第6話 矢作り
紹運と話して数日、義影は紹運に会う為に岩屋城の山頂に向かっていた。
「しょ、紹運、、さま」
息も絶え絶えで山頂に付くと、目の前で紹運は空を見上げていた。
「義影じゃないか」
義影が紹運近づくと、紹運は義影に気づき声を掛けてきた。しかし義影は山頂に来るまでにかなり疲弊していて、口からゼイゼイと音が聞こえる程荒い呼吸をしている。
「お、おい、大丈夫か?」
心配している紹運に、義影は片手を上げて大丈夫とジェスチャーし、呼吸を整えようとする。
それを紹運は、にこやかな顔で何も言わずに待っていた。
「すいません、思ったより登るのがキツくて」
義影は息を整えると、紹運に促されて切り株に腰を掛けた。
「ワハハ。ここは城じゃぞ、登りやすかったら困るわい」
紹運はそう言って豪快に笑う。
「そっか・・それもそうですよね」
つられて義影も笑った。
道理で登ってくる道中、案内も無いわけだ。もう一度登ってこいと言われても、同じルートで登れる自信は無い。
「すいません、心配掛けて」
「いやそれはいいんだが・・もう大丈夫なのか?」
「はい」
「そうか」
そう言って、紹運は義影の言葉を待った。義影は言葉を選び、ゆっくりと話し出す。
「色々と見て回ったんですけど、やっぱりどうにもならないみたいで」
「うむ」
「それでこれからどうするか、考えたんですけど。せっかく助けて貰ったので、何とか生きれるとこまで生きてみようと思います」
義影はそう言うと、真っ直ぐに紹運の目を見る。紹運は穏やかな顔でその視線を受け止めた。
「そうか・・うむ。生きてさえいれば記憶が戻る時がくるやもしれん。命は大切にしせんとな」
「はい。それで、色々お世話になったので、出来れば何か力になれないかと思って」
「そうか、それは有り難いが・・」
そう言いながら紹運は渋い顔をする。
「まぁ、その、自分に出来る事なんてたかが知れてますけど」
「いや、そうではなくてな。先日話したろう?戦が近い事を。ここに長居すると巻き込まれかねんからな」
そういえば、島津?が近づきつつあると聞いた。だから食糧を運び入れたり、山城を補強しているのだろう。
「それでも、何もしないで出て行くのは・・」
「そうか・・なら、手伝いを頼むとするかのう」
紹運は、そう言うとニカっと笑う。
「ありがとうございます。何をしたらいいですか?」
義影はほっとして尋ねた。
「そうじゃな、力仕事はまだ止した方が良かろう。おう、矢を作って貰おうかのう」
「矢・・弓矢の?」
「そうじゃ。戦となれば矢はあっという間になくなるからのう。予備はどれだけあっても良い」
なるほど、それなら力仕事ではなさそうだし、自分にも出来るかもしれない。
「分かりました。何処で作っているんですか?」
「あそこに小屋があるじゃろ、一番奥の小屋じゃ」
そう言って紹運は山頂の開けた場所の端を指さした。そこには義影が借りている小屋と同じような小屋がいくつも建ち並んでいる。
「あそこで今も何人か矢を作っておる。儂からの命令といえば作り方を教えてくれよう」
「わかりました。じゃあ、早速行ってみます」
「うむ。頑張れ」
そう言うと、紹運も立上がる。どうやら、山を下りるようだ。
「ありがとうございます。紹運さん・・紹運様」
義影はそう言って頭を下げた。それを聞いて紹運は頷くと、義影の肩をポンと叩いて歩き出す。義影は、その後ろ姿を少しの間見続けていた。
「トン トン」
「すいません」
義影はつい癖で、先にノックして声を掛けてから扉を開けた。小屋に入ると、中では男2人が座って矢を作っていた。
「おう。どうした?」
声を掛けてきたのは、刑部と呼ばれている丸顔の40歳くらいの男だ。
既に何度か話した事があり、優しそうなイメージだ。
「あの、矢を作るのを手伝わせて貰おうかと。紹運・・様にはお話してます」
「そうかいそうかい。もう体はいいのかい?」
「はい。力仕事はもう少し係りそうですが」
「そうかい。無理しないようにな。そこ座んな」
「はい」
