第2話

「罰ゲーム?」

「離縁を前提にって言ったでしょ。罰ゲームですらないわ」

「いや私にとっての」

「あんたの話かい。中の上の美少女が頼んであげてるんだから歓喜に踊りなさいよ」

「中の上を自称する人って大抵中の下に見えるけど」

「だったらあんたも同類でしょうが。平静装って上から目線降り注がなくて良いわよ」

「これが自然体なのだけど……私は何かしなくちゃならないの?面倒なのは勘弁」

「付き合うと言っても限定的だわ。教室の中であたしの恋人の振りをすればいい。それ以外は特にないわね」

「私からの努力は必要?」

「いやあたしがリードするわ。あたしの問題だから」

「それなら別にいいけど」

 熱量を消費しないなら私は誰とどんな関係を結ぼうと気にならない。自動的に気楽に過ごせれば何でもいい。強情そうな同級生の態度に断る手間を天秤に掛け粗雑に了承した。渥海は理由は聞かないのかと言いたげにこちらを待つ。試しに何もせずぼぅっと立ち尽くしてみると、十秒程度で痺れを切らした。

「何故って訊かないの?」

「別に。興味ないから」

「あんたって本当そういう奴よね……だから選んだんだけど」

 特に関わった覚えはないが知った口を聞かれる。私って他人からそう見られているのか。

「近くの席だから聞こえたでしょ。あたしこの前玲と別れたのよ。幸福溢れる日々を共有していたと思ったら向こうから終わりにしたいって。そうかと思えば何処の馬の肉だか骨だか知らない奴と付き合い始めたらしいじゃない。誰か訊いても答えてくれないし。玲は引く手数多であたしは独り身。これに耐えられる?」

 私だったら簡単に、挑発は趣味ではないので思うに留めた。

「見下されていると想像すると腹立つのよ。そこであたしも手早に新鮮な関係を築ければ玲やその馬肉を見返せると思い付いた。正直、玲のことは割り切れていない。だからこそ今は離れた場所から仕掛ける。幸福の化粧したあたしに嫉妬して縒りを戻そうとするかもしれないから」

「私を出汁に使おうと。構わないけど無理だと思うよ」

「確かに玲があたし如きを顧みるとは期待し難いわ。だけどやってみなくちゃ分からない。あたし恋愛に本気だから」

「本気の奴が偽装交際しないと思うけど」私と違って熱の篭った人間であることは確かだ。

「玲に吹かせる一泡をあたしが突くまで相手してもらうわ。あんたは他人に無関心が故に無害。付き合おうと言えば付き合ってくれるし別れて言えば蟠りなく元の無関係に早変わり。都合が良いったらありゃしない。あと席近いし」

 それって死ぬまでになるではないかと玲の喉元に手を掛ける最悪のケースを想定した。しかし随分私を買ってるなぁ。安い商品には訳があると思った方が身の為だよ。形式上の愛でも他人から向けられたのは駅前のベンチで休憩していて君可愛いね、そこで休憩しないかと文脈を付け忘れた餌で男共に誘われた時以来だ。どうでもいい赤虫ばかり這い寄るこの体質どうにかならんかね。渥海からは害意の付着しない生一本な私利私欲が伺えたけど。

 そういう訳で私達は校舎に居る間行動を共にするようになった。寒々としていた背中から渥海の腕が飛び込みにっこりと文字通り彼女面で「昨日は楽しかったねー!」妄想を膨らませ、私はそれを阿呆面で「は?」と相槌を打つほのぼのした光景にクラスの温度はより下がったように感じた。玲も初めは瞼を縦に拡げていたが、やがて九十度回転しクスクス遠くで笑みを零した。恋人に困らない余裕か。ほら見ろ意味ないぞ、覗く渥海は何のその私へ執着を強めた。

 授業の合間に話しかけるだけかと思えば昼食を一緒に取ろうと無理矢理机を接着させ、私の机は痛みに泣く。愛妻弁当を作られるよりはマシかな。冗談の通じなかった渥海は翌日から弁当を二人分作ってきた。家計が浮くのは助かるが借りを作りたくはないので複雑な心境で一時間休憩を潰す。渥海の嘗ての同胞達は丸めた新聞紙みたいな顔をしながら私の側に応じる。

 関係が私としては悪化するのは早く、同伴条件を下校時まで拡大してきた。玲がいないなら尚のこと無意味だよねと指摘するが相手はいるかもしれないでしょうと反論される。確かにいるかもしれないけどさぁ。私に伝える意図のない嘘っぱちな熱が腕と絡んで脱け出せず、諦める。

「本当にあたしのこと好きな振りしてる?」

 ふと渥海はにやけた頬の皮から歪んだ確認を取ろうとする。

「いや付き合う振りだろ」

 正確に引き出した記憶で反論の好機を活かすと、剥がれた皮は青褪めた色を表出し「もういい!」何処かへ去ってしまった。あ、もう終わりか。呆気ないけど延々と偽計を働くのは心が痛むし丁度良かった。しかしこれが見られていたら恥の上塗りにならないかと前の台詞を冷ました状態で返したい所。起伏の激しい性格の愚かさが明らかになった。

 だが次の日登校すると、いつものように「昨日は楽しかったね!」と二通り可能性を示唆する高等な演技を披露するまではいかなかったが、「昨日はごめんね!許して!」仲直りの為一方的に指を切り刻んできた。私の感情はどちらにも該当しないので「はぁ」と返事だけはしておいた。全くよう分からんやっちゃ。

 この間、双が玲と親しげにする様子は見受けられなかったらしい。恋仲と言っても偽りで構築された私達より低品質な関係なのだろうか。だとすれば取り入る隙はあるかもしれないよと渥海を心の何処かで励ました。

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