まちがいさがし

あやえる

 

 ここは、とあるイタリアンのファミレス。


 華の金曜日。


 部活帰りの学生。


 家族連れ。


 色んな客層がいる中で、私は二人がけの席にひとりで座り、カルボナーラとミニサラダを注文して待っていた。

 十九時以降の炭水化物。クリームとチーズというカロリーの暴力。ミニサラダを注文して罪悪感を緩和したい所だが、カロリーはカロリーだろう。

 三十四歳、独身女性。

 最後の恋人は二十六歳の時だ。友人や職場の結婚と出産ラッシュ。

 次はいよいよ私の番だ、と思っていた。


 しかし、現実はシビアで残酷。

 四年付き合っていた彼氏に、ある日いきなり私は、振られた。

 彼は、一人暮らし。私は、現在もだが実家暮らし。振られた理由は、「自立出来ていない私との未来が見えなかったから」だ、そうだ。

 もしかしたら浮気されていたのかもしれない。

 付き合い始めのときめき等はなく、記念日やプレゼントもまるでモノクロセピアの用になり、セックスまでも淡白というか、作業的でマンネリ化していたかもしれない。

 そんなマンネリの中。私は実家暮らしで、どちらかと言えば甘えん坊だった。彼は、そこに愛想が尽いたのかもしれない。


 その失恋後、職場と家との往復の毎日。

 出会いなどもなく、かと言って焦り等はあるものの、出会いへのアクションへの活動力や行動力もなく、ただただ年月が経ち、気が付けば現実に至る。

 このファミレスに来たのだって、毎日の職場と自宅の往復。

 まっすぐ帰るのはなんだか気が進まない。

 家に居るのがなんとなく気まずい。

 それは、両親からは、もはや結婚の“け”の字も、母音すら出ないのではなかろうか。結婚や孫については、もはや呆れられて、諦められているのを肌で感じているからだ。

 

 どこで私は、間違えてしまったのだろうか。


 店が混んでいるせいなのか。それともこんなメンタルだからなのか。注文したパスタ達が来るのがなんとなく遅く感じる。


 私は、ひとりで静かなのに、店内は賑わっていた。


 私を含めて“お一人様”は、店内で三人だけだった。

 お子様メニューを手に取る。

 きっと、結婚して、子供が居たりすれば見ていた事だろう。

 私は、ひとりっ子。甥っ子や姪っ子もいない。

 親に孫の顔を見せられそうにもない。子孫繁栄出来ない。血筋を途絶えさせるわけだ。親不孝にはなりなくない。いずれは訪れる両親の老いや介護問題。私は、それらにはノータッチで行きたい。なので、実家にいる分、贅沢はせず、ただただ質素に、自分と両親の介護施設代の貯金を続けていた。


 手持ち無沙汰からお子様メニューを見てみると、裏面にまちがいさがしがあった。カラフルで可愛らしいイラストだ。山の見えるキャンプ場で各家族連れがクロスの惹かれたテーブルで食事を楽しんでいる。仕事の疲れか、はたまた人生への疲れからなのか、そのまちがいさがしのイラストに何故だか心が癒やされた。

 

 そうだ。まちがいさがしをしてみよう。


 子供の頃ぶりだ。


 なんだか、わくわくした。


 まず、山の数が一つ多い。


 皿の上の料理が違う。


 木になっているのが、リンゴではなくミカン。


 ふふふ。やはり子供向けだからだろう。とても見つけやすい。


 鳥ではなく、うさぎがいる。


 男の子の服の色。


 お……なかなか難しくなってきたぞ。


 石の大きさがやや、違う。


 あ、“まちがいさがし”のタイトルの色が、一色だけ違う!

 

 あとは……。


「お待たせいたしました。サラダとカルボナーラになります。」


 まちがいさがしに夢中になっていると、学生アルバイトであろう女性の店員が、カルボナーラとサラダを持って来てくれていた


「ありがとうございます。」

「ご注文された商品は、以上でよろしいでしょうか?」

「あ、はい。」

「では、こちらに伝票置かせて頂きます。」


 煮詰まっていたぶん、脳が更に疲れていたらしい。店員に声をかけられ顔を上げたら、頭が少しスッキリした。


 あと一個……。


 水を一口飲んだ。


 あと一つだけ見つけられていない事が、とても気持ち悪い。

 

 まるで自分の人生の様に感じた。

 

 結婚が幸せ?

