第7話 風雲急

 

 初めて矢を作ってからの数日間、義影は毎日のように山頂の小屋に通い、羽の取り付けから試し打ちまでこなすようになった。


 試し打ちも、最初はまともに弓を引くことも出来なかった義影だが、刑部と成方に数日がかりで教えてもらい、どうにか真っ直ぐには矢を飛ばせるくらいにはなっていた。


 矢作りをしている最中にも、山頂と隣の少し下がった広場(二の丸と呼ばれていた)では木の伐採が続けられ、小屋がどんどん追加で建てられていく。


やがては数百人がここで寝起きするのだろうか。井戸も近くにあるし、戦争の為じゃ無ければ、まるでキャンプ場のようだと義影は思う。


 最も、建てられていく小屋の半分は倉庫になっていて、作った弓矢だけでなく、槍や刀、食糧、そして大事そうに鉄砲と火薬、弾まで備蓄されている。


前の時代では身近に鉄砲なんて無かったから意識した事はなかったけど、この時代の鉄砲はかなり貴重品らしく、高価な物らしい。


それでも戦争には必需品なようで、岩屋城には200丁程の数が揃っていた。


 また小屋を建てるのと同時並行で、岩屋城の要塞化も進んでいるようだ。ひっきりなしに山道の木を切り倒し、また柵を植え付ける音が聞こえてくる。


山頂にも太い木を組み合わせて、高さ10メートル程の櫓が建てられた。一度紹運に勧められて登ってみると、まるで展望台のようで、とても気持ちが良かった。


 名前からして岩屋城は、最初は秘密基地の様なイメージだったが、ここまで準備すれば、攻め落とすのはかなり困難じゃないだろうか。


戦を知らない義影だが、そう自信を持って言える思えるほど、岩屋城の防備は固くなっていった。




 7月9日、義影はこれからの事を話す為に、手伝いを終えてから山頂に建てられている紹運の小屋を尋ねた。


 義影が尋ねると、紹運は机に置いた岩屋城の図面を見ながら考え事をしていた。少し躊躇したが、思い切って声をかける。


「すいません紹運様。今よろしいですか?」


紹運はすぐに義影に気づき、中へ招き入れた。


「なにかあったか?」


この人はいつ話しても優しく答えてくれる。


戦国時代の侍の大将なんて皆荒々しいものだと思っていたけど、この人には当てはまらないようだった。


しかし風神と呼ばれる事もあるという。一体どんな感じなんだろう・・一度だけその姿を見て見たいと思う義影だった。


「これからの事でちょっと・・」


義影がそう言うと、紹運は見ていた図面を閉じ、床几に座るように促した。


「そうか。足の具合は?」


紹運はそう言って座った義影の足を見る。


「はい。最近の山登りのおかげで、怪我する前より丈夫になりました」


「ワハハ。この山はでこぼこで歩きにくいからのう。それは良かった。・・じゃあ、もうここから出るのか?」


「はい・・」


これからどうするか、義影はずっと悩んでいた。


まず決めたのは、なるべく生きていこうという事だった。


そもそも死のうとした理由は、タイムスリップする前の世界で死にたくなったからだ。


しかしまだ日が浅いとは言え、今いるこの世界で死にたくなった事は無い。


なら、死ぬ理由もないんじゃないだろうか。義影はそう結論づけた。


問題は生きようとして生きれるのか、だった。


「どうするんじゃ?ここを出てから」


「博多に行こうと思います」


「博多か・・・」


なるほど。と紹運は頷いた。博多は岩屋城から北に3里程、歩いても半日かからないくらいの距離だ。


海に面していて、船を通して様々な商いが行われている。町の規模も大きく、何かしら職に就ける可能性も高い。


「何が出来るかわかりませんけど、出来る事をしようかと」


「そうか・・そうじゃな。博多はいろんな国の船が来ておる。いろんな出会いもあるやもしれん。何より戦火に巻き込まれにくい。それがいいかもしれんな」


「巻き込まれにくいんですか?」


もしそうなら有り難い。しかしなぜだろう?


