冷ややっ子

沈黙静寂

第1話

 私の体温は低い。どのくらいかと言えば私の周りだけ和気藹々と結露が集結し水溜りを形成し、十八とは思えない失態を疑わせる程。これが事実ならば人間からも人気者だっただろうにと、後ろでスマホと戯れる同級生に前時代的なプリントを回す。更に後ろで「えぇ別れたの?あの人格好良いのに勿体無い!」と他人事に泣き顔を製作する様は本心と欺罔が後者多めで配合されている。どうでもいいことに盛り上がるまでが彼女達の会話の限界なのだろうか。下らないな、冷気が一層濃くなる。

 私は何かに熱中したことがない。強いて挙げれば妹とのピンボール対決で接戦に陥った際思わず筐体を叩いてしまった、あの時くらいか。大人の腕力を見せてあげようと意気込んだ挙句負けた。以来そういった遊戯には平和的な手さえ出していない。

 皆が当然のように部活や恋愛、趣味に打ち込む理由が分からない。学生時代は一度しかないと言うが、一度しかない人生の少なくない割合を占める特殊事例に心血を移植及び輸血するのは利口ではないと思うのですが。普段のやり取りだって然り。何故皆そんなに盛り上がれるのだろう。他人に興味がないのは誰しも同じはずなのに口が上下に動くのは皆頑張り屋さんなのか。頑張ることは重要だろうか。アイスでも食べてぼぅっと生きていればそれでいいと思うけど。努力の先に希望があると力説する人は結局運が良かっただけだ。蟻のように群がり傷付け合いその後修復し理解を深めた気になる。殴り合った先に真の友情があるという類の綺麗事は初めて雲丹を口に入れた時のように不快に思う。雲丹好きな人はごめんね。こんな時の為に蟻でも食べておけば良かった。兎に角人間はやがて死に至る。止揚して発展するという思想は結局の所無に還るだけだ。プラスマイナスゼロが関の山なら初めから行動しなければいい。そう思うのですが、一介の高校生が何を思索しようと思春期の戯言に終わるのでそれさえ終わりにした。

「はぁ」凍った溜息を吐くことだけが得意だ。こんな私に熱を供給してくる人はいない。私が他人に興味ないから他人も私に興味ない。以前は因果が逆様だった気がするけど今となってはどちらでもいい。どうしようもない奴だと思われているだろうが無理に合わせた所で直ぐ軋轢に気付くからこのままでいい。

 私の低温がメンバーに加入した空間は熱量が必然に下がる。来週の体育祭への熱意で言えば他クラスが運動部を勢揃いさせる一方、こちらは嫌な上司から飲み会に誘われた義務感で挑むつもりだ。かと言って私に非がある訳ではない。私というマイナス要素を覆い隠す程プラスに振り切れなかった皆に責任がある。いや責任なんて感じなくていいんだよ。皆で負の感情に浸ろうよと心中慰めてあげる。

 背中で解説される別れ話も寒気の影響かと自意識が吸引される。「何処かに良い人いないかなぁ」前方に向けながら私は眼中にない声を飛ばしてくる。招くまいと邪魔してくる情報を整理すると、話題の中心で愛に飢える渥海あつみは先日玲れいというクラスメイトから精神関係の解消を告げられ、未練を舐め回していた所に玲が同じくクラスメイトの誰かと付き合っているという噂を聞きつけ、咥内が深刻な唾液不足に陥っているらしい。だからそういう姿が虚しいんだって。愛なんて簡単に裏切られるんだからさ。学習したなら早々に諦めて落飾でもすれば良いのに。服飾気分の恋心なのだろう。私の知ったことではないけど。

 ちなみに私の冷めた視線の人間観察によると、玲は窓側の私とは対極に位置しその正反対の性格は席の集客力を保証する。頻繁に恋人を入れ替える様を見ればどうせ今回も飽きたんだろうなと想像がついた。それでも尚玲の周りに絶えない群衆はどれだけ脳内花畑なのか、一輪のアイスフラワーは不可解に思うのです。

 噂話が揺蕩う帰り道、私が偶然仕入れた情報から玲は双そうという者と付き合いがあることを知った。玲と双は幼稚園以来の仲らしいが、滅多に同じ行動を取らない為交友を知らない人は多いと言う。今になって発覚したのは幼馴染物らしい恋愛物語が陰で進行していたのだろうか。私はあんな人気者となんて逆立ちして漸く仲良くなれると思うけど。頭に血が降りて多少熱くなるから。情報によると、の前置きは以下省略するとして、双と玲はこの日珍しく共に下校したらしい。恋人らしい振る舞いが今後増えていくのでしょうか。まぁ他人事だけど。

 そう呑気に傍観者を気取っていた数日後、渥海に離縁を前提に付き合ってくれと頼まれた。

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