだ。


しかし勝尾城に籠もる筑紫側からしてみれば、降伏と和睦では天と地程の差がある。


降伏とは相手に全てを委ねる事が前提となる。


つまり、1度降伏で纏れば、誰が死ぬことが条件とされても、拒否できないのだ。場合によっては主立った者全てが皆殺しになり、残った者も追放となる可能性もある。それだけは何としても避けなければならなかった。


「確かに、確かに。このままでも勝尾城はいずれ落ちましょう」


筑紫昌門はそう言って頷く。ここからが使者としての、腕の見せ所だ。筑紫昌門は、何としても和睦を勝ち取る。そう心に誓い、話を続けた。


「島津様の戦ぶり、誠にお見事。こちらは鷹取城を始め、既に支城は無く、また兵も半減しております。元より圧倒的な兵力差、これではもう望みは無いでしょうな」


余りにも筑紫昌門がへりくだるので、最初は気分良く聞いていた島津忠長だが、いぶかしみ始めた。それは左右に座る2人も同じのようだった。


「今、勝尾城内は二分されております。和睦か、全滅を覚悟の徹底抗戦か・・・主人は何とか和睦を望んでおりますが、何しろ落とされた4つの支城の兵が続々と勝尾城に集まり、島津様に下ることは死んだ者達に申し訳が立たぬと声を大きくしております。このままでは城中もその勢いに染まりかねない状況でして」


筑紫昌門はそう言うと、わざとらしくため息をついた。


「成程。これ以上被害を出したくなければ手を打てと」


今度は島津忠長が、筑紫昌門の目を見据えて問いかける。


「・・いえいえ、それはもう島津様の御一存でしょう。ただ私としては、先日の鷹取城での戦いで多くの兵と、主人広門の嫡子、春門様が討ち取られております。故にこれ以上の死者を出したくない。その一心でございます」


「ううむ・・」


ここで初めて島津忠長が唸った。確かに、このまま力攻めをしても城は落とせるだろう。しかしどのくらい時間が掛かるのか、どのくらいこちらに被害が出るのか。それは守っている兵達の士気次第だ。もし籠もっている兵が、島津は若殿の仇と一丸となり、死を覚悟して抵抗すれば・・・。


「ううむ・・和睦の条件は?」


しばし悩んだ後、島津忠長が改めて尋ねた。


それを聞いて筑紫昌門は心の中で、ほっとため息をつく。


「全員の命を助けてくだされば。それだけでございます」


それを聞いて島津忠長は改めて思案する。しかし今度は、間を置かずに答えを出した。


「・・・よかろう。和睦、受け入れよう」


「ありがとうございます」


「ではこちらの条件じゃ。まず、筑紫広門殿には、人質になって貰う」


「はい・・・」


「そして残った兵達は、これから我が軍と共に戦って貰う」


「それは・・・余りにも・・」


筑紫昌門は思わず口を挟んだ。和睦の条件として、人質を取る。これは現状を考えれば仕方のない事であり、主人の筑紫広門とも事前に話している。


しかし、兵達に今まで殺し合いをしている島津と共に戦えと言うのは、余りにも酷だった。


何より人質を取られれば、どんな戦場に送り出されようとも断れない。まさに死地に赴く事になる。これでは、降伏と殆ど変わりがない。今度は筑紫昌門が悩む番だった。


「この条件が呑めないのであればやむを得ぬ。攻めかかるまで」


島津忠長はそう言うと、腕を組んで口を閉じた。この条件は一歩も譲らない。その意思表示だった。それを見た筑紫昌門は、逡巡したが、やがてうなだれるように答えた。


「わかり申した。和睦の件、よろしくお願い致します」


それを聞いて島津忠長は手をパチンと叩き、立上がって門番に命令した。


「よし。皆に触れよ。和睦じゃ。これより戦いを仕掛けた者は罰する」


それを聞いた門番は直ぐに外に駆け出した。


やがて外から、エイエイ オーと、かけ声が聞こえてくる。


「それでは昌門殿、1刻後に城を受け取りに参らせて貰う。よろしいか?」


「はっ。よろしくお願い致します」


島津忠長の問いにそう答えた筑紫昌門は、力の無い足取りで城へと戻っていった。




 「忠長殿、わざわざ和睦せずとも、攻めかかればよろしいではありませんか」


筑紫昌門が帰って直ぐに、島津忠長の隣に座っている伊集院忠棟は不満そうに尋ねた。


伊集院忠棟は島津軍の副将で、数々の戦場を経験してきている好戦的な武将だ。


「確かに、力攻めでも落とせよう。しかし時間が掛かるやも知れぬ」


島津忠長は、なだめるように答える。


「あんな小城、1日で落とせましょう」


「いや、士気が高ければ思わぬ苦戦をするやも知れぬ。何より、我らの目的はあんな小城ではない。それは忠棟殿もわかっていよう」


「それはそうでござるが・・・」


「我らの目的は九州の早期統一。その後の事まで考えれば、敵は少ない方が良い。ましてや、こちらは先日筑紫広門殿の跡取りを討ち取っておる。ここで和睦せねば、全滅させるまで戦うしかなくなるやもしれん」


「・・・」


「今和睦をして人質を取れば、今後の反乱も抑えられよう。こちらの被害も少なくて済む。一石二鳥じゃ」


「・・わかり申した」


理詰めで説得されて伊集院忠棟はそう返事をしたが、まだどこか不満そうだ。


「うむ。では忠棟殿、城の受け取りをお願い致す」


「はっ」


総大将の命令に伊集院忠棟は渋々頷いて、着替えのために幔幕から出て行った。



その後一刻して伊集院忠棟は城に向かい、城主の筑紫広門と和睦を誓い合い、無事に人質として筑紫広門本人を伴い再び陣中に帰ってきた。


ただ一つの誤算は、城にいたはずの兵士達が既に大勢逃亡していた事であった。これでは戦力として計算することは難しい。


しかし和睦の条件として、残った兵達と言っていたため、そのことについて責める事は出来なかった。


島津忠長は最後に筑紫広門に上手くやられてさまったのであった。



その後島津忠長は、連れ帰った筑紫広門を久留米に送り、再び3人で幔幕に集まっていた。そこで伊集院忠棟は悔しそうに「あの使者に上手くやられもうした」とうめいた。


状況も交渉もこちらが有利に進めていたはずなのに、筑紫広門はこちらが出した言葉を言質として利用し、兵達を先に逃がしていたのだ。これでは、次の戦で筑紫勢には期待出来ない。


