第4話 救出


「待てっ!」


鉢巻き男が振りかぶった刀を俺の首筋に振り下ろした瞬間、太助が大声で叫んだ。


その声に鉢巻き男は反応して無理矢理に狙いを外し、勢いそのまま土に刀を突き刺す。


「ドカッ」


「うぐっ」


鉢巻き男は痺れる手を握りながら、一体何事かと太助を睨む。しかし太助の視線は寺の向こうの広場に向けられていた。


「ぎゃあーー!」


「止めてくれーーー」


「て、てきが来たぞおおーー!」


太助の視線の先では先程まで広場でくつろいでいた男達が、突然現れた黒い鎧を着た軍団に襲われていた。


30人程の黒鎧達はまるで狩りでもするかのように、バラバラに逃げる男達の背に次々と槍を突き立てていく。


人数なら圧倒的に元から広場にいた男達の方が多いはずだ。それなのに抵抗らしい抵抗も出来ないでいる。


「おい!いくぞ!」


太助は仲間がやられているのを見て、脱兎のごとく走り出した。鉢巻き男も俺をチラリと見たが、そのまま刀を持って太助の後を追う。


その瞬間、俺は自分が助かった事に気づき、這いつくばったまま近くの竹藪へと逃げ出した。



太助と鉢巻き男が寺を抜けて広場に着くと、仲間達は既に多くがやられていて、数十人が地面に転がっていた。中には首を槍で貫かれて、苦悶の表情のまま事切れている男もいる。