義影は、板の間の刑部の指さした場所に座る。目の前には、鳥の羽が詰まった袋がいくつも置いてあった。
「こいつは知ってるか?成方ってんだが」
刑部はそう言って、後ろに座るもう1人の男を指した。
「いえ、初めてお会いします」
見たところ自分と同い年くらいだろうか。薄い顔ながら、すごく引き締まった体なのが座っていてもわかる。
「そうか。若いが中々見所のある奴だ。おい、こちら義影さん。紹運様の客人だ」
刑部にそう言われ、成方は義影をチラリと見て会釈した。
「よろしくお願いします」
義影も会釈しながら挨拶をする。どうやら成方はあまりフレンドリーな感じでは無い。
「矢は作った事あるのかい?」
「いえ、初めてです」
「そうかい。じゃ、まず羽の選別をして貰おうかな」
そう言うと刑部は、出来上がった矢を1本、義影に投げてよこした。
「これが出来上がりだ。まぁ、この後試し打ちするけどな。後ろに羽が付いてるだろ?」
「はい」
義影はそう言って、投げられた矢を手に取ってまじまじと見た。
思ったより軽く、竹で出来ている。長さは80センチくらいだろうか。前と後ろに切れ込みを入れて、前に凄く尖った鏃、後ろに鳥の羽が差し込んであった。
「鏃(やじり)は鉄、羽は鷹がいいんだけどな。足りなくなったら石を使う事もある。まぁ籠城なら威力よりも数が大事よ」
刑部はそう言いながら、袋から羽をいくつも取り出した。
「いいか?狙った場所に飛ばすには真っ直ぐに飛んでいかないかん。そのためには、平べったくて上下揃ってるやつがいい。ダメな羽でも手当すれば使えるけど、まずはそのまま付けれる奴を集めてくれ」
「わかりました。こんなやつですね」
義影はそう言うと、持っている矢に付いている羽を指さした。
「そうだ。わからんのがあったら聞け。選んだ奴は固めて集めておいてくれ」
「わかりました」
義影はそう答えると、早速袋をひっくり返して羽を選び始めた。どうやらいろんな種類の鳥の羽が混ざっているようで、色や大きさがバラバラだ。中には半分の羽しかなかったり、途中で折れている物もある。義影はそれらを慎重に選別する。
「義影はいつまでここにおるんじゃ?」
手を動かしながら、刑部が尋ねる。
「決めてないですけど、紹運様になにかお返しが出来ないかなと思ってます」
「そうか、そう言えば儂らが武蔵寺に行ったとき捕らわれておったのう」
「はい。斬られる寸前でした。あの時はありがとうございます」
「いやいや、助けたのは儂じゃ無いしな。それにしても、なんで斬られようとしてたんじゃ?」
「怪我してたとこを捕まって、間諜ってやつと間違えられたみたいで・・」
「成程のう。あいつらは偵察に来ていたみたいじゃったし、連れては帰れんかったろうしのう」
「間諜ってなんですか?」
「間諜は忍びとか細作の事じゃ。妙な格好してるから怪しまれたんじゃろうな」
「そうなんですか・・忍び・・」
うーん。ホントに忍びっているのか・・
「まぁ、猪にやられる忍びなんておらんじゃろうにな!わはは」
そう言って刑部は笑う。確かに、忍者なら猪にやられるイメージは無い。
しかしまさか忍者に間違われるとは・・・義影は、どこか面白がっている自分に気づいた。
「あいつらは敵・・だったんですよね?島津ですか?」
「いや、あいつらは秋月の者じゃ。昔から因縁のある奴らよ」
「秋月・・」
微かに聞いたことがある気がする・・地名だったような。
「大方、島津が来るって事で、先乗りして美味しい部分を頂こうって魂胆なんじゃろ」
刑部は一転、吐き捨てるように言う。どうやら秋月とは、かなり嫌われている奴ららしい。
「そうなんですね。強いんですか?その、秋月って」
「いや、秋月だけなら話しにならん。ただ奴やらは追えば逃げるし、こちらが引けば追ってくる。何より勝ち馬に乗るのが上手くてな。やっかいな奴らよ」
つまり、ヒットアンドアウェイをしてくる調子良い奴らって事だろうか。勝ち馬に乗るのが上手いのは羨ましい。あれ?そうならこちらは負けそうなのか・・?
