第3話 連行

 「ぉぃ」


「・・・」


「おい!」


「・・・?」


低い男の声と頬をつつかれる感触で目が覚めた。


目を開けると浅黒い男が俺を見下ろして立っていて、手には木の棒を持っている。


全く、なんて目覚め方だ。俺は寝ぼけた目をこすりながら上半身を起こした。


「お前、どこのものだ?」


棒を持った男はなぜか俺を睨みながら尋ねる。俺は口を大きく開けてあくび混じりに答えた。


「春日です・・」


「春日?大友か?!」


「大友・・?いや、春日です」


「何処の春日だ?」


「何処の・・?」


男の妙な問いに、俺は首を上げて男を見た。


「はぁ?」


思わず変な声が漏れる。それは、その男の格好があまりに奇妙だったからだ。


まず頭の中心を剃っている。これ時代劇で見たやつだ。


そしてボロボロのシャツに、革製のタンクトップみたいなガードを付けている。そして足下が靴じゃない。藁で編んである、いわゆるわらじという奴だろうか?こいつはこんな山奥で一体何をしているんだ?


「お前怪しい奴だな!変な格好しやがって」


びっくりして返事が出来ないでいた俺にしびれを切らしたのか、男は声を荒げて叫んだ。


いや、どう見てもお前の方が怪しいだろう。そう思ったけど、そのセリフは胸の内にしまって立上がる。


「すいません、足、怪我してて・・ここ何処ですか?」


そう言いながら辺りを見渡した。


そうか、俺は昨日の夜知らない家で目が覚めて、強盗か何かがいたから山に逃げ込んだんだのだった。


随分山奥に逃げたつもりだったが、方向もわからないまま走ったせいで、結局あまり山の中には入り込まなかったのだろうか?


「なんだ、怪我してるのか。・・じゃあ、ついてこい」


 男はそう言うと、顎をしゃくって歩き出した。俺は素直について行くか迷ったが、揉めて棒で叩かれても困るし、何よりまた喉がカラカラだった。ついて行った先で、水を貰おう。そう思い、その男の後を歩いた。



 10分も付いて歩くと山から平地に出た。更に少し歩くと、草が生い茂る広場の様な場所につく。中に入って行くと目の前を歩く男と同じような格好をした男達が、大勢たむろしていた。


広場の広さが小学校の校庭くらいで、たむろしている人数は100人くらいだろうか?

まるで今から戦いのシーンの撮影でもあるかのようだった。だとしたらえらく大がかりな撮影だ。俺は時代劇を間近で見れるのかとドキドキした。


「ほら、寺まで真っ直ぐ歩け」


先導していた男は広場の先に寺が見えると後ろに回り、棒で俺を突きながらそう言った。思わず眉をひそめたが、俺は素直に男が指示する場所へと向かう。


すると広場の男達は、横を通る俺を物珍しそうに見る。


「太助、なんだそいつ?」


「お、間諜か?」


 男に導かれるまま寺の内部に向かうと、寺の中にも男達がいた。寺の中の男達は、荷物運びや武器を磨いたり、何かしら作業をしていて、すれ違う時に声をかけてくる。どうやら、俺を先導している男の名前は、太助と言うらしい。


「カシラはどこに居る?」


太助がすれ違う男達に尋ねた。


「奥の井戸じゃ」


歩きながら、竹で出来た水筒で水を飲んでいた男がそう答えた。


「そうか」


太助はそう答えると、俺を棒で突いて促し寺の奥にと進んだ。


「カシラー!」


井戸が見える位置まで来ると、太助は声を張り上げた。その先には、裸で水浴びしている男がいる。


「おう。太助か、なんだあ?そいつは」


カシラと呼ばれた男はそう言うと、水浴びを止めて俺をジロリと見た。


身長は165センチくらいだろうか?俺が175だから、相手からからすれば見上げる形になるのに、その筋肉質な体と焼けた肌のせいで威圧感を感じ、俺は目を合わせることが出来ずに目を逸らした。


そして思わず目を逸らした先には、カシラと呼ばれた男の着替えを手に持った男が立っていた。


こいつも身長は165くらいだろうか。頭に鉢巻きをしている。まるで二人とも山賊だ。時代に合わせてキャストを選んだにしても、えらく徹底しているなと感心する。


「山に少し入った所で1人で寝てたんで。怪しいもんで連れて来ました」


「ほう」


カシラはそう返事をすると裸のまま俺に近づき、首を傾げながら上着やズボンを触り始めた。


「いや、ちょっと・・」


思わず身をよじって避ける。さすがに裸の男に触られるのは勘弁して欲しかった。


しかしカシラは避けた俺を見て、顔を近づけて睨み付けてくる。


「あ、あの」


俺は慌ててその状況を何とかしようと、目を逸らしたまま話しかけた。


「す、凄いコスプレですね。リアルっていうか」


しかし、カシラも太助も鉢巻き男も、俺が何を言ったのか分からなかった様子で、目を見合わせて目をしかめた。


「槍とか刀とか、本物みたいですね」


焦った俺は更にそう言うと、脇に置かれた刀に手を伸ばした。しかし次の瞬間


「動くな!」


と言うかけ声と共に、鉢巻き男と太助が俺を無理矢理に倒して全力で押さえつけた。


「ちょっと!やり過ぎですって!痛いですって!」


思わず悲鳴が漏れる。なぜそんなに力を込めのかわからなかった。


「カシラ?」


しかし太助は俺の叫びには反応せず、のし掛かりながら、カシラに声を掛ける。

するとカシラは服を着ながら、「知ってることを吐かせろ」と、そう言った。


俺はそれを聞き、おいおい、まだ続けるのかよ?と内心泣きそうになっていた。昨日から猪に襲われるわ強盗に巻き込まれそうになるわ散々だ。


しかし鉢巻き男はそんなこと関係なく、腕を掴んで無理矢理立たせる。


そして太助と2人で引きずる様にして、俺を庭の隅につれて行く。


「おい、さっさと知ってる事を話した方がいいぞ」


太助はそう言いながら、手ぬぐいで俺の両手を後ろで縛る。鉢巻き男の手には、いつの間にか槍が握られていた。


「いやいや、勘弁してくださいよ・・もういいでしょ」


俺はうんざりした様子で首を振る。これも撮ってるのか?どっきりってこんなんだっけ?しかし怪我してるしいい加減にして欲しい。


だが2人は俺の話しに全く聞く耳を持たないで喋っている。


「こいつホントは何処のもんなんだ?大友か毛利か?」


「毛利がこんなとこまで調べにくるかね?」


鉢巻き男が首を傾げる。


「じゃあ、龍造寺か?」


「龍造寺は味方だろう」


「味方でも近けりゃ調べは出すだろ?」


「そうか。でもよ、味方を捕まえたらまずいんじゃないか?」


「そうか、そりゃそうだな・・」


2人は途中から小声で話していたが、やがて再度俺に向き直り、質問を再開する。


「お前、龍造寺か?」


「龍造寺・・?いや、なんですかそれ」


「ほらみろ、ちげえじゃねえか」


「お前が味方かもって言ったんだろ」


「そうだっけ?・・おい、じゃあやっぱり毛利か?」


「毛利・・?」


意味不明な質問に、俺は再び首を傾げた。


「おい、こいつわざととぼけてるのか?」


「そりゃそうだろな。やっぱり間諜に違いねえ」


「でもよ、あっさり捕まったり、間抜けすぎねえ?」


「ほら、足怪我してるから、逃げるのは諦めたんだろ」


「なるほどな。じゃあ・・どうする?」


「そりゃ・・・吐かせねえとな。カシラの命令だ」


「そうか。おい、言わねえなら、痛い目みるぞ」


鉢巻き男は、そう言うと持っていた槍で、足の怪我している所を突いた。


「痛い!止めてください!」


思わず大声を出した。しかし鉢巻き男は、


「止めて欲しけりゃ話さねえか!」


と言って、一向に止めようとはしない。やがて巻き付けていた布が赤くにじみ始めた。


「おい!やり過ぎだろ!責任者出せよ!」


とうとう俺は絶叫し、手を縛られたまま立上がった。そしてそのままの体勢で太助を睨み付ける。太助はひるんだのか、後ずさりした。


しかし俺の前に出てきたのは、先程水浴びしていたカシラだった。


「なんだ?さっきの声は」


カシラは先程とは違い、鎧を着けていた。太助がしている物と違い、鉄製のスカートの様な腰のガードと、肩当ても付いている。


「カシラ、それがこいつ、意味分からないことばっかし言いやがって」


カシラに頭を下げながら、鉢巻き男が説明する。


「やり方が甘いんだよ」


説明を受けたカシラは、そう言ってゆっくり俺の後ろに回り込んだ。そして後ろから膝を蹴って無理矢理座らせる。


「あ、あの、何する気?痛いことしないでくださぃ・・」


俺はいきなり後ろに回られて恐怖で顔が引きつる。しかもカシラと呼ばれる男は、俺の指を握っていた。


「話すか?」


「い、いやいや、だから俺は何も」


俺は震える声で、しかしそれでも、まさかホントにそんな事はしないと思って答えた。しかし・・


「バキッ」


「ぎゃあああああ」


鈍い音が響くのと俺の口から絶叫が響くのと、ほぼ同時だった。俺は激痛の余り、土の上を手を縛られたまま転げ回る。


「おい、座らせろ」


「ふ、ふざけんなよ・・」


再び座らされた俺は、激痛で涙を流しながらカシラを睨む。しかし目に溜まった涙のせいで、カシラはそのことに気づかなかった。


「もう一度聞くぞ。お前は何処の間諜だ?」


カシラは涙を流す俺の顔に自分の顔を近づけ、凄みながら尋ねる。しかし俺は間諜の意味がわからず、唇を噛みしめながらただ首を振った。


「優秀な間諜だな。口が固い。しょうがない、おい、もう一本行け」


「止めてください!ホントに知らないんです!」


必死でそう叫ぶが、鉢巻き男がまた俺の指を無理矢理握った。


「バキッ」


「ぎゃあああああ」


再び鈍い音と絶叫が交差する。俺は痛みに耐えられず


「もう止めてください・・」と懇願した。


しかしカシラは、一切言葉に反応せず、驚く程冷たい声で


「最後だ。答えないなら殺すぞ。お前は何処の間諜だ?」と言う。


殺す?今殺すって言ったのか?


俺は必死に今の状況を把握しようとした。しかし痛みで頭が働かない。


結局涙を流して震えるだけで、自分の質問に一切答え無かった俺を諦めたのか、

カシラは太助と鉢巻き男に顎で森の方を指し、自分は再び寺の中に消えて行った。


カシラが居なくなると、すぐに太助と鉢巻き男は、それぞれ俺の左右の腕を掴んで無理矢理立たせた。そしてそのまま強引に山の方に引きずって行く。


俺は嫌な予感が胸をよぎり、何とか抵抗しようとするが、怪我をしている方の足は痺れて動かず、指は力を入れなくても激痛で、まともな抵抗が出来なかった。


「あ、あの」


何とか足を止めて貰おうと話しかける。しかし2人は全く反応しようとはしない。結局俺はそのまま寺の敷地から出て、竹藪の手前まで連れ出された。


「な、なにするんですか?」


再び地面に座らされて涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま、情けない声で鉢巻き男に尋ねた。寺に入るまであった余裕は完全に無くなり、自身の予想とは余りにもかけ離れた現実にパニックになっている。


まさか本当に指を折られるなんて夢にも思わなかったし、奇妙な格好をした男達が、実はコスプレでも役者でも無いなんて余りにも現実離れした現実を受け入れてしまうと、自分は今から本当に殺される。


そう言葉に出さずとも頭で理解しかけていて、俺は恐怖でガタガタと震えた。


「おい、頭を下げろ」


既に手を縛られたまま地面に突っ伏すようなかっこをさせられている俺に、鉢巻き男はそう言い放った。その手にいつの間にか槍では無く、鞘から抜いた大きな刀が握られている。


「あああ」


言葉にならない声が漏れ出る。必死に殺さないでと懇願しようとしたが、口がしゃべり方を忘れてしまったかのようだっだ。


太助は必死に首を引っ込める俺を見て、前に回り込んで髪を引っ張り、無理矢理首を伸ばさせた。


「そのまま持っとけ」


鉢巻き男はそう言うと、持っていた刀を大きく振りかぶった。


刀の刃紋が太陽の光に反射して鈍く輝く。


ああ、数秒後には自分は死ぬ。


そう感じてしまった俺は、どうすれば助かるか。ではなく、どうして死のうとしたのか、思い出していた。



ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー 

 


「・・・そこまでバカだったとはな」


滑り止めまで落ちてしまった報告をした俺に、父親は横を向いたまま、俺を見ること無くそう言って階段を上がっていった。


頭の中で考えていた言い訳は、言えないままだった。


そりゃあ、入試に落ちたのは俺が悪い。そんな事わかってる。でも、親ならもっと気遣うべきだろう?いくら普段からまともに会話しないからって、その言葉はあんまりじゃないか。



俺はその後リビングで1人突っ立っていた。一体俺はこれからどうなるんだろう。不安だけが大きくなっていく。


受験は受かるはずだった。だって、そのために中高一貫に行って勉強ばかりしてきたんだ。直前の模試もA判定だった。だから回りにも、受かった後の事を色々話していたのに・・



「ライン」


部屋に戻ると机の上のスマホが鳴った。昨日から既に何度も何度も鳴っている。普段ならこんなに鳴ることは無いし、鳴ったら直ぐに確認する。


しかし、入試の結果がわかってから、俺は一度もスマホを手に取ることが出来なかった。だって、手に取ればラインの内容を確認することになる。そしてそれは受験の結果を聞く内容だとわかっているから。


「なんでだよ」


大きな声が出た。両手の拳は痛いほど握り締めている。


「くそっ・・・くそ くそ くそ くそ くそおおおおお」


叫びながら机の上に積み上げられた参考書を次々と壁に投げつけた。


参考書は壁に当たると「グシャ」と音を立てて、床に落ちる。机の上の参考書の束が低くなるにつれて、壁の下にひっくり返った参考書の山が大きくなった。


やがて机の上の参考書が無くなると、続けて過去問集と筆箱も投げつけた。


重い過去問集の角が当たった壁には穴が開き、筆箱は壊れて中身が床に散らばった。


そして最後に残ったスマホも投げようと手に取った。


しかしその時、再びスマホから着信音が聞こえた。


「プププ プ」


「あっ」


そしてスマホが鳴った瞬間、持っていた手の親指が丁度画面にタッチして、俺は電話を取ってしまっていた。


「天乃?・・おーい?」


俺は手にスマホを持ったまま、動けないでいた。スマホの画面に写った相手は、吉田。同じクラスで、同じ第1志望を受けた奴だ。でもこいつは俺と違って受かっている。そして俺が第1志望に落ちた事も知っている。なんでわざわざ電話を?


俺は迷った、でも結局スマホを耳に近づけた。


「もしもし・・」


「お!どうしたんだ?電波悪い?」


「いや、そんなことは、無いけど」


「そうなん?ならいいけど。そう言えば昨日滑り止めの結果発表やったろ?まぁお前が落ちる事は無いやろーけど、どうやったかなって」


「あぁ・・・」


コイツ、俺とは別に仲良くも無かったのに、わざわざ電話してきてくれたのか・・?


「それがさ・・・ダメだった」


「えっ?!まじで?滑り止め受けたの、築大だろ?」


「うん・・・自己採点ではギリギリいけたと思ってたんだけどな・・」


「そ、そっか・・・残念だったな」


吉田のつらそうな声に、思わずありがとうと言いかけた時、電話している吉田の、その後ろから別の人間の声が聞こえてきた。


「えっ!?マジであいつ落ちたの?」

「らしいぜ」

「うわっ、ばかじゃんWW」

「だっせーーWかっこいい人生設計語ってたのになあW」

「つーか恥じゃね!同じ学校って言いたくねえよ」

「いやもう天乃は外出れないだろ!あ、行く大学無いから出なくていいか!」

「ぎゃははW」


いつの間にか俺は、一言も聞き逃すまいと画面にぴったりと耳を押しつけていた。聞こえてきた声は吉田を除いて2人。どちらも聞き覚えのある、同じクラスの奴の声だった。


「あっ、まだ電話繋がってた!」

「ぎゃはは!切れ切れ!」

「アハハハ」

「プツッ」


バカみたいな笑い声を最後に電話は切られた。


胸が酷く痛い。


入試の結果が分かった時でさえ、こんなに痛くは無かった。握り込んだ手の中のスマホがギシギシと音を立てる。なんで、なんであんな事言われなきゃいけないんだ?


俺はいつの間にか、流れる涙を必死に腕で掬っていた。




 あの電話から4日、結局俺は立ち直れて居なかった。


あれから誰からもラインは来ない。多分、俺が落ちた事はあいつらから広まっているんだろう。そう考えるだけで、恥ずかしさと焦燥感で胸がキリキリと締め付けられる。


ほんとなら、4月から行く大学の準備で忙しいはずの三月末に、ただ部屋に閉じこもって、何も出来ないでいる。その事が更に俺の気持ちを深く堕とさせた。


「死のうかな・・・」


ベットで仰向けになって何度も何度もそう呟く。


落ちた事より、受かってからの事を色々話していた事が猛烈に恥ずかしかった。大学ではテニスサークルで彼女作るだの、1流企業に入るために、教授の機嫌を損ねないようにしとくだの、今考えれば、バカみたいだ。


「・・・・」


予想していた未来は無くなった。1年浪人して合格した所で、俺の恥は無くならない。だいたい、もう一度勉強したって、受かる自信なんてこれっぽっちも無くなった。


「・・殺してえ」


頭に、深い後悔と交互にやって来るのは、俺をバカにした奴らの事だった。


あいつらは、わざわざ俺をバカにするために電話してきやがった。そんなの、絶対許せない。今なら人を殺す奴の気持ちが分かる。あいつらを殺せたら、どれだけスカッとするだろうか。


あれから何度も夜中に台所に下りて、包丁を手に取った。今まではただの道具としてしか見ていなかったのに、これで刺すと人が死ぬ。そう思うと、胸にどす黒いシミが広がっていく。そのシミのせいで、不思議とその時だけは、気分が落ち着く事に気づいた。




「死ぬ時まで迷惑かけるなよ」


電話から1週間が過ぎた頃、夜中に台所で包丁を手に取って眺めていると、後ろからそう声を掛けられた。慌てて振り向くと、また既に背中を向けた父親の姿がある。どうやら、トイレに下りてきて、包丁を持つ俺に気づいたようだ。しかし・・


「・・・・ハハ」


なんだろう。ここまで期待道理の反応だと、笑いしか出てこない。いや、もしかしたら、こんな自分を見れば少しは心配をしてくれると、心のどこかで思っていたのかもしれない。


でも結局、俺の価値なんて、入試に失敗した時にゼロになっていたんだろう。いや、ひょっとしたら元から無かったのかもしれない。


再び1人になった暗い台所で、俺は包丁の刃を自分の首筋に当ててみた。ヒヤリとした冷たい感触が心臓を刺激する。



そしてその瞬間意識が戻り・・・鉢巻き男の刀が、俺の首に振り下ろされた。


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