「魔王軍サイド」

第10話「第二波侵攻準備」

魔王軍サイド


第十話

「第二波侵攻準備」





【魔獣軍団執務室】


「前線基地が潰されたぁ? チッ、少々穴が広がったくらいで先走っちまったか」


 魔獣軍団長【呀王】は部下の報告を聞いて、獅子のたてがみを掻きむしって舌打ちした。

 完全に自分の判断ミスだ。

 じわじわとしか開いていかない異界ゲートに業を煮やし、相棒の亜人軍団長【貪る者】と合同で、ゲートを通れる下っ端を派遣して前線基地を造らせていたのだ。


 ついでに現地生物も捕獲して、送って寄こすように指示しておいたのだ。


「おい硬爪。魔術軍団に捕らえた現地生物の情報を早く回す様に発破掛けとけ!」

「先ほど伝令を飛ばしましたが?」

「もう一度だ! 早くしろ!」


 呀王は部下の硬爪に支持を出し、書類やら荷物やらがいっぱい乗っている団長の机の上にドカッと足を乗せて、酒瓶を煽った。


「ったくよぉ、魔界じゃ一瞬でゲートに入ったってのに、地上にゃなかなかゲートが開きゃぁしねぇ。未だ地上に出られるのは小者ばかりだ。オレも早く地上で暴れてぇぜ」




【地上の二足歩行体についてのレポート】


 魔術軍団は捕らえた人間族たちを調べていた。


 捕らわれた人間たちは『実験体』として、牢屋の中での生息状況の監視・食事や排泄の世話、身体的打撃・毒などの薬物耐性などを含む人体実験、等々、様々な実験データが取られていた。


 現在、魔術軍団の未知生物研究チームから報告されているレポートは、以下である。




【現地生物捕獲実験レポート

 ~二足歩行体について~ 第一稿】


 我々が捕獲した実験二足歩行体には、どうやら言語があるらしく、牢屋の中で仲間同士何か喋っている様子が見て取れる。

 言語が使える割りには、魔法は使えないようだ。

 

 オス・メスが分かれており、生殖機能などは亜人とほぼ同じである。

 状態では、我々にはオス・メスの見分けが付かず、とてつもなく脆弱で非戦闘的な外装を剥がし、生殖器を直接確認しないと判断が付かない。


 実験体の中にお祈りを捧げているような輩がいたので、注意深く観察した。

 この下等生物の信仰心が弱いのか、そもそも神に祈っているのでは無いのか、警戒をしていたのだが、特に何かしらの『神の奇跡』が起きるようなことは無かった。


 ホブゴブリンを使って両手両足を引っ張らせたところ、簡単にもげてしまった。

 とても弱い生物のようである。

 ※千切れた実験体は、スタッフ(ホブゴブリン)が美味しくいただきました。


 実験体を食したホブゴブリンたちの反応はかなり良く、我先にと無傷な実験体を殺して食い始めたので、その場に居たホブゴブリンを拘束した後、『丁重』に亜人軍団に送り返し、別のホブゴブリンと交代させた。

 食料としての価値はかなり高そうである。


 実験体の言語体系は現在最優先で研究を進めているが、まだしばらく掛かりそうだ。



 現在判っていることは以上である。


 以上のことから考察するに、この二足歩行体の生物が使う言語を解読すれば、意思の疎通が可能なようである。


 彼らはとても脆弱な生物であり、身体能力は総じてかなり低い。


 痩せている個体は肉がほとんど付いていないと思われる。


 そこで魔術軍団からの提案である。


 この生物は地上世界においてかなりの個体数が確認されているので、捕獲すれば魔王軍の主食となり得るであろう。

 牧場を造って飼育することによって、恒久的な食糧として確保できる可能性もある。

 食料という点においては栄養価が高く、非常に期待のできる優秀な生物である。


 オス・メスの見分けが容易にできるようになったら、人工的に繁殖させることも可能であろう。


 以上のことから、我らはこの生物を【シュショックー】と呼ぶこととする。


 

 魔術軍団 未知生物研究チーム 隊長:チンランアイワハ




 チンランアイワハのレポートを元に、『魔獣軍団』『亜人軍団』『死霊軍団』の各大隊長が大隊長会議を開き、以下の攻撃プランを練った。


 一つ 攻撃対象はシュショックーの都市。


 一つ 主に食糧確保のために、シュショックーの捕獲をメインとする。


 一つ 三軍団はそれぞれ別の拠点を攻撃する。同時に前線基地の設営を行う。


 一つ 一刻でも早く魔王城が地上に出現できるように、出現ゲート周辺の瘴気濃度を高める作業を進める事とする。なお、この作業については三軍団が合同で作業をすることとする。

 以上の事柄が決まり、各軍団は早急に出撃準備に入った。




【死霊軍団執務室】


 死霊軍団長リリーラは副団長のホプキンスに肩を揉ませていた。


「ホプキンス、暇だわ。ちょっと外に行ってくるわね。どうやらシュショックーが美味いらしいじゃない? 興味があるわ。シュショックーを眷族にしておくのも悪くなさそうだし」


 リリーラは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、副団長兼執事のホプキンスに言った。


 ホプキンスは始祖バンパイアであるリリーラの最初の眷族だ。

 元々リリーラの屋敷で執事として支えていたのだが、彼女が未知の奇病『バンパイア』に掛かった時に看病していたために、噛みつかれてしまったのである。


 大概の者は始祖リリーラの強力なバンパイアウイルスが受け入れられず、異形の化け物と化してしまうのだが、ホプキンスは何とか耐え、バンパイアとして生まれ変わり、以後永遠にリリーラの執事として働くハメになった。


