第14話「リリーラの戦い」
第十四話
「リリーラの戦い」
分厚い壁で囲まれたかなり広い敷地を持つ、見るからにお金が掛かった立派な日本建築の建物が、あひる野市の中心にある。
反り上がった屋根瓦は美しいフォルムを魅せ付けていて、道路に面している門だけで一千万円はくだらないだろうと思われる立派な門が設えてある。
その門を構成する2枚の分厚く巨大な扉は、まるで夢と現実を区切っているかの様だ。
門と敷地を区切る壁の周辺には、たくさんの監視カメラが設置してある。
そして今、巨大な鉄の門は電動でゆっくりと左右にスライドして開きだした。
門が開き始めるとビシッとした黒服の男たちが一斉に飛び出してきて、門に面している大通りを行き交う車を止め始めた。
朝の通勤時間帯なので、かなりの量の自動車がそこそこのスピードで流れているのだが、彼らは命がけで車の前に飛び出していく。
門から出てくる男たちは更に増え、門の両側に一直線に整列していく。
男たちの整列が終わると、門からはゆっくりと、鯨の様に長い黒塗りの車がぬっと出てきた。
「「「「「行ってらっしゃいませぇ!」」」」」
車が門の外に出た瞬間、男たちは両側から一斉に野太い声で叫び、ビシッと頭を下げる。
ここはジャパニーズマフィアのボスの家だったのだ。
そしてその車の中には運転手と、ボスと、幹部数名と、人間サイズの始祖バンパイア・リリーラが妖艶な姿で座って居た。
リリーラはその鋭い嗅覚でこの辺りで一番力ある者の場所に行き、彼女のスキル『魅了』と『吸血』によってジャパニーズマフィアを支配していた。
他の軍団の様に直接的な暴力での侵略では無く、ジワジワと人間たちを支配していくナンシー。
黒く長い車は、さいたま市のとある料亭に到着した。
この店には他にもジャニーズマフィアの親分衆が集まっていて、料亭周辺は屈強な黒ずくめの男たちで溢れ返っており、厳戒態勢になっていた。
「本日皆々さまに集まってもらったのは他でもねぇ、ワシら関東ヤ組連合埼玉方面支部が、いよいよ日本政府を相手に独立戦争を仕掛ける日が来たってことを、今日ここで宣言させてもらうために集まってもらったんでさぁ」
リリーラを横に侍らせたあひる組親分【権田 厳十郎】が、同じ埼玉方面支部9つの組の親分たちの前で切り出した。
さいたま支部は源十郎と9人の組長を合わせて、【さいたま十人衆】として名を轟かせている猛者たちだ。
「厳のじ! 手前気でも狂ったか?」
「権田さん、関東連合の一支部にしか過ぎねぇ俺らが、日本政府相手に戦えるわけないじゃねぇッスか!」
「おめぇとうとう耄碌しやがったな、あひるのぉ」
集まっていた親分たちが一斉に反論を始めた。
当たり前だ。とても正気の沙汰とは思えない。
もちろん彼は正気では無い!
「まぁ待て。もちろん勝算あっての会合よぅ。近頃この近辺を騒がせておる怪物騒ぎは知っとるだろう? アレは地底から這い出して来た悪魔どもの軍団らしい。そしてワシの横に居る美しい妻のリリーラちゃんがその幹部じゃ。判るか皆の衆? ワシらはよぅ、力を手に入れたんじゃ。近いうちに魔王軍の本隊が地上に出て来る。そんときゃ日本が壊滅する時だ。警察や地球防衛軍なんざ目じゃねぇ、大地を揺るがす大戦力だ。ワシはよぅ兄弟、そん時におめぇらと勝ち馬に乗っていてぇんだよ」
熱く語るあひる組の厳十郎親分に感動する若い親分も居たが、大部分は胡散臭げな目をあひる組親分に向けていた。
「その女が悪魔だぁ? 確かに悪魔的にそそるいい女だよなぁ。あひるよぉ、手前その女にどんだけ貢がされたんだ? 悪魔のように使い込まれたのか? はっはっはっは」
「悪魔の軍団が攻めてくるなんて眉唾な話しをどう信じろってだ! あぁ?」
あまりにも突飛な話しに熱り立つ親分衆。
しかし厳十郎親分は不敵に笑って続けた。
「正直さっきの話しは余興よぉ。ぶっちゃけワシはおめぇらと言うワシの手駒が欲しかっただけなんじゃ。これはそのための会合よぅ。一応仁義は通したぜ。やれ! リリーラちゃん」
親分がリリーラ に合図を送ると、開け放たれている窓という窓から、無数のコウモリが飛び込んできた。
「なんじゃぁ、こりゃぁ?」
今厳十郎の隣りにいるリリーラは本体ではあるが、人間サイズに成るために残りの大部分をコウモリのまま待機させていたのだ。
コウモリはあっという間に部屋を埋め尽くしたが、次の瞬間コウモリは消え、それぞれの親分たちの真後ろに人間サイズのリリーラの姿が現れ、その牙を首筋に突き立てた。
親分衆は恍惚の表情を浮かべ、体を震わせながら床に崩れ落ちた。
「ひゃぁぁっはっはっはぁぁ。これでこの辺りはすべてワシのシマじゃぁぁ」
『おめでとうダーリン。後はアタシにまかせて。ダーリンの為に、コイツらの兵隊を使って死から解放された無敵の屍人軍団を作っておくわ。ダーリンもハッピー。アタシもハッピー。素敵でしょ?』
まだ人間の言葉を喋る事ができない始祖ヴァンパイアからテレパシーが発せられ、厳十郎の脳に直接話し掛けられるので、会話が可能になっている。
「おぉリリーラちゃん、お前はなんてできた妻なのだワシはお前のためなら全てを捨てても構わんぞ」
そう言う厳十郎の顔は、他の親分衆と同じように恍惚とした表情を浮かべている。
彼も昨日からまともな思考力は無くなっているのだ。
昨日首筋に噛まれた傷口は、塞がりつつある。
埼玉十人衆の会合は終わった。
親分さんたちは各々、問答無用で新しい妻の座についた『分身リリーラ』を連れて各自の自宅に帰っていった。
彼らの元本妻は、昨日まで居た厳十郎の本妻と同じく、分身リリーラに喰われてしまうだろう。
リリーラ本体の思考は瞬時に分身リリーラにも伝わるので、関東ヤ組連合埼玉方面支部が一丸となった作戦行動を取れるようになったのだ。
『早速だけどダーリン。もうそろそろアタシの友達がこの街にやってくるの。ちょっとだけ手伝ってもらって良い?』
リリーラの完全コントロール下にある厳十郎が、彼女の頼みを断るはずも無く、
「任せておけ」そう言って縁側に出て、大声を張り上げた。
「野郎ども、出入りじゃ、戦争じゃぁぁ。この屋敷にあるありったけの武器と兵隊かき集めろ! 1時間後に出発じゃぁぁぁ」
この光景は他のさいたま十人衆の組でも見られた。
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