「おい!てめえらどこのもんだ!」


鉢巻き男と太助は、残り30人程になっている仲間達と合流し、相手に向かって叫んだ。集まった仲間以外は、既に逃げ出したらしい。


「こいつら大友だ!」と、仲間が叫ぶ。


「カシラは!?」すぐに太助が聞き返した。


「あそこだ!」


仲間はそう答えると、群れから離れて広場の端で戦っている2人の人間を指さした。


太助が指さされた方を見ると、二人とも鎧を着て兜を被り、槍を持って戦っている。


どちらかというと、黒い鎧を着た方が、押されているように見えた。


「おい、助太刀しなくていいのか?」


鉢巻き男が仲間にそう尋ねる。1対1という事は、どちらかが負けて死ぬか動けなくなる。カシラが殺られれば、負けが決定的になるだろう。


「大丈夫だ!カシラは強い!それに戦ってる相手もカシラみたいだ。勝てば形勢を逆転できる!」


味方はそう言うと、激しく刀を振るって黒鎧達に斬りかかる。太助もすぐさまそれに続いた。


「ぎゃああ」


「ギィン」


「ぐわっ」


再び戦いが始まった。


悲鳴と、刃と刃のたたき合う鈍い音がこだまする。太助も必死で槍を振るうが、劣勢は覆せないままだ。


敵は上手く味方の円陣の前から後ろから攻撃してくる。何より一人一人が手練れだった。


それに比べこちらは殆ど鎧すら付けていない。


まともに敵も倒せぬまま、人数だけが減っていく。


「このままじゃ全滅だ!」太助がそう叫ぶのと、


「カシラがやられた!」と鉢巻き男が叫ぶのが同時だった。


見ればさっきまで戦いを優勢に戦っていたはずのカシラは地面に倒されていた。


そしてすぐにその掻かれた首が槍の穂先に突き刺されて高く掲げられる。すると残った味方は蜘蛛の子を散らすように、てんでばらばらに逃げ出した。


「待てーー!」


「やめてくれーー!」


「逃がすな!」


すぐに追撃戦が始まった。纏まって抵抗していた時にも次々とやられていたのに、各自バラバラに逃げてはとても効果的な撤退は期待出来ない。


やがてその予想通り、多くの男達が黒鎧達に後ろから槍で背中を貫かれた。


「寺の中も制圧しろ!」


一騎打ちをしていた男が息を整えて叫ぶと、黒鎧達はすぐに人数を揃えて寺に突入する。しかし寺はすでに無人となっており、寺の周囲も、一人を除いて誰も居なくなっていた。



「おい!大丈夫か?」


やがて寺の中を確認して周囲を見回っていた黒鎧が、竹藪に逃げ込んでうずくまっている俺を見つけて声をかけた。


心配したように声を掛けてきたのは、竹藪でうずくまっている俺が手を縛られ、足や指を怪我していて逃げた男達の仲間と見えなかったからだろう。


「あ、あう・・・」


しかし声を掛けられても、俺はたった今殺されそうになったショックでまともに会話が出来なくなっていた。


「これは酷いな。お前、肩貸してやるから、寺の中まで来い」


すると黒鎧の男はそう言って、俺の腕を持って、立上がった。


「いいか、片足ずつ行くぞ?」


「うう・・」


俺は何とか頷いた。男はそれを見て、ゆっくりとした足取りで俺を寺に連れていった。



「お?なんだそいつ?」


2人が寺の中に入ると、先に寺に入って休憩していた黒鎧の男達が尋ねた。


寺の中には黒鎧を着た男達が10人程いて、傷の手当てや片付けをしている。


「あいつらにやられたみたいだ。竹藪に転がってた」


肩を支えている男はそう言うと、俺を板の間に座らせて井戸に行き、水を汲んで持ってきた。


「ほら、水でも飲め」


俺は茶碗の様な物を手渡され、震える手で受け取った。


「お、おい。どうした?」


黒鎧の男は慌てて尋ねたが嗚咽が先に出て答えられない。周りに居た男達はそれを見て、喋るのを止めた。


「ほら、ゆっくりでいいから」


男はそう言うと、俺の肩を叩き隣に座る。少ししてようやく落ち着い俺は、ゆっくりと水を飲んだ。


「うまい・・・」


思わず言葉がこぼれる。口の中を潤した水は喉を通り、体中に染み渡って行く。


そうか、俺は生き残ったんだ。そう思うとまた涙が出た。



「ありがとうございます」


茶碗の水を飲み干すと、俺は隣の男に頭を下げた。優しくしてくれた黒鎧の男が、自分の敵か味方かわからなかったが、今水を飲ませて貰っただけで、頭を下げずにはいられなかった。


「なんの。しかしその足は痛そうじゃ、槍でやられたのか?」


男はそう言うと俺の足を痛ましそうに見る。足は誰かに手当をされて血も止まっていたのに、槍で突かれたせいで傷が開いたのか、巻いてある布が大きく赤くにじんでいた。


「最初は猪だったんですけど・・手当した後に槍で突かれてしまって」


「猪!そりゃあ危ないとこじゃったのう。しかしまた手当した方が良さそうじゃぞ」


「はい・・」


「あまり見かけん格好じゃが、お前は何処のものなんじゃ?」


そう聞かれてまた即答出来ず、俺の首に冷や汗が流れた。


つい先程同じ質問に答えられずに、首を切り落とされる所だったのだ。この男達からはあまり敵意を感じない。しかし・・・


「自分は・・・その・・・」


なんとか上手く答えようとするが、言葉にならない。相手は返事を待っている。俺は焦って、聞きかじった毛利だか、龍造寺だかの名前を出そうとした。しかし答えようとした瞬間、血まみれの武者が、板の間に入ってきた。



「紹運様!ご苦労さまです」


「紹運様!お怪我は?」


「紹運様!一騎打ちお見事でございました!」


その武者が入ってくると、中にいた黒鎧の男達は次々に声を掛けた。どうやら、カシラと呼ばれる侍と一騎打ちをしていた、黒鎧達の頭のようだった。


その紹運様と呼ばれた男は、腕を上げて黒い鎧達の声に応える。そして俺を見つけると、そのまま歩いて近づいてきた。


「ひぃ!」


俺は思わず悲鳴を上げて後ろに下がった。目の前に立った大将を呼ばれた男の顔が、悪魔のようだったからだ。


「おお、ちょっとまってくれ」


その武者は怯える俺を見てそう言うと、手を顎下に回して縛っていた紐を解いた。


「面頬付けたままだった、驚かしてしまったか」


そう言いながら顔を覆っていた面頬を取ると、その下に現れたのは切れ長の大きな目、高い鼻、黒々とした眉。まるで俳優のような整った顔だった。そうか、面を付けていたのか・・