「じゃあ、島津は強いんですか?」
義影がそう聞くと、刑部は言葉に詰まった。空気が重くなり、変わって今まで一言も話さなかった成方がしゃべり出した。
「強い。恐ろしい程」
成方がいきなり喋ったので、義影は驚いて顔を上げた。成方は悔しそうな表情をしている。
「そんなに・・?」
「今の島津を治める島津4兄弟、これが全員傑物だ。戦略、戦術、武力、どれを取っても九州に比類無い」
「4人全員が?」
すげえ。どんな兄弟だ。
「更に島津は兵がとんでもなく勇敢だ。仲間が倒れていてもお構いなくその背を踏んで突進してくる」
「ホントですか・・でもそれって勇敢なんですか?猪でもそんなことしないですよ」
てゆうか、それは酷くない?義影は二つの意味で驚いた。
「ウハハ!確かに。あいつらの頭は猪以下じゃ。のう左衛門」
「ふっ、確かに」
例えが上手かったのか、2人は笑ってくれた。
おかげで雰囲気が少し明るくなったようだ。
「その島津は、なんでこの城を攻めるんですか?」
義影は重ねてそう尋ねる。こんな田舎の山の城なんて、戦う価値があるのだろうか?
「お前、何にも知らないんだな」
成方は呆れたようにそう言うと、詳しく説明をしてくれた。
「かつて九州の覇権を握っていた我が大友家は、8年前の耳川の戦いで島津に敗れて
から衰退している。逆に戦いに勝った島津は、その後の戦にも勝ち続けて今や大友家を滅ぼせば九州を統一出来るとこまできている」
義影はハキハキ話す成方に驚かされた。
「つ、つまり、九州をどちらが治めるかの戦い?」
「それだけじゃ無い。中央が羽柴に統一された事は知っておるか?」
「羽柴・・?わからない・・です?」
中央ってこの時代だと京都か?
「織田信長の家臣だった男よ。織田信長が本能寺で明智光秀の反逆で殺された仇を見事に取り、今じゃ日の本一の力をもっとる」
本能寺・・織田信長・・仇・・・ああ!豊臣秀吉か?
でも名前が違う?
「噂では、昔は草履取りだったと言う事だが・・恐ろしい男よ。毛利さえ下につけおったからな」
「そ、そうなんですね。しかしその羽柴秀吉がどうしたんです?」
「中央を支配した者が次に何をするか。決まっておろう。日の本全てを制圧し、己の物とするのよ」
「つまり・・日本統一?」
まるでゲームの話しみたいだ。くそっ、そういうゲームやっとけばよかった。
「そうじゃ。このままじゃ島津といえど羽柴の下に屈する事になる。勢力の大きさが違うからな。しかし、羽柴が九州に来る前に、九州全てを制圧したらどうじゃ?
対等とはいかなくとも、羽柴と渡り合えるくらいの勢力となる。場合によっては島津が他国と同盟して中央に出る事もあるやもしれん。羽柴もまだ関東や奥州には手を出せておらんからな」
「成程・・島津も必死なんですね。しかしそれなら余計になぜこの城を?」
さっさと大友のトップを殺しに行けば良いんじゃないのか?
「必死だからじゃ。この岩屋城がある場所は九州の境目と言える。かつて白村江の戦いに敗れた天智天皇が、ここに水城を築かせたのもそのためよ」
「水城・・あの堤防みたいなやつ?」
白村江の戦いはわからないが、さすがに天智天皇は聞き覚えがある。水城も、地元の近くに作られた高さ2―3メートルほどの細長い土山で、かつては数キロほどもあったと誰かに聞いた。
「そう。ここ一帯は左右に山があり、一番狭い平地はわずか1里程の距離しか無い。ここを封鎖すれば、南九州の者は博多にはたどり着けぬ」
つまり大きく言えば、九州を分断する場所って事なんだろうか?
「はぁ・・しかし東からも行けるんじゃ?」
宮崎大分から回り込めば、、?
「無論可能じゃ。しかし筑前を制圧しないまま東から豊前や小倉に行くのは危険じゃ。道も大回りになるし、回っている最中にこちらから南九州へ攻める事も出来る」
「成程・・」
つまり、遠征中に本拠地攻められたらまずいって事か。
「ましてや島津兄弟は戦上手。危険は犯さずに堂々と攻め寄せるじゃろ」
「・・だからここに籠もって戦うんですね」
「そうじゃ、だがそれだけじゃない」
「?」
「島津は紹運様が欲しいのよ」
そう言う刑部は、なぜか得意げだ。
「欲しい?部下にしたいって事ですか?」
「そうじゃ。紹運様は大友家に残った最後の名将。いわば大きな希望よ。もし紹運様が島津に下れば、大きな戦力になるだけでは無い。他の武将も島津に下り、あっという間に島津が九州を統一するじゃろう」
「そう・・なんですか?」
義影は半信半疑に驚いた。紹運がそこまでの武将だったなんて。しかしそれなら、なぜこんなに少数なんだ?
