第9話 真実の愛

 イグナーツとカルラは、同じ牢へと入れた。

 その隣の牢へと、両親と引き離されたリージヤを入れる。

 姿が見えなくとも、言葉でならお互いの無事を知らせあえる距離だ。

 これは

 最期の時に、リージヤへとどんな思い出を残してやれるのか、愛し合った夫婦とやらの腕の見せどころだろう。

 

 そして、私のところへは牢番からの報告が届く。

 

 リージヤは姿を見せない両親と、自分の置かれた状況が理解できずに泣いていた。

 六歳の少女と考えれば、当然の反応だっただろう。

 これに対し、カルラは隣の牢に向かって何度も話しかけていた。

 大丈夫だから、必ず助けてあげるから、と。

 

 そして、イグナーツはというと――泣き続けるリージヤに対し、慰めるでも、励ますでもなく、罵倒した。

 煩い、黙れ、と。

 これは先に私がリージヤに対する疑惑を植えつけたからだと思いたい。

 自分の子どもではないかもしれない、と思っているからこその罵倒でなければ、本当にイグナーツという男は最低の人間ということになってしまう。

 

 そんな最低男のイグナーツは、カルラを処分すると決めても、やはり踏ん切りが付かなかったようだ。

 三日程牢の中で罵りあい、壁の中には他者ひとの目もないということで貪りあったりとしていたらしい。

 

 ……え? そんなコトしてる場合?

 

 報告を聞く場にドロテアが同席していた手前、牢番の報告は言葉が濁されていたが、そういうことだ。

 牢の中のイグナーツは、懲りもせずに浮気をしていたということになる。

 それも、自分が処分対象として選んだカルラと、だ。

 

 ……まあ、そういう男だからこそ、リージヤが生まれたのだろうけど。

 

 ドロテアの手前、言葉は濁されていたが、簡単に纏めると報告はこうなる。

 イグナーツは行為の最中にカルラの首を絞め、殺害した。

 約束どおり棺に入れる死体を用意したのだから、自分を牢から出してくれ、と。

 

 ……駆け落ちした時の置手紙に、なんて書いてあったっけ?

 

 義務を果たしたから、真実の愛に生きるとかなんとか書いてあった気がする。

 その真実の愛の果てが、交接中の絞殺だ。

 

 ……いやいや、そんな危険な馬鹿、外に出せるわけないじゃん。

 

 とはいえ、約束は約束なので、『どちらかが死んだら、片方を牢から出す』と宣言したとおりに牢から一人出した。

 もちろん、牢から出ることになったのは遺体となったカルラだ。

 生きている方を出すだなんて、私は一言も言っていない。

 

 

 

 

 

 

 ……さて、どうしようかな?

 

 カルラの葬儀には、その娘であるリージヤを牢から出した。

 将来的にドロテアの障害となるリージヤであったが、現時点では何の害もない六歳の女児だ。

 七歳の娘がいる私としては、そこまで冷徹な判断は下せない。

 それに、リージヤのみで考えるのなら、今のところはなんの害もなかった。

 棺の中のカルラに縋り、泣きじゃくる姿にほだされたともいうかもしれない。

 

 扱いに困ってアウグストに相談すると、リージヤはイグナーツの実家であるカシーク家に引き取られることとなった。

 私の血は入っていないが、イグナーツの血は継いでいるのだ。

 引き取り先として、妥当だろう。

 リージヤが貴族の娘として育てられることに不安はあったが、カシーク家へと戻すことに条件をつけたので、ひとまずは安心だ。

 

 

 

 

 

 

「葬儀はもう終わったのだろう? 私はいつまでこんなところに入れられていなければならないんだい?」


 約束どおりカルラを処分したのだから、早く牢から出してほしい。

 愛しい妻と娘を抱きしめさせてほしい。

 そう猫なで声でねだるイグナーツに、私としては冷たい視線を向けるしかない。

 牢から出さないのは当然である。

 交接中に恋人を絞殺するような男なんて、いつ自分が同じことをされるかわからないのだ。

 

「愛しい妻にそんな真似をするはずがないじゃないか」


「愛しい恋人にはしたようですが……まあ、いいです。私のお願いをもう一つ聞いてくださったら、あなたを信じることにします」


「いいよ、なんでも聞くよ。どんなお願いでも叶えてみせる」


「そうですか。では、あなたのその言葉を信じます」


 実は、と一度言葉を区切り、リージヤの今後についてを説明する。

 イグナーツの実家へ引き取られることになった、と。

 その際に、将来的にドロテアの前へ現れたりしないよう、貴族令嬢としては致命傷を負ってもらうことにした。

 

「その致命傷を与える役を、あなたにお願いしたいの」


 雇った男たちに乱暴にされるより、愛する父親の手で行われた方が、優しくできるのでは? と。

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