 

 三十四歳にもなって実家暮らし。私は、小さな工業所の冴えない事務の契約社員。三年毎の契約更新。月給十七万円。ボーナスなんてものはない。

 毎日冴えない私服で出勤して、工場の事務用の冴えない制服を身にまという。

 若くもない。かと言ってお局になるわけでもない。

 私はこのまま女として、世間一般的な賞味期限は切れ、枯れ果てるのを待つのみなのか。

 今からの、婚活は世間的には痛くはないのだろうか。

 しかし、まだ希望がないわけではない。 


 なんとなく、このまちがいさがしの最後の一個を見つけられたら、なにかが変わるかもしれない。


 そんなわけない。


 そんなわけないのだけれども、そんな気がしていたのだ。

 

 また、一からまちがいを探してみた。


 やはり、どうしても最後の一つが見つけられない。


 そういえば、私は、大学卒業までに就職が見つけられなかった。 

 そして、ハローワークを就職活動で併用し続け、今の職場に出会った。


 まず、これが間違いだったのか?


 すんなり就職が決まっていれば……。


 最後の恋人は、ハローワークでの就職活動をしながら、アルバイトをしていたコンビニの先輩だった。その先輩は、大学院卒業後、大手の会社に就職していた。

 彼は、キャリアアップ。私は、内定が出ても地味な工業所の契約社員。そりゃ、実家暮らしの出世もない、地味で甘えん坊の彼女なら、職場の女性の方が、男性にとっては魅力的だったのだろう。

 当時の私は、彼との結婚を期待していたがゆえに、「私の時間を返して!」と、捻くれ、拗らせていた。しかし確かに、彼の言う通りだ。私のは“未来”の見えない存在だった。


 こんな私でも、工業所に入った最初の一年半は男性達に可愛がられた。しかし、仕事にも慣れてきた頃から、周りの私への対応もお座なりとなりだした。新人の女性が入って来た途端に、あっと言う間に、男性達の優しさは、若い華への流れて行った。


 しかし、その女性も寿退社。すると、またやんわりと、男性の優しさが戻ってくる。でもその優しさは、当たり障りのない“可愛がる優しさ”なのであった。そして、また新人がくれば、一斉に男性の優しさは“新しい華”へ。

 

 遂には周りから、“女は早く寿退社退社”と、いう暗黙の人生の選択肢のようなプレッシャーも一切受けなくなり、私の存在は、ある意味“化石”のようなものになっていった。

 たまに会社宛に掛かってくる営業の電話。若い女性から掛かってくると兎に角イライラする。

 向こうも仕事なのだろうが、私にだって仕事がある。きっとアルバイトのオペレーターなのだろう。若くてベタベタしてマニュアル通りの話し方。おかしな日本語に聴こえる話し方が更に感に触り、ついキツい口調での対応になってしまう。


 女としてだけではなく、心まで枯れて来ているのだろう。


 もはや、本来のまちがいさがしをせずに、自分の人生の全てがまちがいだらけで、伺わ如く感じ始めた。

 

 三十一歳の時、一度だけ不倫をしそうになったことがある。

 

 まちがいさがしのイラストには、家族連れのテーブル。子ども達だけのテーブル。老夫婦のテーブル。二組の家族が混ざって座っているテーブルがあった。


 本当に、この老夫婦は幸せなのだろうか。


 この二組の家族が混ざっているテーブルでだって、もしかしたらテーブルクロスの下で、違う家族が指を絡めながら手を握りあっているのかもしれない。


 本当に、この子供たちは、この夫婦の子供なのだろうか? 


 イラストではなく、何故かそんな背景に妄想が働き始めて、拗らせて来ている。


 もはや“まちがいさがし”ではなく、“こじつけ探し”、“あら捜し”でしかない。


 こんな自分が可笑しくて、なぜだか笑えてきてしまった。


 こじつけ探し、あら捜し……か。


 さっきから“タラレバ”ばかり言って……。


 私は、何をしているのやら。 


 声を出せないけれども、私の中で笑いのツボに入り、笑って肩が震えてしまった。

 

 本来のメニューのまちがいかざしを諦めて、携帯で“ファミリーレストラン まちがいさがし 答え”で、検索してみた。


 すんなりとファミリーレストランのホームページへ飛び、答え合わせをしていく。自分で見つけた九個は正解だった。


 後の一つは……。


 「……あ。」


 注文していたカルボナーラは、時間が経って冷えてしまい、チーズとクリームが固まり、化石の様になっていた。


★☆★Fin☆★★ 

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まちがいさがし あやえる @ayael

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