「すまんのう。驚かす気は無かったんじゃが」


面頬を取った男はそう言って俺の正面に腰を下ろす。


「まず名前を聞こうか。なんと申すのじゃ?」


「あ・・天乃義影・・と言います・・」


俺は初めて名前を聞かれ、素直に名乗った。


「天乃・・・この辺りでは聞かんのう。そもそも侍じゃ無さそうじゃ」


男はそう言いながら、俺の服を珍しそうに眺めた。


「お主はこの辺りの者か?」


そう聞かれて俺は首を振る。


「どこからきたんじゃ?」


続けて尋ねられたが上手く答えられずに口をもごもごさせた。


「うーむ。お主、怪我しておるが行くとこはあるのか?」


俺は再度首を横に振った。


「では、儂の城に来るとよかろう。少しの間なら大丈夫じゃろう」


すると男はそう言いながら、一人で頷いた。俺が何と返事すればいいのか迷う。


どうしたらいいのか分からない。


その様子を見た男は立上がって回りを見渡して声を発した。


「よし、二手に分かれるぞ。民部は半数を率いて怪我人と共に城へ戻れ。残りは儂と大物見じゃ」


「わかりやした!」


「へい!」


回りの黒鎧達はすかさず返事をする。やがて広場で後始末をしていた黒鎧達も寺の中にきて、そこで二手に分かれた。


半数は命令を出した男と共に寺を出て、残った黒鎧達は、怪我した箇所を水で洗って手当をしたり、添え木を巻いて手当している。どうやら先程の戦いで、死人や大けがを負った人は居なかったようだ。


「おう、籠作るぞ」


俺が呆然とその様子を見ていると、男に指名された民部と言う男がそう言って、数人の男を集めた。


その男達は槍や木の板、紐で浅い籠の様な物を作る。そしてそれに槍で取手を付けたかと思うと、俺を抱きかかえた。


「えっ!?あ、あの、悪いですよ!」


俺はまさか城まで籠に乗せて運んでもらえるとは思っておらず、慌てて籠から下りようとする。しかし籠は既に男達に担がれ、身動きが取れなくなっていた。


「す、すいません・・」


俺は申し訳なさで消え入りそうな声でそう言った。しかし籠を担いでいる男達には聞こえなかったようで、男達は特に返事をすることなく足を速めた。


「えいさ ほいさ えいさ ほいさ」


男達は威勢良くかけ声を上げ、70キロ弱ある俺を乗せた籠を肩に載せて歩く。


一人高い所にいて、まるで神輿に乗っているかのような風景に、俺は恥ずかしさを感じて小さくなった。




それにしても、ここは一体何処なのだろう。籠の上で俺は改めて自分の置かれている状況を把握しようと、頭を働かせた。


最初は時代劇か何かの撮影と思っていた。でもさっき俺は実際に殺され掛けた。本来ならあり得ない事が起きている。つまり今のこの場は、俺が生きてきた時代じゃない。


つまり、これはタイムスリップなのか・・?


そんなこと、ありえない。いつもならそう言って馬鹿にするだろう。


でも余りに痛すぎる折れた二本の指が俺に現実を突きつける。この痛みは、夢なんかじゃあり得ない。




「着いたぞーー!」


籠を担いでいた男達はそう言うと、ゆっくりと籠を地面に下ろした。俺は慌てて籠を下り、頭を下げた。男達はそれを見届けると、三々五々散らばって行く。


「さて、じゃあ案内するからついておいで」


一人残った民部がそう言うと、俺に肩を貸す。俺は怪我をしてない方の足に力を入れ、どうにか迷惑を掛けないようにと歩いた。



少し歩くと幾つもの小屋が並ぶ脇道に入った。並んだ小屋の壁は並んで繋がっていて、長屋と言うやつだ。


民部はそのまま俺を一番手前の小屋まで連れて行き、扉を開けて中に入った。最初の部屋は床が土のままで、いわいる土間というやつだろうか?玄関兼物置といった感じだ。


更に中の内扉を開けるとそこにも一つ部屋があり、土間とは違い30センチくらいの高さの板が床として敷き詰められていた。こちらは今でいうならリビングダイニングになるのだろうか。


「ほら、腰下ろしな」


民部はそう言うと土間と内部屋の境に俺を下ろして隣に座った。


「すいません、色々と」


俺はそこで改めて頭を下げる。


「気にすることは無い。大将の命令じゃ」


民部はそう言うと優しく微笑んだ。40歳は超えているだろうか。自分の親と同じくらいの年齢だろう。しかしこの人の笑顔はなぜか俺を安心させた。


「そうじゃ、なんと呼べばいいかのう?」


「えっと・・義影でお願いします」


名前を聞かれてそう答えた俺は、そう言って再度頭を下げる。民部は頷いて、腰を上げた。


「あの・・」


「なんじゃ?」


「ここは何処ですか?」


俺は思い切ってそう尋ねた。時代は違っても同じ日本なら、聞けばわかるかもしれない。まずは現状の把握をしなければ。


「何処って・・目の前が岩屋城じゃ。知らんのか?」


「ちょっと・・記憶が無くなっているみたいで・・」


俺はとっさにそう言い訳した。怪しまれるとも思ったが、民部はすんなりと信じてくれた。


「記憶が・・そりゃあ大変じゃ。そうじゃのう。岩屋城で分からんとなると・・筑前国はわかるか?」


「筑前・・聞いた事はあるような」


「ふーむ。そうじゃのうー、大昔はこの辺りに大宰府っちゅう役所があったんじゃが、今じゃ跡形も無いしのう」


「太宰府?この辺りがですか?」


俺は思わず大きな声で聞き返した。もし今いる場所が太宰府なら、時代はともかく場所は殆ど移動していない事がわかる。


「そうじゃ。来る途中川を渡ったじゃろ、あれが御笠川じゃ」


「そう・・だったんですね」


川の名前を聞いて俺は確信した。その名前の川は確実に聞き覚えがある。ここは間違い無く俺の育った太宰府周辺だ。


「何か思い出したか?」


「ええと・・今は、西暦何年ですか?」


「西暦?」


しかし西暦という言葉に、民部は首を傾げる。


そうか、西暦は元はヨーロッパの数え方って聞いた事がある。日本は昔はどんなふうに年を数えてたんだっけ。


「ええと・・元号とか。令和とか平成とか!」


「暦の事か」


民部はそう言うと自分の顎を撫でた。そして思い出した様に答える。


「令和平成だのはわからんが、今は天正14年じゃな。天正14年の6月20日じゃ」


それを聞いて俺は内心落胆した。自分が歴史に詳しく無いから、昔の元号を聞いた所で西暦にリンク出来なかった。


「天正・・そうなんですね。ありがとうございます・・・えっ?6月20日?」


日付を把握して思わず聞き返す。自分が家を出たのは4月1日、それは間違い無い。そして今は6月。道理で寝汗を掻いてたはずだ。


「そうじゃ。他は何か聞きたい事あるか?」


「・・自分はいつまでここにいて良いのですか?」


俺は恐る恐る尋ねる。せめて怪我が治るまでは置いて貰えないだろうか。


「それは紹運様が決めることじゃが・・」


民部はそう前置きしてこう言った。


「足が治るまでは大丈夫じゃろう。紹運様はここの領主でもあられる。近くに井戸はあるし、食い物も日に2回届けさせよう」


「あ、ありがとうございます!」


それを聞いた俺は、思わず立上がってから深く頭を下げた。何とか、家と食べ物を確保出来たからだ。足がまともに動かない以上、それが一番不安だった。


「なんのなんの。いずれ紹運様もこちらに顔を出されよう。その時に礼を言えばよい」


「わ、わかりました」


「それじゃ儂はまだ作業があるからな」


民部はそう言って腰を浮かす。そして


「それにしても、助けてくれたのが紹運様で良かったのう」


と言って、小屋から出て行った。




一人残された俺は民部を見送って床に横になった。


まるで自分がふわふわと浮いているような気分だ。


状況が昨日までと劇的に変わりすぎて、現状を実感してもまだ信じれない自分がいる。しかし何より大きな違いは、昨日まであれほど満々にあった死ぬ気が気付けば無くなっていた事だった。


これは驚きだった。


自分が本当に殺されるとわかった瞬間、何かが変わった。


一体、これからどうなるのか。なぜこんな事になったのか。それを考えれば不安で仕方ない。


けど、俺はなぜかもう少しだけ生きてみようと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る