「確かに。しかし筑紫勢を当てにせずとも、既に兵力は十分揃っていましょう」


そう言って慰めるのは、筑前に本拠を置く秋月種実である。今回秋月種実は、八千もの兵を連れて参戦していた。


「それはそうでござるが・・」


「そうじゃぞ。何より当主を人質として取っておるのじゃ、いざとなればどうとでもなるわい。そんな事より、これからの事よ」


島津忠長はそう言って、机の上に置かれた地図を叩く。その地図には、北部九州の城や町が載っていた。


「次は岩屋城ですな?」


秋月種実はそう質問する。


「うむ。岩屋城を制圧し、宝満城と立花山城を落とせば、博多を抑える事となる。さすれば小倉に押し出す事も可能になろう」


島津忠長は力強く頷いた。


「であれば、最初の岩屋城にはあまり時間を掛けたく無いですな」


「うむ。秋月殿は確か岩屋城を攻めた事がおありだとか?」


「はい。数年前になりますが、大した城ではござらん。それほど大きくも無い山に造った山城でござる」


「ならば、全軍で攻めれば時間は掛からんな」


「しかし・・」


そう言って秋月種実は口ごもる。


「しかし・・なんじゃ?」


「岩屋城の城主は、高橋鎮種殿でございます。今は出家して紹運と名乗っているようですが」


そう言うと秋月種実は難しい顔をした。


「高橋鎮種・・名前は聞き覚えがあるな」


「厄介な相手でござる」


「戦上手なのか?」


「はい。まさに歴戦の勇者と呼ぶにふさわしいかと」


種実は忌々しそうに褒める。


「ほう。それなら倒すよりも味方に加えたいのう」


島津忠長はその様子に感心して頷いた。


「いや、無理でござろう」


しかし秋月種実はハッキリと否定する。


「なぜじゃ?」


それを聞いて伊集院忠棟は問いただす。


「高橋鎮種は、正に忠勇の士。これまで幾度儂が誘っても話しすら聞こうとしないのです。儂だけでなく、龍造寺や毛利からも同じように誘われたとか」


「ふうむ。今の世に珍しい。大友は立花道雪殿が無くなって名将は絶えたと思っておったが」


立花道雪とは大友家屈指の武将で、九州はおろか東日本にまでその名を轟かせた名将である。


若い頃から死ぬまで幾多の戦場をほぼ負け無しで駆け回り、雷に撃たれ半身不随となってからも、雷を迎え切りしたという名刀、雷切を手に輿に乗り、戦場に出続けた。


未だに主の大友宗麟や義統から、道雪が生きていればといわれるほどの武将である。


「その道雪殿から薫陶よろしく、大友の後を頼まれたのが高橋鎮種殿にござる。筑前では道雪殿の雷神にちなんで、高橋鎮種殿は風神と呼ばれております」


「そうか・・その様な人物なら、余計に島津に欲しいな」


「大仰な呼ばれ方じゃのう。風神とはなんじゃ?風でも操るのか?」


半ば馬鹿にしたように聞くのは伊集院忠棟である。どうやらまだ機嫌は直っていないようだ。


「いえ、さすがにそれは無いかと。ただ、まるで風のように現れて去って行く。そのような人物だと」


それを聞いた伊集院忠棟は、首を傾げる。


 「じゃが、どちらにせよ岩屋城は落とさねばならん。明日全軍を持って岩屋城に移動するぞ」


総大将である島津忠長の言葉に、2人は頷いた。


「この大軍が来るのを見れば、風神と言えども逃げ出すんじゃないのか?」


「そうであれば有り難いですが・・」


どうも、伊集院忠棟は楽観的で、秋月種実は悲観的のようだ。これは気をつけなければ。島津忠長は、そう心の中で思った。




 翌11日。島津軍は全軍で筑前太宰府へと移動を開始した。距離はおよそ4里。急がずとも半日の距離だ。


しかし大軍の性質上、通れる道が限られるし、到着してからの混乱を治める時間も必要になる。そのため、到着その日は戦はせず、陣割りに費やすことになる。


結局島津軍が全軍岩屋城を大きく囲む様に到着したのは、11日も夕暮れ時だった。


「中々険しい山じゃなあ」


「全く。道らしき道が無いではないか」


大手門の手前で愚痴をこぼすのは、総大将島津忠長と副将の伊集院忠棟だ。2人は部下に陣割りを命じて、直ぐに岩屋城の周りを見て回った。円形と言うよりは三角形の山は、一辺ががおよそ半里ほど。やはり大きな城では無い。