「商業都市は武士からすれば金の成る木じゃからな。いちいち焼くより、上納金を取った方が効率が良い」


「なるほど・・」


ヤクザのみかじめ料みたいだ。


「それに硝石や生糸は港が無いと手に入らんからのう」


「硝石ってなんですか?」


「火薬の元じゃ。無いと鉄砲も役に立たん」


そういえば、日本では火薬の材料が揃わないと聞いた事がある。硫黄は温泉があるとこなら取れそうだけど、硝石は日本では取れないのか。


「そうだったんですね。じゃあ博多にいれば安全ですね」


「まあ、実際に焼くかどうかは侵入者次第じゃが。道中も北へ向かうなら問題ない。南に下ると島津と鉢合わせするかもしれからな」


「それは怖いですね・・あの、紹運様もいずれ博多に来られますか?」


「そうじゃな・・戦が終われば顔を出そう」


「じゃあ、先に行って待ってます!」


「うむ。そうじゃ、博多の商人に神屋宗湛という者がおる。困ったら尋ねてみると良い。儂の紹介と言えば力になってくれよう」


「ありがとうございます。ホントにお世話になってばっかりで・・・」


「ワハハ、気にするな。義影は侍じゃないのじゃ、命を賭ける事は無い」


「はい・・・」


「いつ出るのじゃ?」


「こちらの作業が一段落したら出ようかと。まだ幾つか自分にも出来る作業があるみたいなので」


「わかった。じゃあもう少し頼むとしよう。そうじゃ、ちょっと待っておれ」


紹運はそう言うと、部屋の片隅まで歩き、箱から何かを取り出した。


「これをやろう」


そう言うと、義影の前に静かに刀を置いた。それは、漆黒の鞘に収められた、本物の刀だった。


「これは・・」


「抜いてみよ」


義影はそう促され、刀を手に取る。思ったよりも軽い。鞘も鉄では無く、木で出来ているようだった。


義影はその手に持った感触を確かめ、そしてゆっくりと鞘から刀を抜いていく。


「おぉ・・・」


思わず声が出た。血の痣が付いて赤黒くなった柄とは真逆に、磨かれて鏡のような美しさを見せる刀身は、まるでそれ自体が光を放っているかのようだった。


なだらかな波紋はまるで雪のように白い。義影はその美しさに少しの間見とれていた。


「・・気に入ったか?」


刀を手に沈黙した義影に紹運が声をかける。義影はそれに気づいて、慌てて返事をした。


「あ、はい!すいません。でも・・・いいんですか?」


義影は思わず聞き返す。刀の事はわからないが、この刀は安物では無いんじゃないだろうか?


「うむ。侍じゃないとはいえ戦国の世だ。用心の意味もある」


「あ、ありがとうございます・・」


義影はそう言うと、また目線を刀に移してまじまじと眺める。また少し、義影は自分の世界が変わった気がした。


「ふふふ。気に入ったようじゃな」


刀に見とれる義影を見て、紹運は嬉しそうに笑う。それに気づいた義影も。照れくさそうに笑った。




 「紹運様―――!」


二人が刀について話していると、外から野太い声が聞こえた。突然空気を震わせたその声に、義影は思わず体をびくつかせる。


「ここじゃ!」


紹運がすぐに大声で怒鳴り返すと、小屋の中に男が駆け込んできた。


「どうした、平兵衛」


平兵衛と呼ばれた男を義影は見た事が無かったが、その慌てようは何か大事があった事を確信させた。


「島津です、島津軍が来ました!」


平兵衛はそう言うと、ゼイゼイと息をついた。

恐らく急いで山頂まで走って登ってきたのだろう。足や腕に草が巻き付いている。


「落ち着け平兵衛。何処に来たんじゃ!?」


紹運も緊迫した声で聞き返す。


「勝尾城です。勝尾城に昨日から攻めかかっておると!」


「勝尾城じゃと?」


紹運は驚きの声を上げた。義影が紹運のそんな声を聞くのは初めてだった。


「はい!勝尾城では余り長く持たぬでしょう。どうされますか?」


恐らく、このどうするかという問いは、想定よりも早く敵が寄せてくる事がわかり、予定通り籠城するか、又は別の場所に引き上げるかという意味だったと思う。


義影は敵が押し寄せてくることが分かっていながら(最も、敵に遭う前に避難する気ではあったのだが)、実際にその報告を聞くと一気に恐ろしくなった。


「迎え撃つ!皆を大手門に集めよ!島津は明日明後日には来るぞ!」


しかし紹運は一切の躊躇無くそう答えた。平兵衛は「ははっ」と言って頭を下げると、入ってきた時と同じ素早さで小屋を出る。恐らく、皆を呼びに行ったのだろう。


義影はそれをただ呆気にとられて見ていた。



 平兵衛が去ると、紹運は義影に向き直った。


「義影」


「は、はい」


「残念じゃが明日の早朝にここを出よ」


突然、紹運はそう告げた。


「早ければ明日の夕方にも島津が押し寄せる。来てしまえばここを出れぬ」


紹運の有無を言わせぬ迫力に、義影はただ頷いた。


「生き延びるんじゃぞ」


頷いた義影を見て紹運はそう言うと、すれ違いざまに義影の肩を優しく叩いて、自分の小屋から出て行った。



 一人小屋に残された義影は呆然と立ち尽くした。右手に持った、貰ったばかりの刀が重い。

いずれ来る事は聞いていた。しかしまだ先の話だと・・・


岩屋城のみんなは迎え撃つ準備をしてきた。けど、まだ万全じゃ無いはず。大丈夫なのだろうか・・・


一瞬、自分も残ったらどうだろうか。そう考えた。しかしすぐに首を横に振る。


自分は人から殺される事はあっても、人を殺したりは出来ない・・だろう。


それは自分がわかってる。なら、戦争する場所にそんな奴が残った所で・・・


義影は尚もその後少しの間逡巡したが、結局もう一度紹運に話しに行くこと無く山を下りた。


やはり、殺す事も、殺される事も、恐ろしかった。



 暗くなった山を下りると、大手門に人が集まっていた。門の前の2つの篝火が勢いよく燃えさかり、集まった人を照らす。松明を持った人も大勢いる。恐らく、岩屋城の全ての人がここにいるに違いない。


集まった人達は、大手門の上に登った紹運の話を聞いていた。義影は、目立たない様に端まで歩いて立ち止まる。



 「皆のもの!知らせがあった!明日には島津は寄せてくる!こちらは少数じゃ。勝てる戦では無い!皆の者、恐ろしいか!?」


紹運の問いかけに、集まった人からは次々に


「恐ろしいことなんて無いです!」


「高橋家の恐ろしさ思い知らせましょう!」


「紹運様について行きます!」


と叫ぶ。前の時代の人なら、集団ヒステリーかと思うんじゃないだろうか。


しかし義影は知っていた。これは、紹運の人柄がそうさせているのだと。主家を救うという大義では無い。みんな紹運が好きなのだと。


「厳しい戦いになる。なにも報いてやれぬかもしれん。それでも共に戦ってくれるか!?」


再度紹運が呼びかける。すると先程よりも熱気を帯びた声で、


「勿論です!」


「お供させてください!」


「戦いましょう!」


とみんなが叫ぶ。まるで集まった人達全員が燃えているようだ。


しかし、義影はそれを見て唇を噛みしめる。


そして逃げ出す様に、自分の小屋へと戻るのだった。

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