たしか今この城にいるのは750人くらいのはず。その人数じゃ出来ることも限られてくるだろう。紹運は大友にとって大事な武将のはずではないのか?
「なら、もっと兵を集めた方が良いのでは?島津は強いんでしょう?」
すると成方は、少しだけ悔しそうに、
「無論、本来ならもっと大きな城で迎え撃つべきじゃ。要地とはいえ、ここは大勢で立てこもることは出来んからな」と返答した。
「なら、なぜ?」
「それは・・
「成方!」
成方が答えようとすると、刑部が声を荒げた。そしてその声を受けて、成方は答えるのを止める。そして代って刑部が答えた。
「まぁ、紹運様には紹運様のお考えがあるんじゃ」
「考えって・・」
「何が大事かと言う事よ」
刑部はそう言って話を続ける。
「戦いとは何かを得るため、守る為にするもんじゃ」
「それは・・そうだろうけど・・」
改めて言われると、当たり前なのに思考から抜けていた。つまり紹運も、この人達も、ここで守りたい物があるという事だろか。それはつまり・・
「紹運様は、大友家を守るためにこんな小さな城で?」
これが侍と言うやつなのか。この時代の人は、ホントに主人の為に命を懸けてるんだ。そう思うと、義影は何とも言えない感情が湧いた。
「そうじゃな」
「忠誠心の為に戦うんですね・・紹運様も、みんなも」
忠誠心。今この時まで使った事が無く、意識した事も無い言葉だった。自分には理解出来そうにも無い。他人の為に命を懸けて戦う。凄い人達だ。
「儂らは大友家に忠誠心なんてないぞ。なあ?」
しかし義影が感心している側から、刑部があっけらかんと言い放つ。義影は驚いて成方を見ると、なんと成方も頷いていた。
「え・・?なんで・・?」
忠誠心はどこいった?
「大友家は間違いを犯し続けてきた。もう愛想が尽き取るのよ」
刑部はそう答えた。
「間違い?・・しかしそれならなぜ?」
紹運は大友家の為に戦う。でも、この人達はなぜ戦う?侵略する側ならともかく、守る側じゃ得られるものも少ないだろう?ましてや不利な戦いなのに。
「紹運様の為よ」
そう言うと、刑部は何かを思い出したように暫し沈黙した。成方も同じく沈黙を守る。義影も、沈黙して刑部が再び口を開くのを待った。
「紹運様みたいなお人はなかなかおらん。じゃから力になりたいんじゃ」
刑部は、しばらくしてそう言った。成方も深く頷いて話しを継ぐ。
「ここに集まった人間はみんな紹運様を慕っておる。じゃから一緒に戦う!」
「じゃ、じゃあ自分も・・」
意識せずにその言葉が出て、義影は慌てて止めた。二人の熱気に当てられたのだろうか?
まさか自分がそんな事言うなんて。ついこの間恐ろしい目に遭ったばかりだというのに。義影は自分の心境に困惑した。
「止めとけ」
義影が戸惑っていると、見透かしたように成方が首を振る。
「お前、戦したことねえだろ。すぐ死ぬぞ」
「・・・」
それは、そうかもしれないけれど・・遠慮ないな。
「なあ、刑部どの」
返事をしない義影を見て、成方は刑部に同意を求めた。
「そうだな・・。今じゃあ強い奴でも鉄砲で直ぐに死ぬ。まして義影、お主は足を怪我したばっかりじゃ。せっかく助かった命、大事にせんといかんぞ」
「・・・はい」
2人は、義影に戦に参加させる気はないようだった。勿論、戦力にならないと思われている事もあるだろう。
しかし、籠城するなら人手は多い方が・・・いや、しかし俺は生きると決めたはず・・・
「でも、大丈夫なんですか?島津は強いんですよね」
義影は尋ねた。この時代、戦争は起こるものなのかもしれない。でも、自分に良くしてくれた人達が死ぬのは見たくない。
「強い・・が、こちらも無策じゃない」
「無策?」
「うちのお殿様が羽柴秀吉に助けて貰うために、大阪に行っとる。上手く行けば、今年中に援軍が来るじゃろ」
「羽柴秀吉?羽柴秀吉って今一番強いんですよね。あ!だから島津は羽柴秀吉が来る前に九州を統一しようとしているんですか?」
「そうじゃ。羽柴秀吉の援軍がくるまで持ちこたえれば、儂らの勝ちじゃ」
そう言って成方は拳を強く握る。