しかし山際から勾配が激しく、木が密集して生い茂り、簡単には進むこともできそうに無かった。


「何人くらい立て籠もっておるんじゃろな」


そう言って島津忠長は山の上を見上げる。ここからは見えないが、山城であるならそれ相応の防備が施され、それに見合う人数がいるはずだった。


「おっても千人ほどじゃないか?」


伊集院忠棟はそう返事をする。しかし島津忠長は難しい顔のまま、腕を組んでいた。


「やはり高橋紹運は入っておるようですな」


遅れてやってきた秋月種実がそう告げる。


「そうなのか?」


「はい。付近の者に聞いた所、ここ最近城の者達が補修や荷駄の運び込みを盛んにしていたらしく、その中に高橋紹運本人もいたとの事」


「よく素直に教えてくれたのう」


「勿論半ば脅しはしましたが。まぁ、やはり、ですな。私も高橋紹運が城を放棄するとは思えませぬ」


「ううむ・・どうにか力攻めは避けたいが」


「使者を送りますか?」


「実際の兵の多さを見て和睦に乗ってくるかのう?」


「何を弱気な!まずは明日、ひと当てしてみましょうぞ。存外、城の者達も我が軍の人数に恐れをなしているやも知れませぬ」


伊集院忠棟はそう言って気を吐く。しかし総大将の島津忠長は、結局翌日に使者を送る事に決め、兵達を休ませた。出来れば高橋紹運を味方に付けたいという下心もあった。




その頃岩屋城内では・・



「全く、凄い数じゃ・・」


山頂の本丸広場で紹運の隣に立ち、岩屋城下に雲霞の如く広がる島津軍を見て声を上げるのは吉田左京連正である。


その背後には、紹運配下の武将、屋山種速、福田民部、成富左衛門、土岐大隅、村上刑部、伊藤惣右衛門、高橋越中、三原入道、弓削了意らが付き従っている。


みんな声には出さないが、目に映る島津軍のその数の多さに圧倒されている。


「うーむ・・思ったよりも少なくないか?」


しかし紹運は、わざと大声でそう尋ねた。勿論、右京を含めた十人は驚きの目で紹運を見る。


「儂らが立てこもっておるんじゃぞ?落とすには十万は要るじゃろ」


しかし紹運は気にすること無く、そう言い放った。それを聞いて付き従う十人は吹き出した。


「わはは!確かに!」


「全く!これでは物足りませんぞ」


「島津も案外大した事ありませんな!」


「早速夜襲でも掛けますか!」


まるで強風が吹いたかのように一気に雰囲気が変わる。先程までの思い空気は無くなり、みんなどこか楽しそうだ。


「ワハハ。夜襲ははしゃぎすぎじゃ。移動で疲れておろう。今日くらいは休ませてやろうぞ」


紹運がそう言うと、夜襲を提案した民部も「それもそうですな」と笑いながら返事をした。


「明日、いきなり攻めかかってきますかな?」


ひとしきり笑いが収まった頃を見計らって、大隅が尋ねる。


「そうじゃのう。あちらは急いでおろう。用心しておくに越したことは無かろう」


「では今日中に配置を決めて、それぞれその近くで眠りを取らせますか」


「うむ。どちらにしろまだ深くは眠れまい。そうしよう」


「では配置を」


「うむ。皆、儂の小屋に」


紹運の言葉に促され、十人は小屋に入る。紹運の小屋は大きめに作られていたが、それでも十人も入ると狭い。必然、机の回りを立って囲む事になる。


「これを見よ」


全員が小屋に入ると、紹運は早速机の上に岩屋城の地図を広げた。


「まず、儂は本丸に詰める。本丸下の腰曲輪には左京、二の丸には民部が詰めよ」


そう言って紹運は、指示している場所を地図で指し示す。


「はっ」


「わかり申した」


「大手門には左衛門、水の手には惣右衛門じゃ」


「はっ」

「はっ」


「裏手の西戸は入道、北戸は了意」


「はい」

「ははっ」


「後に一番敵が殺到するであろう二の丸下の曲輪には、種速、大隅、刑部、越中が詰めよ。ただしそれまでは、各自敵が寄せてくる場所に加勢せい」


「ははっ」


小屋の中の十人はそれぞれ持ち場を確認し、何処を重点的に守るか、思案している。それを見た紹運は頼もしそうに頷いた。


「殿。お願いがございます」


配置が終わると、右京が口を開いた。


「なんじゃ?」


紹運は不思議そうに惣右衛門を見る。惣右衛門が紹運に何かお願いする事は珍しい。


「先程殿は本丸に詰めると仰せられた。その言葉通り、なるべく本丸にいてくだされ」


「なっ・・いや、しかしじゃ


「殿!」


「な、なんじゃ」


「これは籠城戦にございますぞ。いつもの如く、軽々に出られては困ります」


この惣右衛門の言葉に、民部や入道が力強く頷く。


「し、しかし、皆が戦っておるのに儂だけ座っておくわけにはいかんぞ」


紹運は必死に反論する。


「勿論、苦戦している場所があれば助けに行ってくだされ。しかしいつもの如く戦場を気ままに動かれては困るのです。敵は殿を狙ってきます。万が一殿に何かあれば、この城は持ちませんぞ」


惣右衛門のこの言葉に、今度は十人全員が頷いた。確かに、紹運は気ままに見える程、戦場を予測不能に好き勝手動き回る。


勿論それは戦う上で敵の急所を突いたり味方を助けるためだったりするのだが、余りに予測が出来ないために味方すら混乱に落ちる事が多々あったのだ。


「いいですな」


惣右衛門は背後の同意を感じたのか、更に紹運に詰める。紹運は何とか逃れようとしたが、惣右衛門の後ろの九人も同じような目で紹運を見つめていたため、仕方なく了承した。


「わかったわかった。作戦と火急の時以外は本丸に詰めよう。その代わりお前達、奮戦してくれるのであろうな?」


この交換条件のような問いかけに、十人はそれぞれ犬のように吠え返した。


「無論でござる!」


「お任せあれ!」


「一兵たりとも通しません!」


「高橋家の意地を見せてやりましょうぞ!」


その余りの勢いに、煽った紹運もたじたじになり、両手を広げて落ち着かせる。


「よ、よろしく頼む。そうじゃ、皆に酒を振る舞うとしよう」


そう言うと紹運は、小屋の外にいる兵に器と酒を持ってこさせた。


そしてそれぞれが手に持った器に、紹運自ら酒を注いでいく。やがて紹運含め十一人全ての器に酒が満たされると、紹運は10人の顔をぐるりと見渡してから自分の器を高く上げ声を張る。


「皆の者!気合いを入れていくぞ!」


その言葉に、十人は即座に反応した。


「おおーーー!!!」


全員が器を高く上げ、そして一気に飲み干す。全員、顔が赤い。それは酔いの為では無い事は、皆わかっていた。



 その後、岩屋城にいる全ての兵にも鬨の声を上げよとの命令と共に酒が振る舞われた。


結果、夜にもかかわらず岩屋城のそこかしこで鬨の声が上がる。


その為、回りを囲んでいる島津軍は夜襲があるのかと、寝付けぬ夜を過ごす事となったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る