第63話

一番目のゴンドラの到着と時を同じくして、レトがその場へ辿り着いたのはもはや偶然ではあるまい。そんな確信ともう一つ、大量の物資と共に現れる人影、どの姿かたちをとっても見慣れていて、遠い過去からずっと死んだままの肉体を引きずる亡霊のような人々、しばらくして隣に降りたゴンドラからも、遠くに見えているゴンドラからも、その見慣れた姿がヨナの目に留まった。隅々までクリーニングされた上着に、という事をまるで知らない容赦の無い顔、彼等は、ヨナと同じ食料分配局の局員たちだ。


実際の用途とおよそ不釣り合いな絢爛豪華けんらんごうかなゴンドラから痩せたブルーカラーたちの手によって次々と荷物が運び出されて、それらはすぐに折り重なり、小高い山を形成する。

レトが見晴らしの良い場所から両方の手をそれぞれ腰に当てて眺めていた。彼女の背後でヨナも散々としていく人々の様子を眺めていた。


積み荷の運搬は、あっという間に終了し、その間、やはり食料分配局員たちはピクリとも動かなかった。中にはヨナの視線に気づいた者もいただろうが、どちらもお互いを事とした。管理上の都合で多くが廃棄される手はずになっている食料の事は食料分配局員同士の秘密であり、それがこうして、クルードへ密かに運び込まれている事もまた同じく、局員同士の秘密の一部にすぎないのだ。


どこからかブルーカラーが現れて二人がかりで人間一人分ほどもある袋を互いの間に釣って持ってきた。余程重いのか、二人はおぼつかない足取りを補うように段々と小走りになって、上下の激しい揺れにさらされたその袋からは緑色に変色した小さな貨幣が何枚か飛び出し割れたタイルや瓦礫を鳴らした。


あれは、ブルーカラーたちが用いる粗悪な貨幣だ。辛くも二人がゴンドラまでたどり着く、満載された貨幣がずっしりとした音をゴンドラの平らな床に響かせると、ほとんど偽造された粗悪な物だともいわれるそれらを特に検める様子もなく、食料分配局員は踵を返し制御装置へと移動をはじめて鼻を鳴らした。支払われる対価の半分を担っていたブルーカラーが呼び止める。


「待ってくれよ!まだ足りねえだろ?み!みんな拾ってくるからもうちょっと待ってくれよ!」


局員は半身振り返り、まるで関心なさそうに言い捨てた。


「早くしろ」


局員の向ける視線、小さな所作、例えば間違ってでも指先一つとして相手に向けたくないというような冷徹さ、汚れていたり、曲がっていたり、間違っている場所を無意識に見つけては、それを決して相手に悟られないように思考に秘めるような陰湿さ、ヨナはやはり、局員たちにシンパシーを感じた。それは初めて感じる心のざわめきでもあった。


地面に落ちた貨幣が何枚か回収されところでゴンドラは上昇を開始する。すっかり慣れているのか、男も女も、また名前の無い子供たちに至るまで、拾った貨幣はゴンドラに投げ込まれ、長四角ながしかくの人工物は見る見るうちに小さくなった。


取引された食糧の荷ほどき、分配、運搬、まるでそれしか知らない細胞の単純な活動のように正確に、ブルーカラー達は動き回って、クルードの天井からはまだまだいくつもの宙づりになったゴンドラがゆっくりと降りてきていた。



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