「あぁ、お嬢様! 他の軍団長の方々と足並みを揃えた方が良いのでは?」


「ええ? いやよ、めんどくさい。アタシには穴の大きさなんて全く無意味なんだから、勝手にやらせてもらうわ。大丈夫よ。遊びに行くのは左腕だし、侵攻作戦の指揮はアタシの右腕が直々に指揮するのよ? むっさい男どもはここから出られずに部下に任せっきりなのに、アタシってばなんて働き者なのかしら? ふふふふふ」 


 リリーラの右腕と左腕が『ボンッ』と音を立てて無数のコウモリに変わり、右腕と左腕だったコウモリはそれぞれに集まり、身長1.5メートルほどのリリーラと全く同じ顔のツインテールの幼女が2体出現した。


「じゃ、行ってくるわね」


 再び『ボンッ』と音を立てて無数のコウモリが出現し、それぞれの目的地へ向かって、窓から飛んで行った。

 残された腕無しリリーラも一旦コウモリと化し、五体満足の小型リリーラに変身した。



 


【魔術軍団研究室】


「はぁ。愛しい愛しい魔王様。今度はいつ逢えるのかしら? 早くお目にかかりたいわ」


 身長17メートルの魔術軍団長、マスターリッチのナンシーは研究室の窓際に立ち、美麗な金細工が施してある高価な巨大ティーカップから紅茶を一口飲んで、異空間から出られないままで居る魔王城の庭を眺めながら、艶めかしいため息をついた。


 彼女はナンシー専用の建物じみた専用テーブルにティーカップを置き、眺めていた窓からゆっくりと振り返って広い研究室内を見る。


 振り返ったその顔はニッコリと微笑んでいる。

 それは彼女が怒ってるサインだった。


 研究室にはナンシーの拗ね辺りまでしかない、一般的な身長である2メートル前後の研究員がひしめき合っている。

 たくさんの机や研究機材が所狭しと並んでいて、いくつかのチームに分かれてそれぞれに課せられた研究をしているのだ。


 そのたくさんの研究員が、皆物音一つ立てずにシンと静まり返っている。

 これから起きるであろう戦慄の時間に戦々恐々としているからだ。



 チームリーダーは身長5メートルまで引き上げられた、リッチゾンビの部下たちだ。

 彼らの仕事は研究員を監視する事だ。


 リッチはゾンビだから! どれだけ徹夜で働かせてもオッケーだ!


 軍団長とチームリーダーが自分たちゾンビを基準に、不眠不休で働く事を要求してくるから、他のモンスターたちはたまったモノでは無い。


 そんな研究員たちは皆、見るからに疲労困憊していて、青い顔でうなだれながら仕事をしている。

 元々死体であるリッチゾンビが青い顔をしているのは普通だが、サキュバスやダークエルフ・フンババ・リュンクス・ラミアなど、その魔法能力を買われて魔術軍団に編成されたモンスターたちはぐったりしている。


 先程まで乙女の顔をして窓の外を見ていたナンシーは、いよいよ本性を現し、鬼の形相に変わって足元の研究員ズを矢継ぎ早に叱り飛ばした。


「お前たち! いつまでグズグズと同じ研究をしているの? さっさと成果を上げなさい! イー、シュショックーの言語解析は進んでいるの?」

「我々にとっては奴らの言語は、発音や聞き取りに困難な言語でして、真似て発音する事すらままならない状況です」

「は? それならさっさとシュシュックーを殺してゾンビにしてしまいなさい! ゾンビに通訳させれば良いじゃない。そんなことも思いつかないの? このグズ! 一回死ね!」


 ドゴッッ。

 ナンシーは問答無用で研究チームリーダー【イー】にチョップを入れて、鋭い爪で彼の首を跳ね飛ばした。


「申し訳ございません。ナンシー様。早速シュショックーの何体かを殺して、ゾンビに造りかえます」


 イーは転がって行った自分の首を拾って元の位置に据え付けた。

 リッチゾンビならではの体罰『一回死んどけ』だ。



「アー、合成魔法の研究?」

「合成には成功しておりますが、威力がサッパリ伴いません」

「はぁ?」

 魔術軍団長の顔は更に険しくなり、チームリーダー【アー】はびくっとなり、顔は今にも死にそうな顔に歪んでいく。

 (ちなみに、今にも死にそうと言ったが、彼らはもうとっくに死んでいる)

「どいつもこいつも、使えないゴミどもめ。まともなヤツは居ないのか?」


 怒りで顔が歪みっ放しのナンシーは、そのままの勢いで次のターゲットを指定する。


「スー、シュショックーの食料価値としての検査は?」

「は! 通常状態で飽和気味に食料を摂取している様で、どの個体も脂身が多い様に思われます。毒になるような物質もほぼ認められないので、極めて安全な食物です」


 スーの報告を聞いたナンシーは、パッと顔を輝ーかせ、

「ソレよ! その報告を待っていたわ! 早速その報告を持って魔王様の所に行かなくっちゃ」

「スー、お前らのチーム、明日は休んで良いわよ」

「ありがとうございます。・・・あの、明日だけですか?」

「当たり前じゃない。今は戦時下よ? 本当なら一時たりとも休んでいる時間なんて無いわ」


 軍団長は至極当然だと言わんばかりの顔だ。


「その前にお化粧しなくちゃ。じゃ、後は任せたわよ」


 ナンシーは上機嫌で研究室をあとにした。


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