「そのために、せっせと食いもんを運んで矢を作っとるわけよ。城の守りも柵を作ったり土や木で攻めにくくしとるでな」
そう言うと刑部はニヤリとした。どうやら、ただ耐え忍ぶ訳では無く、ちゃんと着地点はあるらしい。
それならそんなに心配しなくてもいいのかな。義影は、そう考えてほっとした。
「それならなんとかなりそうですね。良かったです」
「そうじゃろ、さすがに勝ち目の無い戦はせんよ」
「当たり前じゃ!なんなら羽柴秀吉が来る前に我らで島津を破ったっていいんじゃ!」
「わはは」
「アハハ」
2人はそう言って笑う。義影も吊られて笑った。しかし、2人のその目だけは笑っていない事に、義影は気づかなかった。
「よし。今日はこのくらいにしておこう」
やがて刑部がそう言うと、矢作りは終了となった。気がつくと扉から差し込む光が赤くなり、外はもう夕暮れ時のようだ。
「ありがとうございました」
義影は選んだ羽を丁寧に避けて立上がる。選ぶだけだったので、かなりの数が選別出来た。
「明日も来るかい?」
「はい。またよろしくお願いします」
「じゃあ、明日は取り付けをしてもらうかのう」
「わかりました」
そう言うと義影は、2人に会釈をして小屋を出る。ホントに大した事は出来て無いけれど、ほんの少しは役立てたかと思うと、少し心が軽くなった。
あの二人・・いや、助けてくれた人を含めて、ここの人達は良い人が多い。
俺の時代とは大違いだ。どうせなら最初からこっちで生まれたら・・そんな事を考えながら、義影は急な坂道をゆっくりと下りる。
考え事をしていたせいか、いつの間にか登ってきた道を外れてしまい、山の裏手に出てしまった。しかしなんとか暗くなる前に小屋に戻ることが出来た。
小屋に戻ると、既に夕食が部屋の中に置かれていて、側に竹で作られた水筒も置かれている。義影は水瓶の水で手を洗い、早速頂く事にした。
今日のメニューは雑穀の握り飯と、大根、そして何かの肉だった。焼いてあってハッキリとはわからないが、豚はまだ日本にいないだろうし?牛は農耕用で食べないだろうから、猪だろうか。塩味すらついていなかったが、しかし久しぶりに食べる肉は美味しくて、あっという間に平らげた。
そして残りも次々と食べて完食し、そのまま横になる。この時代は1日2食だから中々腹一杯にはならないが、義影は食べれる事に感謝して、寝転がったまま両手を合わせてご馳走さまでしたと唱えた。
「戦争か・・・」
義影は部屋の天井を見ながら呟く。どうやらホントにここは戦場になるらしい。
敵が攻めてきて、味方が守る。殺されない為に、相手を殺す。その時は、自分が今日選んだ羽が矢になって、敵を殺す武器になる。
そう考えると、今更手伝って良かったのかと不安になった。あの時は深く考えずに手伝いを始めてしてしまったけど、今日俺は実際に殺す武器を作ったんだ・・。
戦争・・こちらに来る前までは、戦争は遠い過去の話だった。
勿論、外国では現代でも戦争をしている国があることは知っていた。
でもそれはあくまで知識としてだったし、テレビの画面を通して伝わる薄い景色だった。そのことに疑問や不安を感じた事は無かった。それはそういうものだと思っていたから。
しかし・・
一体、なぜ自分はここにいるんだろうか。
もしかして、夢なんじゃないだろうか。今更ながらわからなくなる。
だって、余りにも突拍子もない。未来に行くならともかく、過去に行くなんて。
そう考えて、義影は頭を横に振る。夢じゃ無い確証が、やはり幾つもあるのだ。
そもそも、今いる世界の事は知らない事ばかりだった。地名、人物、歴史の流れ。
夢で見るなら、知ってる事だけしか出てこれないはず。歴史好きならともかく、自分は対して興味も無かった。その俺がこんな世界を夢で見れる訳がない。
そして、何より、体にいつまでも残る痛みと、殺されるという恐怖。
これは夢ではあり得ない。
義影は、そう自分の中で断言して、結局幾つもの答えを見つけられないまま、本当の夢の中へと落ちて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます