第5話
双と玲はラーメンを掬い切るとフードコートを後にした。二人は時折気紛れに集まりだらだらと適当な時間を溶かす。時期を見計らった訳ではないが、今日二人一組のペアが多いのはこれから準備運動に臨むからではないだろう。ある意味運動ではあるかもしれないけど。玲がこの時期空いているのは珍しいなと言ってみれば「今年は面白い年だからねぇ」分かったような口の緩みからクスクス音が鳴る。実際分かっているんだろうけど。
二人は決して購入しない菓子コーナーを何となく眺めていると、奥に渥海の姿が見えた。予想の外から双が真っ先に気付き、次点が渥海、最後が玲。だが渥海がこちらに舵を切るより先に玲は即座に発想すると、双の頬にキスをした。
「あ」
油断するとこいつは。双が玲においおいと首を傾けている間に、渥海は駆け足で去っていった。見てはいけないものを見て、あるいは玲が奪われた事実を象徴を交え目撃してショックだったのだろう。
「手加減してやりなよ」
「ハハ、ごめんごめん。わたしって他人に夢見てる奴見ると壊したくなるんだよね」
「性格悪りぃな。その内刺されるよ」
「大丈夫。その時は誰かが守ってくれるから」
「悪いけど見捨てるよ」
「知ってる。双には期待してないから」
「なら良かった」
渥海は暫く学校を休んだ後、何事も無かったとは到底思えない顔で席に埋もれた。誰と関わることなくただ突っ伏し続けた。クラスの温度は元通りの氷期に回帰する。世界平和とはこういうことなのだろう。
玲にとってここ最近の状況は好都合そのものだったようだ。当初は単に双との付き合いを明かすだけだっただろうが。玲には他人の人間関係や信頼性を摺砕く悪癖がある。恋人を取っ替え引っ替えする様は今に始まったことではない。それでも玲の毒牙に惹かれて自滅する犠牲者は後を絶たない。世の中見る目がないようで。
双は決して玲の利益の為に動いた訳ではない。結果としてそうなりはしたが自然の流れに身を任せていただけだ。自然に成熟した関係が最も良い頃合いで握り潰された。双も双で渥海に刺殺されないか不安を抱いた。純真無垢に怨念を一匙加えたような子は何しでかすか分からないから。昔からこんな役回りばかり。虐められないのはそれこそ玲の影響下にあるからか。
双と玲は互いが誰と何をしようと何も感じない。渥海は上辺だろうと恋愛関係の重複が許せなかったらしいが。そもそも玲は双のことを微塵も愛していない。何一つ気に掛けていない。死んだ所で何も思わないだろう。偶々昔からの知合いで同じ空間にいれば暇潰しになる存在。ただ自分の気分が良い方向に動いているだけ。時々交わるのもそれだけの意味。双も同様の思考を反射させる。玲と唯一無に近い関係があるのは単なる腐れ縁。あまりに空虚なので自我を置き去りにつらつらと時が流れる。そういう意味では特別か。
玲は軽薄が故に傷付けたがる。双は軽薄が故に虚無に陥る。どちらが悪質かは明らかだと思うがね。玲とはこのままずるずる発酵した縁が続いていくだろう。別に続かなくていいんだけど。人生は暇潰しさ。
「じゃあ別れようか」
冷めた言葉が私の耳元に滲む。
「あぁ」
ま、他人事なんだけど。
冷ややっ子 沈黙静寂 @cookingmama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます